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ガラスのうさぎ

ガラスのうさぎ                      


今から20年ほど前の夏、とある町で夏祭りの準備が行われていました。ガラス細工が有名なこの町では夜店で出店する予定で、さびしそうな目をしたガラス細工屋の親父さんは一生懸命準備をしていました。この親父さんは先日息子を事故で亡くしてしまっており、息子のことばかり考えていました。そのせいでしょうか。ある一個のガラス細工に魂が宿ったのです。それが息子の魂を呼びも出したものか、親父さんの思いが移ったものなのかは誰にもわかるはずがありませんでした。完成と同時にガラス細工のうさぎは目を覚ましました。


―ココハドコ・・・?ボクハ・・・・―

うさぎは自分がガラスであることを知っていたので、気味悪がられて捨てられてしまわないように静かに黙っていた。だから、そのガラスに魂が宿っていることなど誰も知らなかった。


そしていよいよ夏祭りの日がやってきた。どの店も電球で飾られ、とてもきれいだった。もちろんあの親父のガラス細工の店も美しく飾られていた。うさぎはそれをじっと見ていた。魂は持っていても所詮ガラスであるうさぎはそれに心を奪われることはなかったが、それを目に焼き付けた。うさぎは自分が誰に買われていくのかと考えながら、歩いている人々を眺めていた。すると、うさぎをじっと見つめている色の白い少女を見つけた。少女はにこりと笑ってから、店の親父に話しかけた。

「おじさん、あのうさぎさんはいくら?」

「あれかい?あれは800円だよ。」

少女は白いワンピースのポケットに手を入れてから、がっかりした顔をした。すると、親父は少女の手の上の小銭を見てから、

「この鳥なら600円で買えるよ?これじゃいやかい?」

といった。すると少女は首を横にった。

「その鳥さんが嫌なんじゃないのよ?あのうさぎさんがいいの・・・。きっとあのうさぎさんがね、私を呼んだのよ。」

すると、店の親父は優しく笑って言った。

「ガラスに呼ばれた…か。よし、いいぜ、600円で売ってやろう!」

「本当?!ほんとうに?」

「ああ、大事にしてやってくれよ。」

店の親父はうさぎを少女に手渡した。少女は輝くような笑顔を彼に見せた。

「ありがとう!おじさん!ずっと大事にするね。」

そう言い残して少女は店を後にした。少女がひと気のない場へ歩いて行くと、とうとううさぎは少女に話しかけた。

「ねえ、どうして君はそんなに白くて、みんなのような服を着ていないんだい?」

「わっ!しゃ、しゃべった!!」

少女は驚いた顔でうさぎを見つめた。しかし、その顔は次第に優しい顔に変わって言った。

「魂が宿っていたなんて・・・!何かのお話みたいだね。あのね、私病気なのよ。今日もこっそり、病院を抜け出してきたの。私は芹澤さくらよ。あなたは?」

「ぼくには名前なんてないさ。ぼくは・・・」


「さくら!!!」

少女の名前を呼びながらこっちに駆け寄ってくる女性がいた。うさぎは再び黙り込んだ。大人に声を聞かれるわけのはいかないからである。

「お母さん!なんでここに・・・」

「なんでじゃないわよ、もう!駄目じゃない。勝手に抜け出して心配させて・・・帰るわよ!」

母親は少女の手をとって歩き出した。少女は母親に連れられて、大きな病院へうさぎと一緒に帰って行った。少女が病室のベッドに戻されると、2,3人の看護師と医師が少女の体調をうかがいに来た。うさぎは少女と同じ病室の机の上に置かれた。うさぎはその部屋をみわたし、個室で一人過ごす生活を少女が送っていることを知った。そして、部屋から医師や看護師、母親がいなくなると、うさぎはまたしゃべりだした。

「どうして君はここに一人きりなんだい?」

そううさぎが聞くと、少女の目はあのガラス細工屋の親父さんと同じ、さびしげな目になった。

「私ね・・・このまま生きているとね、死んじゃうの。手術すれば治るってみんな言うけど、手術はね、とってもとってもむずかしいんだって。だからね、どうせ私は死んじゃうの。だけど、いいのよ・・・。」

「君は自分が死んでしまってもいいと言うのかい?」

「うさぎさんにはわからいよね。一人で・・・一人きりで生きることの苦しさや寂しさが・・・。ガラスだもんね。」

うさぎはしばらく何も言わなかった。うさぎはうさぎなりに何かを考えているようだった。

「確かに僕は君の言うとおりガラスだ。でも、君の知らないことも知っているんだよ。・・・眠ってごらん。きっといい夢が見られるから。」

少女はいわれるがまま、すべてを忘れんとばかりにゆっくり瞳を閉じた。

少女が再び目を開けると、そこには真っ白で何もない空間がひたすら広がっていた。少女があたりを見回して見つけることができたのは、真っ白な床とガラスのうさぎだけだった。少女はうさぎを拾って、手のひらに乗せた。

