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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
32/60

三度目 side.框矢

“あいつ、また部下を増やしたらしい。お前の後を追い掛けて、各都道府県を回ってるらしいんだ。確か、次は北海道へ行くんだろ?フェリーか鉄道が手っ取り早いと思うぜ。

気を付けろよ”


そう書かれたメモの裏に、今の近況を書いて筒状に丸める。


「ラプター、またな」


ピィ、と羽ばたきして俺の上空を一度だけ旋回すると、ラプターは更に高度を上げて消えていった。



少しの間、ラプターの去った方角を見上げてから歩き出す。




影人との根城を出てから一年程経った頃。


東京を出て静岡、和歌山、鹿児島、鳥取、富山と巡って来て、その間に俺は22歳になった。そして同時に影人も22歳に。


俺は自分の誕生日は知らない。それをあいつに話してから、俺の誕生日は影人と同じ7月になったんだ。


“誕生日判んねえの?じゃ、俺と同じ7月にしとけよ。分かりやすいだろ?”


そう、楽しそうに笑って言う影人を見て、悪い気はしなかった。


そして秋田のある集落を通った時。あの夫婦に出会ったんだ。


“ね、そこのあなた、待って……!”


そんな言葉に振り返れば、40代くらいの女性が俺を見ていて。


その眼には縋る様な色が濃く現れていた。


名前と年を尋ねられ、それに答えれば後ろに居た男性が泊まっていかないか、と言う。


だけど急いでいたから断わった。


正直喉が渇いてたし、泊まれるものならそれは凄く有難かったんだ。



でも何だか、あいつが俺を追って来てる様な、嫌な気配をずっと感じていた。



それでも泊まる事にしたのは、男性にまで頼まれてしまったから。息子を失くしたと言った夫の男性は、生きていたら俺と同い年だと言う。


そして、俺が自分の若い頃に良く似ている、と。


どうしてそうしたのか、自分でも良く分からない。でも……この人達は昔から俺と関わりがある、そう感じたんだ。


他人の俺を快く家に上げて、晩飯までご馳走してくれた。その味は、何故か酷く懐かしくて。


この一年余り食べて無い、影人の料理を懐かしむのとは違う、別の懐かしさがあった。


でもその正体はやっぱり、俺には分からなかった。


何でこんなに懐かしい気持ちになるのか、何でこの人達が、全くの赤の他人とは思えないのか。



翌日、泊めてくれた礼に、と畑の土壌作りや肥料撒きを手伝って、荷物を背負う。


そんな時だった。ラプターが飛んで来たのは。


“お前が東京に居ないと知って、部下を使って追手をかけたみたいだ。早く東北を抜けた方が良い”



メモ書きに目を通し、あの嫌な気配が、本当にあいつのものだったのだと裏付けが取れた事を知って。


内心、溜息を吐いた。


メモの内容を尋ねられ、追手が掛かったから長く留まらない方が良い、と来たのだと答えれば、ギョッと目を見開いた。



この人達には、怖れられたく無い。



そんな思いが胸を掠める。

真実を知った時、影人や鮫島さんの様に知って尚、俺と普通に接してくれる人は本当に稀。


部分的にでも、話してしまって反応が変わるのが怖い。


けれど結局、大まかに……俺を追って来ている奴が居るんだと話してしまった。


頭の整理が追い付いて無いのか、特に態度が変わるわけでは無かった。


そんな二人に物凄くホッとして居る自分が居て。最後にこんな頼み事なんてしたく無かったけど、俺の事を聞かれても知らん振りして下さい、と告げる。


あいつの野望なんかの為に、この人達を巻き込みたく無いと言うこの気持ちは、偽りでは無かったから。


“そんな……、そんな事出来ないわ。こんなにも夫に似てるあなたと、会っていないことにするなんて”


