第16話 精霊誕生
「精霊ですか?」
「そう、精霊だよっ!」
やっぱりドヤ顔でそう言うアリア。
いや、精霊なのはいいんだが、ドヤ顔の必要性が分からない。
アリアは、相変わらず、世界樹の枝の上で立ち上がっていたが、ドヤ顔で宣言したことで満足したのか、再び枝に腰を下ろした。
「それで、そのドヤ顔は何なんです?」
「精霊っていうと何かカッコよくない?」
「いや、別にそうでもありませんけど」
「むぅ。ロマンのわからない男だね、カエデは。まあ、いいや、とにかくこれから精霊を造るんだよ」
「いや、まあ、それは分かりましたけど、どうして精霊なんです? というか、そもそも精霊って何なんですか?」
ああ。勿論俺も精霊という言葉や、一般的な意味くらいは知っている。
しかし、今アリアが造ろうと考えている精霊に関しては正直どういうものなのかわからない。
どういう存在であるのかのヒントがほとんどないからだ。
「うん、精霊というのはね、端的に言えば、属性に基づいた精神生命体だよ」
「属性? 精神生命体?」
「ああ、そこから説明が必用なんだね。まず、属性というのは、まあ、いわゆる四大元素であったり五行だったりするものだね。多くの世界は四大元素を採用していることが多いみたいだけどね」
「それは、なにか意味があるんですか?」
「うん、重要な意味が有る。カエデはマナが澱みやすいものだということは覚えているよね?」
勿論、忘れるわけがない。百年前のこととはいえ、あの事件のことは今も心に染み付いている。もう、あの黒いマナはこりごりだ。
さあ、循環循環。
この世のマナは、俺がすべて浄化しつくしてやるっ!
「記憶に染み付いているみたいで何よりだよ。
と、それはともかく、とにかく純正のマナというのはほんの少し放置されただけですぐに汚染されてしまう。だから、まあ、世界樹が循環させるわけなんだけど、けどそれにも実は限界があるんだ。
はっきり言ってしまえば、世界がある程度大きくなると、当然今の世界樹では、循環させきれなくなる。いずれ循環速度が落ちて、どこかにマナが溜まってしまったりするんだよね。こればかりはどうしようもない。世界の規模の広がりは、最初の創世の段階では想定できないんだから」
つまりそれは俺がどんなに頑張っても、いずれどこかで限界が来るということか。今はまだ還元されたマナの量が少なく、循環させる範囲が狭いからどうにかなっているが、これが世界全体まで広がっていくにつれて今の循環させる力では限度が訪れると。そういうことだろうか。
それはマズい。
世界が大きくなることにこんなデメリットがあるとは。
循環でまかないきれなくなったマナはどうなってしまうのだろうか?
もしかしてまた黒いマナ化するのか。
ああ、トラウマが蘇る…… 止めてほしい。
「まあまあ、このことに関してはいくつか対策があるんだけど、その内の一つが属性を付けることなんだよ。
純正のマナとは、いわば純水に近いものなんだ。それゆえに不純物が溶け込みやすい。
なら、はじめから害にならない不純物を溶かしておけばいい。そうすれば、害のある不純物が溶け込みにくくなる。もっと言うなら、その先に溶かしておく不純物が役に立つものであったならもっといいことだよね。
まあ、その便利な不純物。それがつまり属性なんだよ」
不純物が溶けやすいものに、はじめから別の不純物を溶かしておくことで、害あるものを溶けにくくしようということか。
そこで、ふと思い出すのが、例の事件である。
あの時、俺が精霊体として使っていたマナは、俺の意思の残滓が残っている間は完全には魔化しなかった。あれもまた、一種の不純物だったというのだろうか。
「まあ、そういうことだね。意思の残滓を残すというのもひとつの手ではあるんだけど、世界全体に広がる膨大なマナに常に意識を配り続けるのは、それこそ私たち創造神であっても容易なことではないんだよ。まして、被造物である君たちには、到底不可能なことだね。
だから属性。あくまで、マナに性質を付けるだけ。意思のように影響力のあるバイパスを、こちらからつなぎ続けるんじゃなくて、マナそのものにインプットしてしまう。そうすれば常に意識を配り続ける必要もないしね」