「うさぎさん、ここはどこなの?」

「ここは君の夢の中さ。僕は君の夢を自由に操れるのさ。君の見たいものを見せてあげるよ。さあいこう。」

うさぎがそういうと、ガラスの体がきらりとまぶしく光り、その光はあたりを包んだ。少女はあまりのまぶしさに目をつぶった。彼女が目を開くと、あたりが美しい海へと姿を変えていた。たくさんの魚が泳いでおり、海面には太陽の光が反射し、きらきらと輝いているのが見える。少女は初めて見る美しい光景に心を奪われ、感動した。

「わあ・・・なんてきれい・・。初めて見た、これが海なのね・・・。」

少女は喜びのあまり泣きそうになった顔でうさぎに尋ねた。

「どうして、うさぎさんはこんなにきれいな海を知っているの・・・?」

「これは僕が生まれた時から知っていた。これは僕を造った親父さんの記憶だろう。この魂が本当に僕のものなのか、それとも誰かのものなのか僕にはわからない。でも、この記憶は確かにあの親父さんのものなのさ。さあ、次はこっちだ。」

すると、うさぎは海面に映っている太陽の光を集めて、また輝かしく光った。少女が目をつぶり、開くと、まるで絵本にでも出てくるようなみごとな花畑がはるか遠くまで広がっていた。少女が知らない花が数えきれないほど生えている。少女は美しい花々を愛で、その瞳ですべてを吸い込んでいるようだった。彼女のそんな瞳を見て、うさぎは言った。

「君にはこれがそんなにきれいに見えるのかい?」

「ええ、そうよ。うさぎさんは目が悪いの?」

「違うよ。僕の目は君と違ってガラスだからね。輝いてなんて見えないのさ。」

「・・・・ふーん。なんだがさびしいね・・・。」

「そうかい?寂しいなんて、僕にはよくわからない。じゃあ、次行こうか。」

感情の薄いうさぎを可哀そうだと少女は思った。うさぎはキラッと光った。すると、花の嵐が二人を包み込んだ。そしてあたりはだんだんと暗くなっていった。少女が気付いた時には、夜の草原にどこまでも広がっているようなこの草原にうさぎとともに立っていた。風どおりがよく、とても気持ちがよく、草の香りは青々としていて、心地よい。

「さあ、寝っ転がってごらん。」

「うん。」

少女はうさぎを隣に置き、ごろりと草原の上で手足を伸ばした。そして空を見上げると、まるで宝石をばらまいたような満点の星空が果てしなく広がっていた。たまに、その宝石は空を流れていった。少女は静かにそれを眺めていた。うさぎは少女を見つめながら話し始めた。

「さくら、君は知っているかい?この宇宙はね14つの物理定数で成り立っているんだ。」

「ぶつり・・・ていすう・・・・・?」

小学生の少女に物理定数などが分かるはずもなかった。それでもうさぎは語り続けた。

「その宇宙をつくっている数字が1でもずれていたらこの宇宙は成り立っていなかったんだってさ。

すごいだろう?この世界はまさに奇跡そのものなのさ。僕も、君も…ね」

「私も・・・奇跡・・・・。」

少女の瞳は暗さを灯した。そして星を見上げたまま重い口を開けた。

「私ね、小さいころからずうっと病気で入院してるの。興奮したり動いたりすると息ができなくなるくらい苦しくなるの。だから外にも部屋からも出られないからね、お友達・・・いないの。お父さんもお母さんもお仕事であんまり来られないの。私…ずうっとずうっと一人・・・。一人ぼっちなの・・・!こんなにつらい気持ちで生きているぐらいなら・・・ずっとひとりぼっちなら・・・死んじゃったっていい!!」

少女は目に涙をためながら感情を爆発させた。しかし、夢の中で少女が発作を起こすはずもなかった。そういう意味ではここは天国に一番近い場所かもしれない。うさぎは少女の寂しく悲しい瞳の意味を知った。

「・・・そうだったんだね。・・・・君に見せたいものがあるんだ。おいで。」

うさぎはそういうと、今度は星の光を集めて輝いた。その光は天に射し、夜空を青空へと変えていった。少女は不思議だった。その空はいつも見ている空とあまりにも違っていたのである。いつもより、広く、青く、心を奪われる何かを感じた。少女の顔を見て、うさぎがつぶやいた。

「僕はね、とても不思議だと思うのさ。きっと君が出会うことのないだろう人が同じ空の下にいる。海を越えなければ会えない人ともいつもみんなが繋がっている。地球とは不思議だね。世界と無関係な人なんて存在するはずがないんだもの。」

「えっ・・・?」

「いいかい?君は生きることのできる可能性を持っている。誰かが生きたくても生きられなかった明日を生きられる可能性を持っているんだよ。さっき見せたものを君は見ることができるかもしれない。分かるかい?あのね、僕をつくった親父さんの息子は死んでしまった。僕は知っている。親父さんがどれだけの悲しみを背負っていたか。親父さんが一人泣いていたことを。君が死んだら誰かが同じ思いをするんだ。それがなぜだか分かるかい…?」

