仕事の職種 side.影人
ある日昼飯にラーメンを作って框矢と食べていたら、窓を見上げて空を見た彼が一言。
「バイト、探さないとな」
バイト?しなくたっていいじゃ無いか。
「俺の稼ぎで良くね?まだ余ってるしよ」
そう言えばハァ、と小さく溜息を吐く。
「あのなぁ、確かにお前の裏の稼ぎは凄い。俺が働かなくたって十分生きていけるけどさ。俺が嫌なんだよ。家賃の半額しか払って無いのにそれすら払えなくなるって言うのは」
「……」
律儀だよなぁ、框矢ってさ。俺そんなの気にしねえのに。
小学の時も中学の時も。俺には友達と言える様な奴は居なくて、父さん達が死んでからも、もちろんそんな奴はラプター以外に居なかった。そんな時に框矢は現れて、俺の親友みたいな関係になってくれたんだ。
すげー嬉しくて、嬉しくて。だって初めて同じ人間で友達が出来たんだぜ?
人並み外れた身体能力は持ってるけど、それを除けば框矢だってただの人間なんだ。俺は初めて仲間が出来るかもしれない、って思って、“ラプターを助けてくれた礼”って名目でまとわりついた。
そのおかげか、框矢は友達になってくれた。最初はウザがられてたけどな。
「……い、おい。影人」
「あ?あぁ、うん何?」
何やってんだ?と框矢の怪訝な表情が飛び込んできた。
「急に一人で頷いたりにやけたり、大丈夫か?お前」
どうやら自分の世界に入ってたらしい。
変な奴、と呆れの溜息を一つ吐き食器を片付けると、框矢は財布と瀧宗のケースを担ぐ。携帯をポケットに突っ込み出掛けるらしい框矢に声をかければ、バイト探しだと返ってきた。
「俺も行く!」
「お前も?必要無いだろ」
僅かに目を見開き俺を見る。部屋に居たって、つまらないだけだしな。
「な、何処行くんだ?」
「適当に」
階段をリズム良く降り、並んで歩く。
時折コンビニに立ち寄り、ジュースを買って食べ歩きながら公園で一休みする。俺が休んでる間、框矢は求人情報誌でずっとバイト探しをしていたけど。
「お、何だあれ?!框矢、ちょっと寄ってかね?」
「またかよ」
商店街で面白そうな物を見つける度に框矢を引き止め、その物へ寄って行く。
「おぉ、すげー!!めちゃくちゃ伸びるし!何でこの質感でこんなに伸びるんだ?!」
「だからマジックハンドって名前が付いてるんだろ」
「あ、あっちにも何かあるしっ」
「何か、って何だよ……」
情報屋って仕事柄なのか、何にでも興味を持ってしまう。框矢はそんな俺に呆れながらも付き合ってくれるんだ。
「お前ってさ、見てて飽きないよな」
「は?!」
「何にでも興味持つし?小動物みたいに活発に動くしさ、好奇心旺盛って言うか」
フッと小さく笑う框矢。最近になって、框矢は少しずつ表情が豊かになってきてる気がする。
出会い初めより口数も増えたし、まあ、FARMでの過去を思えば凄く良い事だと思うんだ。そんな風に框矢を変えれてるのは俺なんだ、って思ったら、それもまた嬉しい。
「框矢が興味なさ過ぎなんだって」
「良いんだよ、俺は。お前が俺の分まで好奇心旺盛だから」
「それじゃ、俺が落ち着きが無いみたいじゃねえか」
「違うのか?」
「違う!……はずだっ」
「どうだか」
減らず口を叩きながらも、このやり取りが楽しくて、框矢と会えて良かったってつくづく思うんだ。
そんな時だった。框矢が、商店街の一角で立ち止まったのは。
“あなたもその腕をこの国の為に役立ててみませんか!”
そんな謳い文句が書かれたチラシをじっと見つめる。
「……」
何かの求人チラシ。下に立て掛けてある台から、求人チラシを一枚取って折り畳むと、ポケットに突っ込んだ。
「框矢?何のチラシだったんだ?」
「バイトの求人紙」
短く答え、その後は殆ど俺の好奇心に付き合ってくれた。ビルの部屋に戻って来てから、框矢がポケットから取り出して見直していたチラシ。
「何のバイトの求人なんだ?」
晩飯に豚丼を作りながら、框矢に尋ねる。
「……」
俺をチラッと見てから、チラシに再度視線を落とすと呟く様に答えたんだ。
「警察。SPとか言う、要人警護の採用試験」
一瞬、框矢が何を言ったのか分からなかった。
警察?SP?
「は?……何言って?」
豚丼を框矢に差し出し、それを彼が受け取ったのも何故か色褪せて見える。一緒に暮らし始めた頃、框矢とは互いに過去を話し合った。
框矢は孤児院で生体実験の実験台として酷い目に遭って、超人的身体能力を持たされた事を。俺は失脚に追いやった国会議員に両親を殺された事や、遺産目当ての親戚やラプターとの出会いを。
俺が警察を恨んでる事、框矢だって知ってる筈なのに!
