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Träumerei  作者: 兎野桃也
8/12

兄弟達の挽歌:7

 小さい頃から僕にとって兄ちゃんはヒーローだった。


 だって兄ちゃんはなんでもできたんだ。

 運動したって、勉強したって、喧嘩したって、兄ちゃんには誰も敵わなかった。

 何をしたって負けることが無い。そうゆう人のコトをヒーローって言うんだろ?


 だから僕の兄ちゃんはヒーローなんだ。


 キラキラ光輝いて、皆兄ちゃんに吸い寄せられるように集まっていく。

 兄ちゃんの周りにいる人は皆なんだか幸せそうで…。

 周りの人を幸せにできるヒーローみたいな兄ちゃんがいて僕はとっても嬉しかったんだ。


 でも…周りの皆は兄ちゃんをみてから次第に僕にこう言うようになっていったんだ。



 ――お前はナンにもできないんだね――



 父さんも母さんも学校の先生も同級生の皆も口をそろえたように同じコトを言うんだ。

「あらぁ…このテスト…お兄ちゃんは確か一位を取ったのよ?あなたって子は…」

「あなた、このままの成績でいくとお兄さんと同じ中学には入れないかもしれないわよ…?」

「あっれー?お前の兄ちゃんって確か野球のリトルリーグで優勝したって言ってたよな?なのにお前はさぁ…」

「「ほんとにナンにもできないんだね」」

 皆は言うんだ。できないねって。

 えらく可哀そうなモノを見る目でそういうんだ。

 僕は皆のその目を見たくなくて一生懸命頑張るんだけど…やっぱり兄ちゃんみたいには上手くいかないんだ。

 納得できなくてもっともっと頑張るんだけど、でも母さんも父さんも見ててくれないんだ。

 皆、みーんな兄ちゃんしか見てないんだ…

 それがとっても辛くて辛くて辛くて…なんで上手くいかないんだろうって、なんで誰も僕を見てくれないんだろうって、いつもいつもいつも…部屋に篭って泣いていたんだ。


 そんな弱虫な僕のsosに気がついて、優しく抱きしめて慰めてくれたのはいつも兄ちゃんだった。


「お前にはお前の良さがあるのにね。皆が馬鹿なんだよ。お前の良さに気がつかない。目に見えるものだけ追いかけて、本当に大切なことには気がつかない。皆、皆馬鹿なんだ…。」


 そう言って兄ちゃんはいつも僕を慰めてくれた。

 比べられる原因の兄ちゃんが僕の一番の理解者だった。

 だから兄ちゃんを嫌いになったコトはない。

 辛くっても悲しくっても兄ちゃんがいてくれるから何だって乗り越えられた。大好きな兄ちゃんがいてくれるなら、どんなことでも我慢できたんだ。


 どんなことでも。そう、どんなコトでもだ。


「おいっ!ウスノロっ早く歩けよ。お前がトロトロ歩いてると俺が家に帰るのが遅くなるだろ?」

「そーだよ。さっさと歩けよなぁ~チビでウスノロでバカで、お前ホント救いようない奴だよな~」


「「兄ちゃんがいないとなーんもできないんだよなぁ?あははははは」」


 なんだって乗り越えられるんだ。

 重たい鞄を皆の分まで何個も何個も背負いながら僕は帰り道を歩く。

 こんなのいつものコトなんだ。

 だから鞄がぎゅうぎゅう重くて肩の骨にグイグイ食い込んできてても、いつものコトなんだから乗り越えられる。それに… 


 家に帰れば兄ちゃんがいる。家に帰れば…


「お前サァ~ちょっとは反抗してみろよ?ってか口ついてないの?なんとか言ったらどうなんだよ。お前のその態度にイライラすんだよ!」


 ドン!!フラフラ歩く僕の肩を誰かが強く突き飛ばして…

 キィキキキキキキキキキーーードガン

 走ってきたバイクに僕は綺麗に跳ね飛ばされた。

 そしてそのまま意識を失った。


 次に起きた時は病院のベットの上で、何故か周りがザワザワと忙しなかった。

 どうしてココにいるんだろう?ぼんやりした意識を覚醒させたくて、体を起こそうと力をいれたその瞬間、

 ドクンッ。っと体中の血液が跳ね上がった。

 それを合図に僕の体はありとあらゆる箇所で叫び声を発していく。



 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。



 助けて!と叫び出したいのに喉はカラカラで、ヒューっと息がもれ出るだけで、苦しくって息を吸い込むとそれがまた苦しくて… 

 なんでも乗り越えられると思っていたのに。僕はもう駄目なのかな――?

