第1話 テンプレ的な何か
ある日、俺が下宿のアパートで目が覚ますといきなり天井が落ちてきた。
「あれっ?」と思った時にはすでに手遅れっぽく、次に「はっ」と気が付くとなんだか上下もわからないような全面真っ白な不思議空間にいた。
「ああ、これは、もしかして」と思ってると、目の前の何もなかった空間に突然、金髪の十歳前後の女の子が現れた。
……うん、だいぶ端折ったが、つまりはそういうことである。
まあ、ありがちな展開なんだけどさあ。もっと、こう、バリエーションが欲しいというか。
まあ、さすがに天井が落ちてきたのには正直、驚いたけど。
というか、あの死に方では周りに被害はないのだろうか。下の階とか、上の階とか。俺の部屋三階建ての二階だぞ。それ以前にあの崩れ方じゃあ建物自体倒壊する気も…… 俺以外の犠牲者の数が気になる。
なんて現実逃避している所に、例のいきなり現れた女の子が声をかけてきたわけで――
「そんなわけで、わたし神様なんだけど、ちょっとした失敗で間違って君を殺しちゃったから、いわゆる異世界転生でもさせてあげようと思うんだけど、なんか希望ある?」
「木になりたい」
「……えっ?」
「木になりたい。そう、樹齢数百年、いや数千年にもなろうかという、雄大な大樹に俺はなりたい」
「マジで?」
「マジで!!」
――このやり取りに戻る訳である。うん。我ながらなんて動じ無さ。
というか、この幼女神様適当すぎだろう。謝罪の気持ちがこれっぽちも伝わってこないんだが。
そもそもどんな失敗したら天井が落ちてきて死ぬんだ?
ちょっとわからないので聞いてみた。
うん。分からないことは聞くに限る。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。
……もっと他に言うことがあるだろう、とか言わないで。これでも動揺してるんだ。多分。
「いやぁ、ちょっと暇だったから、世界管理の片手間に新世界創造してたら、こっちの世界の因果律いじり間違えちゃって。
うーん、まさか隕石がピンポイントで落ちてきて、アパートが倒壊するとは思わなかったんだよー。
あ、死者は君だけだから安心してね。重傷者はいるけど奇跡的に死んでないから。ふふっ。奇跡的というか、奇跡起こしたのわたしなんだけどねー。
んっ? 奇跡があるのに君はどうして死んだのかって?
あー、奇跡間に合わなかったんだよねー。流石に奇跡でも死んじゃったのは生き返らせれないんだよ。ピンポイントで隕石直撃食らって体粉々に砕けてたし。もうまさに木っ端微塵てやつ? わたし初めて見たんだよ、人が砕けるところ。すごいねー、あれ。あっはっはっは。
……まあまあ、そう怒らないでよ。代わりに創造したての新世界に転生させてあげるから。ね、嬉しいでしょ。今、巷では、そんなのが流行りだって聞いたんだよ」
あ、ダメだこの幼女神様。とっさにそう思った俺を一体誰が責められるだろうか。
もう金輪際、神様なんて信じない。教会や神社にお参りにも行きません。
あっ、でも御神木は見に行くけどね。趣味だし。
まあ、死んでる以上それもできない可能性が高いんだけど。
というか、まず謝らない?
