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マガイモノ〈未改訂版〉  作者: 海陽
マガイモノ
3/60

逃走

彼は異質な匂いのする黒煙をあげるFARMを遠く背にし、同じ方向へ共に逃げている仲間を気にしつつただ只管ひたすら暗中を駆けていた。物心付いてこのかた、敷地外へ出たことが無いーー正確には施設内からすらも1歩たりも無いーー彼と彼の仲間にとって未知の世界である。月さえも無い闇夜で碌な装具も無いにも関わらずその足取りが白昼の如く確かで有利なのは、背後に迫ろうとするGBPが装備する暗視ゴーグルを見れば一目瞭然。少年達が疾走速度を落とさずにいられるのは一重に彼らの能力によるところが大きいのだ。『成功例』に標準装備された、高い視力と暗視の力。だがその洒落にもならない鬼事も確実に終わりが近付いていた。

確かに潜在能力やその身軽さで言えば少年達が圧倒的に有利だっただろう。だが彼らは4日に1度と繰り返される実験と、慢性化したホームレスの方が上質と言える様な粗末な食事で日々を生き延びてきている。対してGBPの面子は体調に不備も無く、『成功例』の捕縛命令を受けて赴いた者達。体力持久力はどちらが上かなど言うまでも無い。



後ろの2人の無事を確認しようと先頭を走っていた彼は息を呑んだ。ちらりと視線を投げた、その瞬間を狙ったかのように後続の2人が男達の手に落ちたのだから。5番、11番と呼ばれていた仲間だった。方々に散った少年少女達は皆、無論この3人も当然身体能力が高い。その様に『改造』されたのだから。それが、知らないうちにGBPに追われる要因となったのだが。

すぐさま助けに戻ろうとした少年を鋭い叫びで押し留めたのは11番。攻撃、特に外からの衝撃の堅忍に特化させられた少年だ。


「逃げろっ!!33番、お前なら逃げ切れる……っ」


直後、鈍い殴打音が2発。男の手を逃れた33番は2人の頭部へ拳が直撃したのを目撃してしまったのだ。俺の仲間を殴った。だがそれに対する憤りよりも、彼は戦慄した。


(……11番が。仲間内で誰よりも殴打に強いあの・・11番が、意識を失った?!嘘だろ、どれだけの馬鹿力なんだよ!)


本来この11番の少年はそこいらの武闘家なら1発……いや7、8発入れられようと倒れるどころか平然と立っている事が出来る打撃防御特化タイプの人間だ。それが大人とは言え、たかが1発で11番を倒せる筈が無い。だが現実に彼は克された。精鋭と評されるGBPとて彼ら『成功例』を素手で打倒出来る化物染みた能力など持つわけでもないのだ。日本の科学技術の粋を詰め込んだ最新の特殊グローブを嵌めているからこそである。そんな事情、33番に理解出来るはずがなかった。


GBPが自分に向かって来る。その動きに我に返った彼は、敵の手に触れられるかどうかの僅差で後ろへ飛び退り、踵を返すと同時に現時点での最大限の脚力で駆け出した。



***



都心、某所。


その日、GBPへ2つの指令が通達された。

1通は上司である政府暗部より。もう1通は組織を財政的後援している大株主からだった。



『東京都××区の孤児院FARMの職員と研究者を殲滅、施設と敷地内の機器全て全壊させた上で施設に在籍する児童を全員確保せよ』



孤児院とは、身寄りのない児童を収容して養育した社会事業の施設だ。謂わば福祉でもある。その施設の研究者、とは。機器の単語も気になるところだが、『命令=絶対』のGBPに疑問は無い。命令があればそれに従うのみだ。


『在籍する児童の中に『駿』の異名が付いた少年、33番が居るはずですので、別口で捕らえて私へ身柄の引渡しをお願い致します。全快可能な程度まででしたら負傷していても構いません』


上司とは違う文面は、大株主からのものだ。万人に対し敬語を使い、常日頃から物腰穏やかな態度を崩さない彼は間違いなくGBPにも重要な人物であり、その彼の希望ならば歴とした命令である。そこに否やなど無い。寧ろ最重要遂行事項だ。


特記事項を頭に叩き込み、彼らは命令を遂行すべく行動に移ると都会の喧騒の中へと姿を消した。



***



一体、何がどうしてこんな事になったのか。33番は離れた背後に自分を追走してくる気配を感じながら、ただ只管に閑散とした地を疾走していた。脳裏に過る度、焦燥と憤りが湧いては一瞬のちに消えていく。