「大丈夫だよ。お前は絶対大丈夫。俺がお前を死なせない。」

 声の先をうっすら見るとそこにはベットに横たわる兄ちゃんがいた。

 にっこりと笑う兄ちゃん。その腕からは細い管が伸びていて、真っ赤な血が流れてて、兄ちゃんの血が…血が僕に流れ込んでくる。

 あぁ兄ちゃんが僕を助けてくれるんだ。

 やっぱり兄ちゃんは僕のヒーローなんだ。



 ありがとう兄ちゃん…声にならない声でそう告げた後、僕はまたゆっくり意思を飛ばした。



 目が覚めた時にはもう手術は終わっていて、ベットの脇にいる父さんの顔色の悪さを見て、「あぁ心配かけたんだなぁ」なんて思ったんだ。

 でも本当はそうじゃない。



 そうじゃなかったんだ。



 父さんは口を何度も開いては閉じて開いては閉じて…まるで何かを言いたいのに声が出なくてもがいている魚のようだった。

 僕が「どうしたの?」って聞くと、父さんはクッと歪んだ顔を一瞬見せ下を向くと、言い辛そうにポツリと呟いた。


「あいつが…死んだんだ。」


 兄ちゃんが死んだ。僕の知らないうちに兄ちゃんが死んだ。

 僕のお見舞いに来た帰り道、暴漢に襲われて――兄ちゃんは強いから頑張って抵抗したけど

だけど…打ちどころが悪くて…それで…

 皆が皆、兄ちゃんは死んだんだっていうけど僕には実感がない。


 お葬式は僕がベットで寝ている間に済ませてしまったから、僕は兄ちゃんの最後の顔すらみてないし、燃やされて骨になったところも知らない。


 お墓の前に来たってココに兄ちゃんがイルなんて実感がわかないんだ。

 だから死んだって言われてもどこかで嘘だって思ってしまう。

 それに兄ちゃんの全ては燃やされてしまったように思うけど、本当はそうじゃない。


 兄ちゃんは僕の中で生きているんだ。


 病院の看護婦さんに聞いたんだ。暴漢に襲われた兄ちゃんの中身を痛んだ僕の中身と取り替えたって。

 それってつまり僕の中に兄ちゃんがいるってことだろう?

 だから僕は悲しくなんかないんだ。

 まだ乗り越えていけるんだ。


 病院から退院して自宅に戻ると家の中は荒れ放題になっていた。

 兄ちゃんが死んだショックで母さんが壊れちゃったらしい。


 死んだって?ココに兄ちゃんはいるのに?


 兄ちゃんを死んだと思ってる母さんは、自室に篭っていつもブツブツ何かを呟いてた。

 そしてふっと思い出したかのように手を頬に当てるとギャアギャアとかなきり声で叫ぶんだ。

 兄ちゃんを目にいれても痛くないってくらい愛してたから、母さんは今死んじゃいたいくらいつらいんだろうな。

 でも、兄ちゃんは死んでないのに…変なの。


 壊れた母さんをみて父さんは「チッッ。」っと舌打ちをして家から出ていった。

 一体どこに行くんだろう?ココ以外にも行くお家があるのかなぁ?