「ああ、ごめんごめん。これでいいかな?」
「うん、殴っていいですか」
「それはやめてほしいかなー。ああ、ほらチートぽい物も付けてあげるし、それで許してくれない?」
「――木に生まれ変われるなら」
「あー、えっと、それ本気だったの? というか、自分でやっといて何だけど、どうしてそんなに平気なわけ。えーっと、ほら、元の世界の家族とか友人とかが気になったりとかしない?」
「まあ、気にはなります。一応、家族だし、友人だし。でも、同時に気にならないともいえます。ほら、死んじゃったならどうしようもないし」
「冷たいだね、君」
「まあ、基本人間嫌いですから。だから木になりたいわけだし」
「ふーん。そんなもんかな」
納得しやがった。それでいいのか神様。
まあ、でも神様なんてそんなものか。普通の人間が蟻の気持ちを気にしないように神様も人間個人の気持ちなんて対して気にもしないのだろう。聞き方も軽いし、なんとなく気になっただけではないだろうか。
それに、俺がこの幼女神様に言ったことも正直嘘ではない。
俺が木になりたいとか言ってるのは、大半が人間不信というか、人づきあいが嫌いだったからである。ああ、とはいえ、もちろん、そんな重度の物という訳でもない。まあ、普通に付き合いのある友人は多かった。他人からはむしろ明るい奴だと見られているくらいだろう。
まあ、俺の家族も友人もメンタル的に強そうな連中が揃ってるので、きっと俺の死くらい受け止めてくれるに違いない。
……少し気にはなるが、そんなものである。
人はいつか死ぬのだ。残された側はそれを受け入れるしかない。誰も悪くない不可避の事故であったというならまだ受け入れやすいだろう。そう思っておくしかない。どうせ生き返ることなんてできないんだから。
それより今は自分のこれからの方が気になる。おれは木になれるのか。どうなんだ。どうなんだ!
「あー、君ある意味すごいね。そんなに木になりたいの。というか、それでいい訳? ほらチートだよ。ハーレムとか作れちゃうよ。人間とか、エルフとか人型種じゃなくていいの?」
「だから人間嫌いですから。正直そんなに女に興味ないし。もう人間にはなりたくない。それより木がいいです。木になりたい。木にしろ」
「まあ、本人の希望ならいいけど。でも木かー。うーん、ただの木というのもつまらないし、なんかこうすごい木にでもなってみる? 世界樹とか」
「世界樹!? それはどういう種類の木ですか? 広葉樹? 針葉樹? 大きさは? 寿命は?」
世界樹。
それは、よくファンタジーで聞く木ではあるが、様々なファンタジーやゲームで取り上げられるだけに、その世界観ごとに様々な世界樹がある。世界を支える木から、人間を犠牲にして世代交代する木まで多種多様なのだ。そしてそのどれもが魅力的な木々なのである。
確か、世界樹という概念の大元は北欧神話の世界樹ユグドラシルだったはずだが、あれは大きなトリネコの木だったはず。はたしてこの神様幼女の言う世界樹はどんな木なのだろうか。すごく気になる。
しかし、まあ、世界樹というくらいだからとても立派な大樹には違いあるまい。異論は認めん。
ああ、見てみたい。いや、これは見なければならない。今すぐ見せろ!
「どうどう。落ち着いて、落ち着いて。……正直、予想以上の食いつきすぎて少し引いてるだよ。
でも、まあ、これはこれで面白そうだし。どうせ誰かに任せなきゃいけなかったから、ちょうど適役かもね。――本当は神族の誰かを任命するつもりだったけど、まあ退屈な役割だし、やりたい人がやった方がいいだろうしねー。
うん、よしっ、君に世界樹を任せよう! 思う存分、理想の世界樹ライフを楽しんでくれたまえ」
幼女神様はそう言い切ると、俺に肯定も否定もする間も与えずに、手早く指を鳴らした。すると、真っ白だった空間が一瞬、真っ暗になったかと思うと、俺は突然立っていられなくなり霞がかかったように意識が少しずつ遠のいていった。
……いや、とりあえず見たかっただけなんだが。別になりたいとも言ってないし、なることを了承したわけじゃない。なんか気が付いたら決められてた。
でも、まあ、世界樹というからには立派な大樹だろう。それならそれでなってみるのもいいかもしれない。木だし。
しかし、この幼女神様、なんだかいろんな説明が足りてない気がするのは俺だけだろうか。
なんか役割がどうのとか言ってたような気がするし。面倒なことにならなければいいんだが。
俺はただ悠々と木生活が送りたいだけなんだけどな……