意思の残滓がマナに自分が接続し続けることで、常に不純物を送り込むものなのだとしたら、属性とは事前にマナに不純物を付加しておくものなのだろう。常時負担のかかる意思の残滓に比べて、事前に負担がかかるだけの属性の方が、使い勝手がいいということなのか。
「それに、属性には創造を容易にするという利便性もある。例えば、火の属性のマナであれば、火に関連する創造物を作りやすくなるし、他のマナも同様だよ。魔対策も出来て、創造の下準備もできる非常に便利なものなんだよ」
「それで、その属性と精霊はどんな関係があるんです?」
「うん。精霊とは属性の中に生き、マナに属性を付加する肉体を持たない精神だけの存在のことだよ。
意思の残滓が、時間の経過とともにマナから抜けていくように、属性もまた、ある程度の時間の経過でマナから抜けてしまう。再び属性を付加しなおす必要があるんだ。
勿論、わたしは属性を付加できるんだけど、世界樹である君にはそれはできない。かといっていつまでもわたしがそれをやるというのは世界のために良くないからね。だから、代わりにそれをする者が必要になる。
それが精霊だよ。
精霊は、その存在自体が属性のようなもの。その属性のマナから構成された精神体をもっていて、存在しているだけで、傍にある無属性のマナに属性を付加していくんだよ」
世界樹である俺がポンプで、マナを還元し循環させるのだとしたら、精霊はそのマナに予防措置を行う消毒装置だということだろうか。
つくづく世界はマナを中心に回っているのだと実感する。
所詮、俺たちは、マナを円滑に管理していく為の、一介の装置として存在しているに過ぎないのではないだろうか。この現実を見たとき、そんなネガティブな考えが俺の頭に浮かんできてしまうのは、しょうがないことではないだろうか。
「はいはい。ふてくされないの。
マナの管理はあくまで君の仕事としてあるにすぎないんだよ。
君の目的は木として大きくなることなんでしょ。なら、マナの管理もその為の手段として捉えなさい。
とにかく、精霊を創造する理由はわかった?」
おっといけない。
そうだそうだ。ふてくされている時ではない。
自分の存在理由など、自分だけが知っていればいいのだ。その上、アリアもそれを応援してくれている。くだらないことを考えていないで、前を見るべきだろう。
さて、今の話から、属性の必要性とそのための精霊の存在はわかった。
これがアリアのいうところのいわゆる世界の調整なんだろう。
しかし、わからないのが、なぜ精霊は神に至りやすいのかということだが、これは恐らく精霊が精神体というのが大きのだろう。肉体に縛られないということは進化しやすいということなのではないだろうか。
ともかく、話はわかった。さっそく精霊の創造に取り掛かるべきだろう。
「そうだね。残りの話は精霊を造ってからでも遅くないだろうしね。じゃあ、はじめようか」
アリアはそう頷くと、座っていた世界樹の枝から飛び降りて、軽く地面に着地する。
「じゃあ、カエデ。悪いけど、精霊創造のためのマナを供出してもらうんだよ。カエデが込めれるだけ多くのマナを込めて精霊体を造ってくれないかい」
「わかりました」
俺は、アリアの指示に従い、アリアの前に精霊体を作る。勿論、込めれるだけのマナを込めてだ。
俺のマナ操作能力は百年前の転生されたばかりに比べて、確実に向上している。
その俺が、最大の力を込めた結果、精霊体は、俺の体に貯蓄されているマナのおよそ三分の一をも使った超高密度の存在となった。
正直、体内の液状マナ、つまり樹液よりも遥かに密度の高い状態だ。あまりの密度の高さに、マナがほとんど物質化しているといってもいいぐらいである。
そんな精霊体を見て、アリアは満足したように頷くと、その正面に立ち、精霊体に向かって両手を伸ばしてきた。そして、精霊体を屈ませると、両手の手のひらを合わせるように、自分の両手の指を、精霊体の両手の指としっかりと絡める。さらに、ゆっくりと精霊体の顔に、自分の顔を近づけてきて…………
……っと、そこまで来て俺は、はっと我に帰り、急いで精霊体とのリンクを切った。
何だっ!? 今のっ!?