「俺が警察をどう思ってるか、框矢だって知ってるだろ?」
「知ってるさ。親を殺された事を国会議員だからって有耶無耶に揉み消されたんだろ」
いつも通りの静かな声。いつもと何にも変わらないはずなのに、何故かイラッとしたんだ。
「知ってるのに、何でバイト探しでよりにもよって警察を選ぶんだよ……?」
「……」
黙ったまま、何も言わない框矢。
何で?何でなんだよ。俺の気持ち知ってて、どうしてわざわざ警察を選んだんだ?!
「なぁ、バイトなら他にもあるだろ?何で警察なんか選ぶんだよ!」
思わず立ち上がって框矢を見る。彼は静かに俺を見ると、一言言った。
「額が良いんだよ」
額?給料のか……?
チラシをテーブルに置いて再度俺を見上げると、ソファを指してとりあえず落ち着け、と言ってくる。
その声は本当に穏やかで静かで。嫌いな警察のバイトにヒートアップしかけてる俺とは対照的なんだ。
「俺だって、警察なんか信用してないさ」
豚丼に箸を付けつつそれを飲み込む。
「お前だって知ってるだろ。GBPの事」
全く発音の調子が変わらない声に少しずつ高揚が治まって来て、冷静に思考が働く様になっていく。
GBP。
政府直轄の極秘警察。日本警察の箕に隠れて国民は存在も知らない組織。
框矢はそいつらに追われ、逃げ切り、ダイルに助けられた。
「極秘って言っても、あれも立派な警察。そんな奴らに追われて施設での仲間を捕らえられたんだ。信用出来るはずねぇだろ」
丼を口元に寄せ、掻き込むように最後の一口を終える。そのまま食器を片付ける框矢を、俺はただ見てるしか出来なくて。
「警察だけじゃない。正直俺はこの国のトップとか言う奴は好きになれない。
表でどれだけ良い事を言おうと、裏じゃ真っ黒って事が多いんだって施設で嫌ほど分かってるからな」
俺と同じ、警察を信用してない。違うのは恨んでるかどうか。だとしても、信用してないのに何でバイトをするんだろう?
「信用してないのに、何で警察で働くんだよ?」
「俺の所持金が少ないんだよ。給料が良いからな、金を貯めるのに都合が良い」
金を貯めるのに都合が良い。本当にそれだけなのか?でも框矢が何か言ってきて、それが嘘だった事なんて今まで一度も無い。
「本当にそれだけなんだな?」
「あぁ」
淡々と話す框矢に、俺の苛立ちの波も治まっていって。
「出来ればあんな所で働いて欲しくねえけど。本当に額の事だけなら……もう何も言わない」
框矢はある程度貯まれば辞める、と俺を見てはっきりと言ったんだ。
警察は憎い。父さん母さんを殺したあの議員を庇ったようなもんだから。でも、俺は框矢の友達ではあっても親や身内じゃない。だから彼がこれをやる、って決めた事に、徹底して反対する事なんて出来ないんだ。
「採用試験には行くけど、思ってたのと違えばバイトはしない。……ダイルが言ってたんだ。堂々と瀧宗を持ち歩くことは出来ないけど、国が認めれば持ち歩く事も出来るかもしれないって」
瀧宗の持ち歩きの為でもあるのか。
その部分は分かる気がする。瀧宗は刃渡り75cmもあって、持ってるのがバレたら確実に銃刀法に引っかかるから。刃渡りが6cm以上のやつは銃刀法に引っかかるこの日本じゃ、框矢は即アウトだ。
俺の叢雨は5.5cmだから、ギリセーフだけど。
求人の締切は結構長くて五ヶ月先の3月末。採用試験は面接じゃ無くて、身体能力をテストする実技試験なんだとか。
様々な障害や課題を抜けて、どれだけ速く、正確にクリア出来るのかが問われる試験らしい、って電話をした框矢が言っていた。
実技試験なら框矢は楽勝だ。何たってあの身体能力を持ってるんだから。そう思ってたけど、当の本人は微妙な表情だった。
「どれくらい手加減して、それで本気で走ってるように見える様にするにはどうすれば良いんだか……」
框矢も俺と同じ、18歳。いや、もうすぐ19歳か。採用してもらえるギリの年齢だった所為もあるのか、悩みは中々消えないみたいで。
それでも五ヶ月後。
試験から部屋に帰ってきた框矢は、何とかやって来た、と息を吐いた。
「上手いことやれたか?」
「まあ、多分な。全力の十分の一も出してないし」
更に一ヶ月後には、合格通知を警察署から貰ってきたんだ。