少女は唖然とした顔をしていた。うさぎは優しく言う。

「君が誰かに大切に思われているからだよ!君が一人ぼっちじゃないからだよ!」

少女は泣きそうな顔ではっとし、天を見上げ何かを考えていた。彼女は時々何かをつぶやいて涙を流した。うさぎもしばらく黙っていた。しばらくすると少女は小さな声でこう言った。

「私…生きたい・・・・!」

少女は数的涙を流した後、優しいまなざしでうさぎを見てうつむいた。うさぎは何も言わなかった。

「ありがとう、うさぎさん。怖いけど…、駄目かもしれないけれど、手術受けてみる・・・。」

「君がそういってくれたなら僕はうれしいよ。」

そううさぎがいうと周りの景色が徐々に泡となって消えていった。少女はそれを優しいまなざしで見ていた。もうすぐ夜明けがやってくるのだ。夢のなかでしか生きられない時間に終わりがつげられた。そしてゆっくりすべてが夢から覚め、消えていった。


少女がはっと目を覚ますと彼女は病室のベッドに寝ていた。空は朝焼けの美しく、神秘的な色で塗られていた。少女は起き上がり、カーテンを開けて空を見た。すると、パアッと目の前が明るくなった気がした。その空に吸い込まれてしまいそうな気さえした。

「ちがう・・・。今まで見ていた空と…違う。きれい・・・。さっき見た空のように。・・・・どうして・・・?」

「それはね、君の心が悲しみや絶望の色から解放されたからさ。希望を胸に抱くだけで、気持ちの持ち方で景色など違って見えるんだよ。もちろんガラスの瞳じゃなかったら・・・・ね。」

「そうだったんだ…。ところでうさぎさんはいったい何者なの?」

「僕はきっと・・・あの人の子供・・・・いや、なんでもない。僕は僕さ。ガラスのうさぎさ。」

「そっか・・・。」

少女はたくさんの思いと言葉を抱きながも静かに、果てしなく広い空をずっと見ていた。


1か月後、少女の退院は間近に迫っていた。奇跡的に手術が成功したのだ。少女は懸命に生きていた。うさぎもそれを喜んだ。しかし、悲劇は前触れなくやってくる。立とうとした少女がうっかり机にぶつかってしまい、ガラスのうさぎは机から落ちて音を立てて粉々に割れてしまったのだ。少女の顔は青ざめ、目には涙があふれた。あわてて駆け寄り、少女は一番大きなガラスの破片を拾った。

「うさぎさん!うさぎさんっ!!」

「さく・・・・ら・・・。」

うさぎはかすかに少女の声にこたえた。

「ごめん、ごめんねっ、私のせいで・・・あなたが・・・・」

「いい・・かい?ガラスの命なんて所詮もろく・・・・はかないものなのさ。君たち人間の命もはかないだろうね・・・・でも、きっともろくなんかない・・。君が僕にそう・・・・教えてくれた気がする・・・・。きっと、ガラスじゃ比べ物にならないくらい・・美しくて強いだろう…。僕は君に出会えて幸せだった…。僕の、いや、彼の魂が天に還る時が来たんだ…。ありがとう、そしてさよなら・・・さくら。大好きさ…。君は生きて・・・その素晴らしい瞳で・・・たくさんのものを・・・・み・・・・て。」

うさぎはそれきり何も言わなくなった。少女は悲鳴に近い声で泣きじゃくった。

「いやっっ!!うさぎさん!!」

少女は冷たいガラスの破片を握りしめ、手から血が出ても、それを固くずっと握りしめていた。


その後、ガラスはひとつ残らず片づけられ、捨てられてしまった。少女もいつしか高校生となっていた。彼女はあのうさぎのことを忘れかけていた。セーラー服を着た美しい少女は神社の夏祭りに来ていた。少女は歩きながら、ここに一度だけ病院を抜け出してここに来たことを思い出してた。そして、彼女は運命に導かれたかのようにその店にたどり着いた。少女ははっとして、そっとひとつの商品に手を伸ばした。すると、ガラスを磨いていた店の親父が言った。

「それがほしいのかい、お嬢さん。」

「・・・・おじさんは運命ってあると思う…?」

すると、ガラス細工屋の親父はあの時のように笑って答えた。

「さあな、だがお前さんがそれに手を伸ばしたのは運命だったのかも。そいつもしかしたら、お前を呼んだのかもしれねえな。」

「そっか・・・。」

親父さんはあの時のことを覚えていたのかもしれない。少女は優しく笑ってガラス細工のうさぎを一つ買い、手の平に乗せた。

「ごめんね、そしておかえり、うさぎさん・・・。」

ガラス細工のうさぎは何も言わなかった。もうガラスに魂が宿ることはない。しかし、ガラス細工のうさぎは星の光や電気の光を浴びて透き通った透明な体を輝かせた。その美しいガラスを少女は両の目で見た。ガラスではない、輝かしいその瞳で。        


終わり

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