 そんなことはどうでもいいか。


 母さんが壊れようと父さんがどこかに行こうと僕はどうでもいいんだ。だって兄ちゃんはココにいる。

 僕と一緒に兄ちゃんはいるんだから。

 自室に戻りドアを閉める。

 真っ直ぐに勉強机に向かうと僕は教科書を取り出し、勉強をはじめた。


 不思議と何でもわかるような気がした。


 あぁ兄ちゃんのおかげなんだ。僕が兄ちゃんになったからだからなんだ…そう思った。

 しばらくして学校に復帰した僕は、皆に腫れ物に触るように扱われた。

 完璧とうたわれた兄の死で家庭が崩壊した家の子。それが僕の新しい肩書きとなった。

 しかし、その肩書きは直に更新されることとなる。

 国語、数学、理科、社会――全ての教科で僕は1番を取っていった。

 苦手だった運動でも

「すげぇ!お前そのタイムやばいって!短距離でこのタイム出せるのってこの辺じゃお前だけかも!」

「お前さぁ、いつのまにそんな力つけたんだよ?さぁては入院中に秘密の特訓でもしてただろ」


 友人たちからの止まぬ評価の言葉。


 僕は兄ちゃんの力を借りて学校で一番になったのだ。

 兄ちゃんになった僕を見て、周りの皆は幸せそうにしていた。

 キラキラ輝く僕を見て、みんな吸い寄せられるように近づいてくる。

 僕は嬉しかった。兄ちゃんになれたからこそ皆はこうやって笑ってくれるのだから。


 それなのに…


 それなのに、母さんは余計に混乱するみたいだった。

 僕を見て叫び狂う母さんに、父さんは「もう駄目だな…」と小さく呟いた。

 僕が中学生になった時、父さんは狂い喚く母さんをどこかに連れていき――母さんはそれから家に戻ってこなくなった。

 

「母さんはしばらく入院させる。父さんは…ココだと少し過ごし辛いから会社に移動願いをだした。今週それが受理されてな…来週にはココを出る。お前は…どうしたい?」


「僕は…」僕は正直、兄ちゃんと一緒だからどうでもいい。

 僕は一人家に残ることにした。

 いろんなことがあったけど、僕と兄ちゃんの思い出の家だし、ココを出るにはまだ早いかなって思ったからさ。

 家に残された僕は、兄ちゃんとの二人っきりの時間を過ごしていた。それはいままでのどんな時よりも至福の時間だった。兄ちゃんと僕の幸せなこの時間…僕はソレが永遠に続くものだと思っていた。


でも現実は――


              そんなに甘くなかったんだ。


「どうした?お前最近成績がジリジリと落ちてきてるぞ?このまま落ちていちゃあ志望高校に行けなくなる。先生はな?お前にはこの学校設立以来はじめての○○高校入学者になってもらいたいんだ。そうすればこの学校にもはくがつくし、先生も非常に鼻が高い。おい、聞いてるのか?」


「はい…。」僕は小さくそう答えると、先生に頭を下げてその場を後にした。


 何故だろう?

 何故なんだろう?

 兄ちゃんと一緒にいるのに…兄ちゃんになったのに!

勉強がどんどん出来なくなる。公式を覚えて文法を覚えて歴史、年号は?化学式は?x=yは…あぁあああああああ!

 頭に全然入らないんだ。ぐるぐるぐるぐる考えるほど、頭はどんどんこんがらがって何にもナンにも入らなくなる!!


「うっっううっっ…」膝を抱えて泣く僕に、兄ちゃんは優しく寄り添いこう言った。


“効果がキレちゃったんだねぇ…”


 効果?効果って何?

“俺がお前になった効果さ。あの時俺がお前に命を注いであげただろ?だからお前は俺になれた。その効果がもうキレル…”


 そうか…効果がきれたから…僕は頭が悪くなっちゃったんだ。


 そうか。そうだったんだ!

 やっぱり兄ちゃんは凄いや。僕が知らないことをなんでも知っている。僕が困った時にいつもそうやって助けてくれる。


 やっぱり兄ちゃんは僕のヒーローだ!


 僕が兄ちゃんになってから三年が経った。三年も経てば効果が切れる。


 ベースは出来損ないでナンにもできない“僕”なんだもの…しかたないよね?だから―――




 僕は僕の中の兄ちゃんを消さないために燃料を継ぎ足すことにしたんだ。




 誰もが帰った放課後の、空き教室に僕は今とある人と二人っきりでいる。

「なんだよ急に話って?お前に声かけられるとか本当に珍しいな。一体どんな用事だ?」

 彼は訝しんだ表情で僕に問う。

 村木君、村木孝博君はこの学校で僕の“兄ちゃん”次に頭のいい生徒だ。彼なら僕と兄ちゃんの為のいい燃料になってくれる。

「うん。村木君ってさ、○×高校を受験するんでしょ?そこ、僕の兄ちゃんが通ってたところなんだ。僕は先生に違う高校に行けっていわれちゃったから通えないけど…だからもし良かったら村木君に兄ちゃんの使ってた教科書もらって欲しいんだ。とても丁寧に書き込みされてて勉強はかどると思うからさ」