その声には俺を心配しているのがはっきり出ていて、だからこそ尚更、巻き込みたく無くて。


その気持ちに気付いた時には、言葉が自然と出ていたんだ。



俺のそばに居ることは危険なのだと、……分かって下さい、と。


二人と抱き交わして、その温もりにまた酷く懐かしいものを感じた。


そうして別れた後も、ずっと心配そうに俺を見ていた二人が忘れられないまま、俺は秋田を抜けた。



ひと月程した頃、俺は青森の青森市と七戸町の境に差し掛かっていて。


あの夫婦と別れてから、あいつの嫌な気配が濃くなった気がして、移動速度は殆ど全速力。


11月中旬には六ヶ所村も抜け、むつ市を歩いていた。そんな時だったんだ。

ラプターが俺の元へ飛んで来たのは。


影人から北海道へはフェリーか鉄道で行ける、と知らされ、時々地元の人に尋ねては更に北上。


大間と言う所から函館に行くフェリーがあると知って、その地区を目指した。




***************




「……ここ、か」


見知らぬ土地で、あちらこちら迷いながら辿り着いたフェリーの発着場所。


辿り着いたは良いものの、その頃にはあいつの気配は更に濃くなっていた。


それはもう、触れられる程に。



近くに居る。



不審には見えない様に、あいつの部下らしい奴が居ないか注意しつつ、購入したフェリーのチケットを手に搭乗場所へと向かう。


フェリーに乗り、出航した数分後。



搭乗する港が騒がしくなったのが見え、数人の男が波止場に駆けて来るのが分かった。


それは間違い無く、あいつの部下だったんだ。


ちくしょう、とか、次の便は何時だ?!と搭乗員に詰め寄ってる姿に背を向けると、ほんの数時間のゆったりとした航海を楽しんだ。



函館に着いた時、まだそこにはあいつの部下の気配は無くて、人気のない場所まで歩くと全速力で駆けた。少しでもあいつらから離れられる様に。



そうして小樽の標識を過ぎて、漸く速度を緩めた。


函館で手に入れた北海道の地図を眺めながら歩いて行く。



「広いな……」



思わず漏れてしまう程、広い道内。これならあいつらから逃れられるんじゃないか?


そう思ってたんだ。札幌、夕張、留萌と安いホテルに泊まりながら歩いて行けば、宗谷岬に辿り着いた。


「日本最北端の地」


石碑の文字を読んで、改めて岬を見渡す。


俺が見て来た岬は殆どが尖っていて、こんなに緩やかな曲線を描いてるような岬は初めてで。


いきなり突風に吹かれて、よろけた俺。暫く海を見ていたけど背を向けた。



函館を発って八ヶ月余り。網走や釧路も過ぎ、十勝のだだっ広い草原みたいな土地を歩いていた時だったんだ。


あいつと部下に、また囲まれたのは。


ずっと釧路くらいから、またあいつらの気配が濃くなっていたから、左程驚きはしなかった。


ラプターも暫く来ていない。最後に来たのは、あいつらの気配が濃くなって来たな、と感じ始めた時だった。


それを影人に書いて送って、それっきり。


だけどその方が寧ろ良かったかもしれない。もしここに居て、あいつらに何かされたら困るんだ。


ラプターは、影人の大事な相棒兼、親友なんだから。



「漸く、見つけましたよ。框矢」



ザアッと風が鳴る中で聞こえた声。


決して敬語を外さないその口調は、聞き間違えようもない、あいつのもの。


また数十人規模の部下を引き連れ現れたあいつに、思わず表情が引き攣り強張る。



しつこい。



その思いしか無かった。だって三度目なんだぞ?


