兄弟達の挽歌:8
「また来たのですか…」少女は静かにそう告げる。
ウッドデスクの上に腰かけ、黒の編み上げブーツをパタパタと揺らしながら、抱える様にでかい洋書のページを一枚一枚めくる。
本に目を落としたままこちらを見る気もないらしい。
本日も絶好調な冷たい声と態度に、ひそかに快感を覚えているのは藤島のトップシークレットだ。
「そうだよ~悪いかい?」
おどけた声で答えると、彼女はすかさず反論する。
「悪いです。凄く悪い。3週間前に此に貴方が来たときに私はたしかに言いました。もう二度と来てはいけないと。それからかれこれ3週間、貴方が来ない毎日を私は堪能していたのです。普段通りの毎日を。私は思ったのです。あぁやっと学習してくれたのだなと。それなのに貴方は忘れたようにヘラっとした顔でここに来る。褒めて損したのです。褒めた気持ちを返してもらいたいのです。」
「まぁまぁまぁ~細かいことは忘れて忘れて~」
絶対零度な惟智子嬢の攻撃を彼はヒラリと受け流す。
この手の攻撃の受け方も、最早完璧にマスターしている。
彼、藤島恭一に死角は無い。
「忘れられないから私であるのです。それで?今日はどういったご用件で?どのように私は身を売られたのですか?」
「売られたなんて心外だなぁ。あぁでも確かにお土産はあるよ。昨日俺の実家に客が来ていてね?そいつが大量に置いてった高級和菓子店の抹茶スイーツに、母親が京都に旅行に行った際に買ってきた高級緑茶の茶葉っと、本日は和で攻めてみました。いや~よかったよ、この家の子が皆和菓子好きでさ。あぁ要件はね、わかってると思うけど―」
彼が全部を言い切るまえに惟智子は先を言い塞ぐ。
「知っています。事件は解決したのでしょう?新聞で読んだのです。報告は受けました。さぁもう用事は済んだはずです。私は今忙しいのです。本を読まねばならないし、彼女と遊ばねばなりません。さぁ用事が済んだのならお帰りください。」
惟智子がその抑揚のない声で話し終えると、彼女の腰元から「ニャー。」と小さい声が聞こえた。その声の主は後ろに隠れた体をぬるりと前に出すと、まるで藤島の事を邪魔だと言わんばかりに再度「ニャー。」と小さく鳴き、その蒼い瞳を冷たく光らせた。
相変わらずこの家には敵が多い。というかお前までもか!と怒鳴りたくなる。
本を読む彼女の腰元で、ゴロゴロと喉をならし顔を洗うその白い子猫は、確か藤島がこの家に連れてきたはずだ。
あぁ女王と呼ばれたお前までもが彼女の魅力に陥落したか!と突っ込みたくなる。
がしかし、実はそれすら想定内である。
「いっちゃ~ん。お茶の準備ができましたよー?さぁさぁ本は片付けた片付けたぁ~。あっ!クインシィ丁度よかった~あのね、藤島さんがお前にもお土産をもってきてくれたんだよ~ほれほれ~猫用のまたたび入りケーキだってぇ~美味しそうだねぇ。さぁお食べ。」
まの抜けた声で登場したのはこの家の取り締まり役の透子だ。
透子は床に猫用のお皿を置くとテキパキとあたりを片付けはじめる。そしてクインシィと呼ばれた子猫は置かれたお皿に一目散に駆け寄っていった。
フフッ。あらかじめ用意しておいたのさ。対猫グッツをな!
勝ち誇った顔の藤島を見る彼女の顔は相変わらずの無表情だが、
「貴方にも一度敗北の味を味合わせてやりたいのです。」っとそっと呟く彼女に、藤島と透子はシテヤッタゼ!っと、とても満足していた。
透子が去り、部屋には惟智子と藤島と子猫のクインシィだけになった。
シャクシャクシャク。子猫の咀嚼の音が広がる。
クインシィを一瞥し、無表情のままその青い瞳で見つめる惟智子。
にやりと笑いながら何も言わない藤島恭一。
そんなささやかな沈黙を破ったのはこの部屋の主、如月惟智子だった。
「それで、事件は解決し犯人は捕まったと、報告は受けましたが?貴方は一体何の用事で此にきたのですか?まさか本当にお茶しに来たのではないのでしょう?」
冷たい声音で話す惟智子。「あぁ違うよ」と藤島はサラリと返す。
「事件は解決したよ?君が紡いだ物語通りにね。」
本当に驚くほど物語通りだった。
ねぇ、実は事件を覗いていたんだろ?と追求したくなるほどに。
「それにしても、危なかったんだよ?もうチョッとで第三第四の殺人が起きる寸前だったんだから。叫び声がしてドアこじ開けたら、もおとんでもない修羅場。ナイフ片手の高校生が今にも両親に切りかかる寸前だった。急いで取り押さえて現行犯逮捕してさ、本部呼んで引き継いでもらったけど、何でお前が逮捕してるんだ?!って事になっちゃって。かれこれ3週間も捕まってさぁ。君の事話さないようにするの大変だったんだよ?」
彼がどんなに茶化して話しても、彼女の顔色は変わらない。
さもだから何だ?と言わんばかりである。
一度読んだ本には二度と興味を示さない。
全てをその頭に収めてしまうからだ。
その物語は知ってる―彼女はそう言いたいのだろう。
知っているだろうがなんだろうが、もう一度興味を持ってもらわないと困る。
何たって藤島自身がこの事件を終わらせていないからだ。
もやもやと心の中にくすぶる、すっきりしないこの気持ちを彼女に何とかしてもらわないと困る!
彼は話を続けた。少しでも目の前の少女が興味を持つように。
「犯人は加島優輝18歳。すっごい美少年でびっくりしたよ。あんな残忍な事をしてたなんて思えない。儚いって感じがする子でさ。あーあと、君が言った通り、死に別れた兄がいた。加島光輝享年18歳。デキの良いお兄さんだったみたいだね。母親に溺愛されてたみたいだ。そのあまりにもな溺愛っぷりに父親はドン引き。家庭内がゆるやかに冷えていってた時に優輝が交通事故に合い入院。その間に兄が喧嘩にて死亡。兄の臓器を移植して弟はなんとか助かったが、母親はそのせいで半狂乱になり、父親は家を捨て逃亡。優輝が退院して家に戻ったときには家は壊滅状態だったって話だ。その後、兄の後を追うようにめきめきと学力をつけていき中学をトップの成績で卒業。そして東京の有名高校に進学し、その中でもトップクラスのグループで順位争いをしていましたと。まぁ俺目線でいえば人生の勝ち組。親はちょっとアレだけどソレを切り離せば十分通用する。幸せな人生を歩いていけるはずだったのに…なんで?人を殺める必要がある?俺にはソレがわからないんだ。」
話終えた藤島を惟智子はその青い瞳でまじまじと見つめ、
「私にソレを説明しろと言うのですか?」と呟いた。
「だって君が紡いだ物語なんだろ?」
藤島はさも当然といわんばかりに言い返す。そんな藤島の態度にも表情はぴくりとも動かない。しかし…
「私は犯人自身ではないのです。当人の気持ちはわからない。でも…」
言いよどむ彼女に彼はにやりと期待する。
「私の――物語のキャラクターの気持ちならわからないでもないのです。」