「お前の兄ちゃんってあの…神童って呼ばれてたあの兄ちゃんのか!ありがたいけど…でも…いいのか?お前にとっても形見ってことだろ?」

「いいんだ。僕はもうほとんど暗記しちゃったし。だからあの高校に通うかもしれない村木君に使って欲しいんだ。そのほうがただ僕が持ってるよりいいと思うんだ。それに…村木君がもし、もしだよ?落ちたりしたら、この中学校からあの高校に通う人がいなくなっちゃう。そんなの…兄ちゃん絶対悲しむと思うんだ…だから…」

「お前の気持ちはわかった。うん…じゃあ有難くいただこうかな」

村木君はそう言うとにっこりと笑った。

 僕も嬉しくってにっこりと笑ったんだ。

「ありがとう。それでね…教科書は僕の家にあるんだけど―今から取りにこない?」


 後はとても簡単だった。

 家にきた村木君を母さんが置いていった睡眠薬で眠らせて…苦しまないように人思いに首を刺した。

 勢いよく吹き出てきた血をコップに入れて、いっぱいいっぱいコップに入れて。

 すべて絞り取った後、村木君の抜け殻は置いておく場所がないから地下室に放っておいた。

 僕はその血を保存して毎朝飲んだ。

 すると、みるみる頭は活性化していった!わかる、わかるんだ!どんな問題でも!もう僕と兄ちゃんにわからない問題はない!世界の全てを解き明かせる気がした。



 村木君のおかげで、僕は志望校に合格した。

 創立以来の初めての快挙だと言って学校中が僕と兄ちゃんをたたえてくれた。やった!やったね兄ちゃん!



 浮かれ気分がひと段落し高校入学が近づいてきた頃、僕はやっと村木君を放置してたことを思い出した。

 僕と兄ちゃんの燃料になってくれた村木くん。

 ずっと放置してきたけど…一体どうなっているのかな?村木君を取り込んだ今、家に放置しているアレはもう村木君の抜け殻でしかないけれど…抜け殻でもご両親は大切だろうからどうにか返してあげないと。


 僕は久しぶりに地下室におりる。

 もしかして村木君、腐り落ちでドロドロになってるかな?って思ってたけど――

 村木君は腐ってなんていなかった。むしろとっても綺麗に死んでいたんだ。

 僕は思ったんだ。村木君が腐らなかったのは僕と兄ちゃんの役にたったおかげなんだって!

 変わらない姿のままでい続ける村木君を僕は返してあげるために、旅行鞄に彼を詰めると、秩父の山に彼を連れてった。この山は昔僕と兄ちゃんが一緒に行った思い出の山。その山で彼を祀ってあげようと思ったんだ。

 山に着いて夜を待ち、祭壇を作って彼を解放してあげた。

沢山のお花を摘んで彼のまわりに置くと花が揺れてとっても綺麗で…僕はとってもいいことをした気分だった。


 高校に入り授業が始まると、中学の時とは比べようもないくらいハードな授業内容にとても驚いた。僕だけだったら何を言っているのかさっぱりわからず、授業についていけなかったっだろう。

 でも僕には兄ちゃんがいる。

 兄ちゃんは新しい環境を楽しんでいるようだった。

 進学した高校は都内の高校だったため通学に不便だと父に進言したら、都内にアパートを借りてくれた。あのいろんな思い出が詰まった家を出るのは偲びなかったけど、ここからは本当に本当の兄ちゃんと僕との二人っきりの新しい生活だ!

 家具や生活必需品を二人で選んでそろえていくのは本当に楽しかったし、二人で作るご飯も前の家と違う場所で作ってるっていうだけで何倍も美味しい気がした。

 だからその後にやる勉強も全然苦にはならなかった。

 来る日も来る日も勉強勉強。

 上位に食い込むのがやっとの授業もあった。

 全体成績で見れば他の一般生徒に追随を許さないけど、でもやっぱりキープするのは難しくて…。

 上位争いをしているメンバー同士で順位が入れ替わったりしていた。

 トップでい続けられないのは、とっても悲しかったけど、順位争いをしているメンバーとは話が合うし、仲がいいんだ。

 わからない所を教えてくれる時もある。

 それに、上にいるのは間違いないし、他の生徒から慕われている。

 少し状況が違うけど、やっぱり兄ちゃんは凄いっていうのは変わらないから大丈夫だよね?