アリアの顔があんなに近くに……
リンクを切った今でも、なんだか胸のドキドキが止まらない。心臓が忙しなく動いている気がする。
まあ、木なので胸も心臓もないんだが、とにかくそういう気分だということだ。
俺も大概、アリアとの接触は多いのだが、その多くは殴ったり殴られたりするものか、もしくは本体にアリアが腰掛けたりもたれかかったりするくらいで、今のような、精霊体に対する、ああいう、何というか、……過度な接触は全くなかった。
それが、唐突に指を絡められ、顔が近づいてきてその、……するところだったのだ。ドキドキが止まらなくても仕方あるまい。
しかし、あれは何だったのか。
何かの陰謀か? それともイタズラ?
いや、しかしアリアはよくふざけるやつだが、こういった創造に関わることまでふざけたことは一度もないように思う。
ならば、やはりあれも創造の儀式の一部だったのか?
それともすでに、リンクを切っていると思っていたとか?
そう、俺が困惑と混乱と興奮の中で悩み込んでいると……
「何で、リンクを切っちゃったんだい? 精霊創造ができないだろ。早く、もう一度繋ぎ繋ぎなよ!」
そう、アリアが声をかけてくる。
見れば、アリアは、顔を近づけたといっても、……しているのではなく、単に額と額をくっつけているだけであった。
いや、それでも近いというか、距離感がヤバイのだが、前者と後者では大違いである。
どうやら本当に、儀式の一環だったらしい。
先に説明しておいて欲しかった。心臓に悪い。
いや、まあ、あくまで精霊体ではあるのだが、あまりにも高密度な為、むしろ本体以上に自分のように感じると言ってもいい状態なのだ。あんまり急にされると、焦ってしまう。
「何というか、ウブなんだねー まあ、いいよ。
とにかく、今回の創造にはカエデの意識も必要なんだよ。わたしの意識とカエデの意識を深いレベルで同調させる必要があるんだ。その為に一番適しているのがこの格好なわけ。
分かったら、早くリンクを繋ぐんだよ」
俺の耐性のなさが知られてしまったところで、急いで精霊体とのリンクを繋ぎ直す。
近い。やっぱり近い。
すぐ目の前にアリアの顔がある。
額に感じる温もり。目に映る光景。
透き通るような白い肌、視界の端にかすかに見える滑らかな金髪。
その目は閉じられており、それが一層こちらに重圧をかけてくる。
これ、俺も目を閉じたほうがいいんだろうか?
そっちのほうが、まだ意識も反らせそうであるが、それはなんというか、違う行為を連想させて僅かに躊躇いを覚える。
しかし、いつまでもこんなことを考えていると、アリアに気付かれそうであるし、この儀式自体が終わらない。
俺は覚悟を決めて目を閉じる。
「やっと準備が整ったみたいだね。
じゃあ、はじめるよ。
まずは君のそのマナを溶かす。意識をしっかり持つんだよ」
するとその瞬間、アリアから流れ込んできた強烈な意識が、精霊体の体を溶かしていく。
それは自分が溶けていく感覚。少しずつ、少しずつ、自分という存在が溶けてドロドロになっていく。
溶けていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。溶けていく。
それなのに、何故か自分は同時に自分であることを保てている。アリアから流れ込んでくるもうひとつの意識が俺の意識と自我を守っているのだ。その為、俺は自分が溶ける感覚とそれを外側から見守るという両方の意識を保っていた。
「――――――――。――、――――――――」
(大丈夫みたいだね。さあ、次は属性の付与だ)
アリアが何かを言った。
二つの意識の狭間にいる俺には、その声が近く、そして遠くの両方から聞こえてくるようで、理解できるはずなのに、何を言っているのかが理解できない。思考が混濁しているのだ。
だが、その言葉が放たれた瞬間、溶けている俺の中に違う何かが流れ込んできた。
四つの不思議なもの。ぐちゃぐちゃに混じりあっていて、それが何かわからないのに、何故か四つということだけは自然と理解できる。
そして、それらは俺の中に入り込むと、少しずつ俺をそれに変えていく。
せめぎ合い、揺らぎ合い、重なり合い、紡ぎ合いながら、俺が四つに分けられていく。
その瞬間、俺は理解した。この四つが何かを。
風。
土。
水。
火。
四つの概念だけが、外から傍観している自分に伝わる。
これが属性か。
自分が深く染められていく感覚。
黒いマナに似た、そして同時に全くの別物であるそれは、遂に俺を完全に四つに分割した。
「――、――――――――――、カエデ!」
(さあ、いよいよ君の出番だよ、カエデ!)