二回目のあの路地の空地の時で、懲りたと思ったのに。


「お前……しつこいぞ。それだけ部下が居れば、俺は必要無いだろうが」


「分かっていませんね。あの空地の時、僕は五、六十人程連れて来ていました。それを框矢、君はあっという間に殲滅してしまった。

つまり、僕の部下五十人以上を合わせた武力を、君は一人で担ってしまうのですよ。そんな人材を、僕が逃がすとでも?」


その言葉に溜息が漏れる。


またあいつらを倒さなきゃいけないのか、と思うとげんなりした。


「そうか。

……なら、そいつらは死ぬ覚悟は出来てるんだな?」



微かに顔色が変わった部下とあいつを一瞥する。


荷物を全て外し、数百m程離れた所へぶん投げ、そして瀧宗を握り呟いた。



「起きろ、瀧宗」



前回ので懲りて無いなら、もう一回叩きのめす。



前は鮫島さんを護り切れなくて、そんな自分にイラついて。それが能力のリミッターを外す、きっかけになった。


でも今は、何度も追い掛けて来るこいつらにイラついて、さっさと片付けたくて、リミッターを外す事にした。



今対峙している部下は、殆どが銃の類いを持っている。けれどそんな事は別に関係ない。



鞘が消え、刀身が剥き出しになった瀧宗を手に、ライフルに、拳銃に、そしてあいつらの腕や胴体に刃を滑らせていく。



あっという間に減っていく敵の数。



銃弾を一閃し、避け、弾の欠片を拾えば腕力全てで、急所目掛けてぶん投げる。


そうして最後に残っているのは、あいつとその側近の部下が三人程。


空地の時と同じ状況になり、そこまでは良かったんだ。




あいつの部下が、肩撃ちのロケットランチャーを向けて来るまでは。


小型のそれを向けられて思わず動きを止めた俺に、あいつはフッと薄ら笑いを浮かべた。


「二度も君を手に入れる事に失敗した僕が、何の対策も立てずにまた現れるとでも思いましたか?」


「……」



あいつの言葉なんて聞いてなかった。今、知りたいのは肩撃ちのあれが、本当にロケットランチャーなのかどうか。


俺の知るロケットランチャーは、反動がある物。もちろん当たれば一溜まりも無いけど、撃つ側にだってリスクがあるはずなんだ。



幾ら小型だと言っても、そんな物を持って追い掛けて来るなんて、誰が想像出来る?



「これが本物のロケットランチャーか、図り兼ねている様なのでお答えしましょうか。

これは、本物ですよ。しかし僕が独自に開発した物です。各国の軍が持つ、既存の代物ではありません。実弾は勿論、玩具としても使用出来る無反動砲です」


ゆったりとした口調で耳に届いた事実に、内心舌打ちした。



まさか、本物だとは。



そしてあいつの声がやけに癪に障る。

そんな俺の気持ちを見抜いたかの様に笑う、あいつの表情が更に逆撫でするんだ。


こうなれば打つ手は一つ。撃たれる前に、残りの部下を全て倒すしか無い。



瀧宗を握り直し、脚に力を込める。



あいつらとの距離は10m強。あわよくば、あの無反動砲とやらも壊すつもりで居た。



ところが。



脚を踏み出した瞬間、あいつら簡易ガスマスクみたいな物を被ったんだ。


目、鼻、口を覆い隠すマスクを。



それに気付いて、実弾が特殊弾だと直感した。



「……くそったれ!」



土を削る様に急停止し、踵を返す。



何も防具を付けてない自分に、どんな影響が出るか分かったもんじゃない。



全力で駆け始めた直後。


「撃ちなさい。彼の近くを狙うのです」


あいつの声が後ろから耳に届いた数秒後に聞こえる、実弾を発射し空気を切る音。


数百m以上は離れたはずだけど、確実に迫って来てるのが音の鋭さと大きさで分かる。



そして俺の背後では無く、前に着弾した実弾。



「……??」



着弾したのに爆発する訳でも無く、俺は無傷。



一体何なんだ?



それでも避けて遠ざかろうとした刹那。


実弾が弾けて、霧状のものが大量に噴射したんだ。


後ろに飛び、迂回して白く見える霧を避けようとする。


だけどその霧みたいなものは、まるで俺に纏わり付いて来るようだ。


全速力で遠ざかりたいのに、脚を重くさせる。


ピリッと瞬間的に眼に痛みが走ったかと思ったら、唐突に視界から光が消えた。


眼だけじゃ無い。全身の皮膚がピリピリする。その刺激は少しして消えたものの、視界は戻らないまま。


それでも何とか歩を進めようとするけれど、一足ごとに身体が揺れ、全速力で駆けるどころか歩く事すらままならない。


動けば動こうとする程に、力が抜ける。



「ーーッ」



このままじゃ、あいつらに捕まる。



分かっていても動かない。眼をやられただけで身体全体に支障が出るなんて……!



瀧宗を地面に突き刺し、それを支えにするけど膝を着いてしまった。



「それは僕が考案し、開発した薬です。君は動体視力が非常に高いですからね、判断力や、その俊敏さも視力の高さがあってこそ。

……どうやら当たっていたようですね」


後ろからそんな嬉しそうなあいつの声が近付いて来る。


「その薬には副作用はありませんし、効果も暫く経てば切れる。数時間もすれば視力も回復するでしょう」


どんどん近付いて来る声と足音。


「君のその身体能力と戦闘力の高さが欲しいのに、それが無くなっては困りますからね」



動けよ……ッ。頼むから、動けっ!



だけど、どれだけもがいても立ち上がることも出来ない。


せめて脚さえ動けば、あいつらから遠ざかれるのに。


あいつらの気配がすぐそばまで迫っていて、ちくしょう……、と悪態を吐いた。




そんな時だった。ここで、聞くはずも無い声が降って来たのは。



「居た!框矢!!」



バラバラとヘリの様な騒音に紛れて聞こえた声。


「……え?」


それは紛れもない、影人の声だったんだ。

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