 高校に入り仲間もできて、僕と兄ちゃんの生活はコレでもかってくらい順風満タンで幸せだった。


 でも僕は知っている。ソレは長くは続かないって。


 幸せな時間は駆け足で過ぎていき、高校生活も残り後半年となった頃、僕は兄ちゃんと計画を立て始めていた。

 そうエネルギーを補充する時が来たんだ。

 今、中学みたいにいきなり燃料切れになったら大変だ。

 このエリート集団の中で失速なんかしたらとたんに最下位まで急降下してしまう!

 だから早めに対策を練らないと!

 僕は兄ちゃんと誰をターゲットにするか相談し始めた。

 学校での上位組、僕と成績を競っているメンバーから一人を選ぶ。

 僕と兄ちゃんの為に良き糧となってくれる人物。

 考えて…考えて考えて選んだ結果、やっと一人に絞りこめた。


 彼の名前は沢辺誠。上位を競う我がグループのリーダーみたいな奴で、馬鹿な僕にも優しいとてもカッコイイ奴だ。上とか下とかに捕らわれずいろんな人と関わって、相手のいいところを引き出して場を和ませるのが得意な彼は、この超進学校のトップにいるグループの中での潤滑油的な役割を果たし上手に皆をまとめていた。


 そんな彼を取り込んでしまうのには僕にだって抵抗があった。


 あんなに普段皆に優しい良い人な彼を、僕等兄弟の都合で奪ってしまっていいものなのかと。

 悩み苦しむ僕に、兄ちゃんは優しくこう言った。

“なんで悩むの?自分が本当は1番望んでいることなのに?”

「僕が…一番望んでいる事?」

“そうだよ―お前が1番望んでいるんだ。彼を取り込みたい。彼と一つになって彼の力を手に入れたいってね”

「僕が…僕が望む…」

“お前が望めば何でも叶うんだ。そうだ、今度は全てを取り込んで、皆で一つになればいい。そうすれば皆でここで暮らせるじゃないか”



「皆で一緒に―そっかぁ。素敵な事だね、ねぇ兄ちゃん?」



 決心してからの行動は本当に早かった。

 沢辺には受験のことや私生活のことで悩んでいると話し、相談にのってもらうことにした。周りの皆には言えないからとこっそり家に招待して…昔のように睡眠薬で眠らせて…首を切った。

 生暖かい血液が首から噴出す感覚に僕は一人酔いしれる。

 ドクドクドクドク―溢れ零れていく真っ赤な真っ赤な紅い血。血。血。


 すくいあげる様に、そっと傷口に口をつけると、命が―沢辺の命が僕へゆっくりとゆっくりと流れこむ。


 それはとても、とても暖かくて幸せな味だった。

「あぁ―これだよ!これなんだよ兄ちゃん…これで僕等は一つになれるんだ!」

 僕は溢れでるその真っ赤な命を、飽きるまで吸い続けた。


 沢辺と僕が一つになろうとしてるなか、世間では沢辺がいなくなった事でちょっとした騒ぎが起きていた。

 誰もがあこがれる有名進学校生徒の行方不明。誘拐か失踪か?なんて面白おかしく騒ぎ立てる。


 学校の奴等も沢辺がいなくなったコトで普段とは違うざわめきを出していた。


「3―Aの沢辺君、行方不明らしいね。こんな大事な時期にどこにいっちゃったんだろう?」

「さぁ?勉強するのに疲れてしまったんじゃないかな?彼、まじめだったからね。気が疲れて旅にでも出たくなったのかもよ」

「そんなもんなのかなぁ~?正直、僕等一般生徒にはその感覚は一生わからなそうだけどね。君達みたいな特別頭のキレる生徒はそーんな事も考えたりするのかなぁ?」

 クラスメイトとのおしゃべりにサッと受け答えしながら、僕は事態の収束が早くなればと願っていた。

いや―違うな、僕が早く沢辺になってしまえばいいことだ。

 早くしなければ…。僕はギリっと唇を噛むと早々と学校を後にした。

 家に帰った僕は急いで支度を始める。夜ご飯の支度をだ。

 トマトに玉ねぎ、お肉に、にんじんセロリにブイヨン、ローリエを食べやすく切って入れ、ぐつぐつと煮ればミネストローネの完成だ!スープの完成に合わせ作っておいたのは絶品ソテーだ。特製ソースをタラリとかければ世界中で我が家でしか食べれない至高の料理が出来上がる。

 そしてその全ての料理には沢辺の魂が融けている。

 僕は食べる。沢辺を食べる。全てを一つにするために。一つになったらどんなに素敵な世界が待っているのだろう?