アリアが再び何かを話す。やはり二つの意識が混濁して、何を言っているのかは理解できない。
でも、今回はただ一言だけ、アリアが「カエデ」と呼んだ瞬間に、二つが一つになり、やっとそれを理解することができた。
アリアが俺を呼んでいる。
そう理解した瞬間、アリアの思考が一瞬で、意識の中に直接流れ込んできた。
普段の心話とは違う感覚。まるで意識の一部が共有されているかのような感覚。
これがアリアの言う意識を繋ぐということなのだろう。
俺は、深く深く、アリアと共有された意識の中に潜っていく。
そうしている内に、俺は自然と自分のやるべきことが理解できてきた。
アリアの意識が囁いてくるのだ。
四つの属性、四つの概念。これらに形を与える。
俺は、その指示に従いイメージする。
「風」。
吹き抜ける。ざわめかせる。自由。
「土」。
踏み固める。支える。頑固。
「水」。
流れゆく。潤す。高貴。
「火」。
燃え上g……「―――、――」……――――。―――。――。
意識が混濁する…………
…………四つのイメージを終えると同時に、アリアの意識が囁く。
俺の役目は終わったのだと。
四つのイメージは概念として形を成し、そして四つの属性と化したマナの塊の中に溶け込んでいく。
同時に、アリアから流れ込んできていた俺を守っていたアリアの意識が、逆に俺の意識を溶かし、そして絡み合って、それもまた四つの属性に分割されたマナの塊の中へむかっていく。
そして、俺の意識は薄れ……
……リンクが切れた。
◆
俺は、覚醒する。
俺が、世界樹として意識を戻すと、元々精霊体があったはずの場所に、四つのマナの塊、卵のように固められた小さな結晶が四つ存在していた。
それらはそれぞれに違う力を放っており、そしてその力が干渉し合い、不思議と均衡を保っている。
するとアリアがそれらを愛おしそうに抱き上げる。そして言う。
「カエデ。この子達に名前を上げて」
俺は、再びアリアの腕の中にある、それらを見る。
「風」の塊。「土」の塊。「水」の塊。「火」の塊。
どこにもそんなことは記されていないはずなのに、自然とそれぞれが何か理解できる。
「風の精霊シル」
「土の精霊ノン」
「水の精霊ウィズ」
「火の精霊ソラ」
俺は、それぞれを順指差しながら、名前を付けていく。
それらの名前は、何か考えや根拠があって考えた名前ではない。
ただ、不思議と見ただけで、それらが自然と頭に浮かび上がってきたのだ。
そして確信した。これが彼らの名前だと。
「うん。いい名前だね。さあ、目覚めるんだよ! シル、ノン、ウィズ、ソラ。
わたし達の新しい子供たち」
アリアが彼らに呼びかける。
すると、四つの塊はじんわりと次第に強く光を帯びていき、そして……
一斉に、弾け散った。
風が起こる。
地面が揺れる。
水しぶきが舞う。
火花が散る。
世界に今までになかった現象が起きる。
そう。それはこの世界に、新たな命、精霊達が生まれた瞬間であった。