GBPの自分達を見る眼。目は口程に物を言うとはよく言ったものだ。あれは自分達を人間として見ていない眼である事だけは、彼らにも直ぐに理解出来た。だからこそ尚更捕らわれる訳にはいかなかったのだが、無情にも恐るべき速さで仲間は皆、敵の手に落ちていく。


世間に、世情にこれ程疎い者はそうはいないだろう。最低限の国語、算数と言った物しか教えられず、家畜並みの、いや以下の生活をさせられてきたのだから。一般人なら1週間も保たない、そんな最悪な環境ではあっても彼らの家。その家が、突然業火に包まれたのだ。職員研究者は手塩に掛けたはずの『成功例』と『検体』を放り、我先にと屋内退避を試みたものの……その先に居たのは政府の裏の存在であり、瞬殺された。


声音は優しく保護するとは口にするが、警戒心を最強にした少年少女達には通用するはずも無い。その眼に欠片も暖かなものがないのだから、当然と言えば当然。蜘蛛の子を散らす様にせめて1秒でも長く、逃げ場を探す。




「は、はぁっ」


縺れそうになる脚を叱咤し33番は逃げる、逃げる。目前で5番11番が捕らわれた光景が目に焼きついていたが、それでも。お前なら逃げ切れる、と。生き延びろとの叫声に応えるために。


思えば、と人外の視力でとらえた前方の家屋密集地に向かいながら、彼は思った。


(5番も23番も。11番、9番、51番52番……皆、本当の名前は知らなかった。俺だって33番としか呼ばれた事はなくて、本当の名前は知らないんだよな……)


本当の名を知らずとも、彼ら『成功例』にとっては皆、仲間だったのだ。どんなに日々が苦しくても度々激痛に苛まれようとも、そして喪うことがあっても。……今はただ、生きていてくれと無力にも願うしかない。


「路地に逃げ込ませるな!何としてでも捕らえるんだ!!」


切羽詰った背後の怒声に視線を向けた彼は瞠目した。いつの間にか自分を追う人間が増えている?!そんなにも捕らえたいのか、この身を。俺は、俺達は、何もしていないのに!高が『成功例』1人に複数の追手。過剰戦力に見えるが、GBPの判断は決して間違いとはいえないだろう。この33番が特化させられたのは、脚力を始めとする身体能力だったのだから。

彼は一息吸い込むと酷使し痛む脚に鞭を打ち、加速した。


月も無く足元も見えない中を高い暗視力を頼りに駆け抜ける。建物密集地へ身を投じた33番は、深夜ということもあり電気1つ灯らないその中で耳を、眼を可能な限り研ぎ澄ませ、彼らを撒くように角を曲がり、塀を乗り越えて雨樋を掴みより高い位置へよじ登った。


GBPが現時点で確保した『成功例』は65人余。命令には『全員確保』とあり、頭中に記憶されているリストでは70人である。つまり、残り5人を捕らえねばならない。現在追っているのがその1人なのだが、あの少年こそが大株主が希望する者。今し方2人を確保したと情報が届いた。ならばあと、3人。GBPに命令不達成などという失態は矜持が許さないことだ。特に33番は必ずや。





もう脚が、腕が限界だ。

幾ら能力持たされたって、持久力や体力まで上がったわけじゃないんだから。


「頼むから……気付いてくれるなよ」


三階あたりの壁に雨樋を支えに、目下を動き回るあの大人達とライトを見つめて呟く。


何度転けたか分からない。服は擦り切れるし、手や脚も擦り傷や切り傷だらけだし。指先だって痛くてたまらない。それでも雨樋に掴まっていられたのは、やっぱり持たされたこの能力のおかげだった。


GBPって言うらしいあいつらが路地での執拗な捜索を切り上げ、去って行ったのを見ても、暫く雨樋に掴まり様子を見ていた。


握力の限界を感じ、トン、と地上に戻り歩き出す。


「てか、ここ……どこだよ」


生まれてこのかた、一度も施設から出た事は無かった。だから一体ここがどこで、何て名前なのかも知らない。


「空が白み始めたのか……?」


路地を彷徨いながら、空を見上げた。

三、四階程度の高い建物が密集し、真っ直ぐ真上を見上げるしかない。それでも、微妙に空が色を変え始めたのが分かる。


痛む脚を半ば引きずるように路地を抜け、またノロノロと歩き始める。ここに居たら、またあいつらが戻ってくるかもしれない。


散り散りになり、捕まっていった5番や11番、他の仲間達が心配だった。


生きててくれよ……。今の俺にはそう願うしか無かった。

誤字脱字や漢字の使い間違いがあったら教えて頂けたら嬉しいです!

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