僕の未来は輝いている。

そう信じて僕はひたすら料理を作って食べていた。

 全てが順調に行くと思ってたんだ。

それなのに…僕の日常を壊す電話が掛かってくる。

ピリリリリ

 普段静かな我が家に響く機械音。僕はその音に吸い寄せられるように受話器を取る。

「もしもし…?」

「―――久しぶりだな。元気にしているか?」

 電話から聞こえてきたのは懐かしくもあるが、聞きたくない声でもあった。

 電話の主は父さんだった。『久しぶり』から始まる電話の内容は、僕にとっては非常にどうでもいい、迷惑でしかないものだった。

 いわく、父さんの転勤が終了となり自宅に戻ってこれるとのこと。

 いわく、母さんの病気が回復に向かっており晴れて入院から通院になりそうだということ。

「そっ…そうなんだ。よかったね…おめでとう…で?それで?」

 僕は絞り出すような声で告げる。電話口の父さんは僕の変化には気づかない。


 昔と違い少し舞い上がったような口調で父さんはこう言った。


「あぁ、だからな母さんがお前に会いたいそうだ。今はもう落ち着いているから、昔みたいにはならないよ大丈夫。あぁ、お前にイロイロと謝りたいそうだよ。それに父さんもお前に会いたい。そして謝りたいんだ…子供だったお前をあの家に置いて逃げるように転勤したことを、お前に会ってきちんと謝りたい。やっと、やっと私たち家族はもう一度やり直せるんだよ!」


 今度の休みに行くからと告げると電話は切れた。



 何もかも唐突で、一方的だった。



 そして、フツフツと込み上がってくる感情。感情。感情。

 とても抑えられるものじゃなかった。


「あがぁあああああああああああああああああああああ!!」



 僕は大声で叫ぶと電話をつかんで投げ飛ばす。

 ガチャーーンと壁に当たる大きな音がし、受話器がはじけ跳びツーツーツーと無機質な機械音がむなしく家に響き渡った。

 なんなんだよ。なんなんだよ!なんなんだよ!!

 もう僕のことなんて忘れたんじゃなかったのかよ!どんな時もお前等夫婦は兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん!兄ちゃんのコトばっかりだったじゃないか!それなのになんなんだよ!今更になって今度は僕か!あの時だって、あの時だって!

お前等の為に兄ちゃんになったのに!お前等がシクシク泣くから…だから兄ちゃんになったのに!

それでも、お前等は振り向いてなんてくれなかったじゃないか!!

 テストでいい点取ったって、駆けっこで1番になったって、お家の中は真っ暗で、母さんは叫んでて、父さんはいなかった。



 それなのに!!!



 僕は怒りが収まらなかった。噛締める唇からは血が溢れ、強く握った拳は爪が肉に食い込みジンジンと痛みを帯びた。

 苦しむ僕を救ってくれたのは、やっぱり兄ちゃんだった。


“何を怒っているんだい?お前は兄ちゃんで、兄ちゃんはお前だろ?母さんも父さんも、お前会いに来るんじゃない。兄ちゃんに会いにくるんだ。”


 そっか…そっかそっか!僕はもう兄ちゃんなんだ!そうだよね!そうだよ!

 僕は握った拳を解き、唇の血を拭い、ぺろっと舐めた。鈍い鉛の味がひろがる。キリっとした顔で前を向くと、来客のための準備を始めることにした。

 僕はつかつかと家の中にある一室に向かう。それは沢辺にあてがわれた一室だ。四肢をバラし、血を抜くだけ抜いて、脳と臓物を取り出した、沢辺だった入れ物がそこに吊るされていた。

「ごめんね沢辺、君をココにおいておけなくなっちゃった。」

 僕はそう呟くと沢辺を袋に詰めていく。いくら締め切ってエアコンをフル稼働させていても臭いを全て取り除くことはできない。換気の必要があるし、この家に両親がくる以上、沢辺はこの家以外のどこかに隠さないといけない。


