狂気に魅せられた者
「そうですか。失敗しましたか」
高層ビルの最上階。ワンフロアぶち抜いた広い一室で、GBPの報告を受けた男が窓の外に広がる街並みを眺め、一言呟いた。
その声は冷やかで、ゆっくり振り向いた彼の双眸の無情さに男は慄然した。
「良く分かりました。GBPもそこまで秀でている訳では無いのですね」
逆光で彼の顔は暗く、見え辛い。それでもその眼の冷たさだけは良く分かった。
「これからは、別の者を探すことにしましょう。そう、上部に伝えて下さい。貴方はそれが僕とGBP間の最後の仕事となるでしょう」
それは、GBPが二大バックボーンの片方を失う、と言うことであった。
男が去った後、彼は自身の特注の回転式の椅子に座り、机に両肘と顎を付いた。
「仕方が無いですね……僕自身が、動くしかありませんか」
丁度その時、遠い部屋の扉から部下が入ってきた。
「失礼いたします、社長。お客様がお見えです」
「お通しして下さい」
一転して穏やかな笑みと光を眼に浮かべる彼に、部下は頷き退室して行った。
部下の代わりに入室してきた男を見て、それが誰なのかを認めると、彼は一つ溜息を吐きその男に笑いかける。
「なんだ、また貴方ですか。日本新聞社の形響さん」
笑みを浮かべそう言われた形響は、苦笑しながら彼に近付いた。
「またとはなんですか、ダナニス・青馬衣社長。あなたを取材するのが私の仕事だというのは、良くご存知のはずでしょう?」
形響の言葉に今度はダナニスが苦笑する番だった。
「懲りませんね、貴方も。毎回同じ様な取材をして、読者も飽きるでしょうに」
「そんな事はありませんよ!皆、ダナニス社長の善意に感心しているんですから」
彼……ダナニスは、その名を言えば日本では知らない者は居ない。
若干35歳程の若さで食品事業を起業し、一代であっという間に日本有数の大企業へと成長させた、若手の青年起業家。
180cmの高身長に背まである黒髪を細く後ろで束ねている。加えて、すらりした細身の体躯に端正でありながら、ハーフを思わせる彫の深めな顔立ち。
まるで絵に描いたような優男。成る程、道理で女性に人気があるはずだ。
「つい先日も、海外のNPO法人や貧困地域に多額の寄付をなさったんですよね?」
形響の質問に、穏やかに笑みを浮かべるダナニス。
「本当であれば、僕自身が現地で活動できれば良いのですが……。生憎それすらできませんので、せめて活動なさってる皆さんの助けに少しでもなれば、と思いましてね」
「でもその額は億にのぼると聞いてますよ」
「……形響さん、貴方どこからそんな情報を手に入れてくるんですか。これでは取材しなくとも良いのでは?」
ダナニスが困ったように笑いを漏らし、形響を見ると彼は慌てたように身を乗り出した。
「そ、そんな事言わないで下さいよ。ダナニス社長の記事を取れなくなったら、私大変な目に合うんですから!」
終始穏やかに取材を済ませ、また一人になると窓際に立ち、小さくも見える街並みを眺めて目を細めた。
先ずはこの国、そして世界へ。
何かを目論むように口の中で呟き、机上の新聞を手に取る。そこにはダナニス自身の海外資金援助の記事が載っていて、慈善家の文字が目立つ。
フッと小さく笑い、彼は再度特注の椅子に座るとバサッと机に新聞を放った。
「次の手を考えなくてはいけませんね」
脳裏に浮かんだのは孤児院FARMの殲滅と、GBPの追跡から逃れ果せた数人の少年少女の一人、33番の事。
GBPの行動はその全てが極秘にされている為、彼らの存在すら、知っている者は政治家のごく一部しか居ないはずである。
何故FARMの殲滅を知っているのか。そして何故、33番のあの少年を知っているのか。
ダナニスの真意を知る者は、まだ居ない。
***
戦時中、日本は兵力やUボート、レーザーといった武力面で他の大国から遅れていた。あるのは世界トップクラスと言っても過言ではない程の、化学力。
ウィルスやワクチンといった人体に影響を及ぼす物を、国はあろう事か若者達を実験台に生物兵器を創り上げてしまった。
全国から男女問わず健康体の若者を法の下に徴集し、人体実験を繰り返す。
その結果生まれた、超人的身体能力や特殊能力を持つ者達を兵力とし、日本は戦争に参戦した。
“倒したはずが、翌日には戦場に姿を見せる”
それはまるでゾンビのようだ、と異名が付けられる程。
その身体能力の超越した高さに各国の軍から怖れられ、また、兵器としても驚異的な殺戮能力により……日本はその世界規模の戦争に勝利した。
そして兵器とされてしまい、終戦後も生き延びた者達。
彼らは“今後は自衛以外の兵力を一切持たない”という法改訂に伴い全国へと去り、子孫を残しつつその生涯を終えていった。
あれから60年以上。日本は、科学力もさることながら、経済面も発展し今や経済大国の一つとも言われるまでになった。
華やかな発展のその裏で、戦時中の今でいう違法な人体実験に魅せられた者達が現れ始める。
生物兵器として創られた超人的身体能力、そして特殊能力。
我が物にすることが出来たなら。それを未だ戦争を繰り広げる国に輸出すれば、巨万の富を得る事が出来る……と。
だが法律改訂で違法とされ、バレれば重刑を免れないこの行為。彼らが考えたのは、徹底したカモフラージュだった。
全国の孤児を集め、無償である程度までの教育を受けさせる施設。
それが、孤児院FARM。
だが裏では生きていけるだけの最低限の衣食住と教育しか与えず、新薬を研究しては孤児達を実験台にするという、非道を行っていた。
ところがFARMの幹部達は孤児達だけでは満足出来ず、戦時中の生物兵器にされた者達の家系を調べ始めた。
生物兵器の子孫であれば成功率も上がるはずだ、と。
調べあげて居場所を特定すると、彼らは“捕獲”に動き出す。拉致や事故に見せかけ連れ去る。その齢、全て2歳未満。
33番の少年も、逃げたがGBPに捕らえられていった少年少女達も。成功例として生き延びた者は皆、生物兵器の子孫であった。
だがGBPの殲滅によってその野望は消え去り、幹部達も新薬も全て、炎と共に闇へと葬り去られた。
そしてGBPに捕らえられた少年少女達も、国の悪になり得るとされ、その生命を絶たれていった。
全ては日本国の未来の為に、と。