「ごめんね?本当は沢辺を神様にしてあげようと思ったのに、できなくなちゃったかな…」


 沢辺のパーツをすべて袋に詰めると、僕は窓を全開にし外の空気を中に入れた。生臭い臭いと外の外気が混ざり合い、僕の素肌を優しくなでた。

 沢辺は怒ってない。何故かそう思った。

 本当はバラバラにした沢辺をくっつけて神様にしてあげたいと思ったんだ。


 昔のお寺によくあった日本のミイラ。それは神に近づこうとあがいた修行僧の最後の姿。その神々しい力を僕は以前、村木君に感じた。あの姿は多分偶然できたものだけど、だからこそ沢辺は僕の手で完璧な神様にしてあげたかった。なのに…本当にごめんね。


 僕は袋に入れた沢辺を引きずるように持ち上げると、休み休み運んでいく。どこに置こうか見当もつかぬまま僕はユラユラと夜の住宅街を彷徨っていた。

 当てもなく長い時間彷徨い歩いた事と、予想以上に重たい袋に、力がどんどん奪われていた。手はしびれて足はがくがく笑い始める。引きずって歩きたいが、そんなことはとてもできない。     

フラフラと歩いていると視界の端に丁度いい休憩場が見えた。そこは、昼間住宅地の主婦などが近道がわりに通りぬける道にある、ちょっとした憩いの場。マンションとマンションが佇む場にできたデットスポットに立ち木にベンチが置いてあるだけの簡素な場所だ。

 僕は吸い寄せられるようにその場に行くと、沢辺をベンチの後ろに置いてドカっと腰を下ろすとベンチの背に手を乗せて空をボーっと眺めみた。

 遠い、遥か彼方の遠い場所から発せられた光が今地球に降り注いでる。

 昔はよく兄ちゃんとこうやって空を見上げて星の話をしたりしたっけ。

『光はね、とってもとっても足が速いんだ。世界中のどんなものよりも速い。だからね?今僕等が見ている星の光はとっても遠い場所から発せられた光でね?その星はもうなくなっちゃってるかもしれないんだ。今僕等が見ている光は星の最後の輝きかもしれないんだよ』

『本当に?すごいや兄ちゃん!兄ちゃんは何でもなんでーも知ってるんだね。さっすが僕のヒーローだ!』

『ヒーロー?俺が?お前の?あははっそんな凄い存在じゃないよ俺は』

『ううん。兄ちゃんは凄いよ。僕がそう思うんだもん。僕がヒーローだと思ってるから間違いないのっ』

『そっかぁ。間違いないのかぁ。あははっお前は本当に面白いな。そう言ってくれるお前が俺のヒーローだよ…』

 あの時の兄ちゃんの最後の言葉の意味は今でもまだわからない。兄ちゃんに尋ねても、いたずらに笑うだけで、結局教えてはくれなかった。

 もう本当の兄ちゃんには聞けない。どうゆう意味だったのかは―もうわからない。

 

 ―――あの頃に、戻りたい―――


 ツーっと目から涙がこぼれる。何で僕は今泣いているんだろう?

 涙を拭いて、立ち上がりそろそろ行こうかとしたその時だった。

「どうしたのぉ~~お嬢さん??涙なんか流しちゃって~おじさんが慰めてあげようかぁ?」

 不意に目の前から声がした。前にいるのはグデグデに酔っ払ったサラリーマンのおじさんだ。

 見たことのない顔のその人はもつれる足をどうにか踏ん張りながら立っている。

 酔っているせいで男女の区別もつかないのだろう。

 あぁ本当に早く立ち去ってほしい。お前がいなくならないと後ろの袋に手が伸ばせないじゃないか。

 僕はキッと睨み返すと、返事を返すことなく無視することにした。すると、

「なに無視してんだよっお高くとまりやがって!俺様が声かけてやってるって言うのによ!」

 酔ったソイツは乱暴に僕の手を掴むと、グイっと手前に引き寄せてきた。

 このままじゃまずい!騒ぎに巻き込まれる。

 そう考えると僕は、思いっきり靴のかかとで相手の靴の先端を踏み潰す。すると、

「いったぁぁっっ」と声を上げ、男はぱっと手を離した。


 僕は逃げた。一目散に逃げた。

 息つく間もなく走り、家に帰ると鍵をしめ玄関に崩れ落ちた。


「うっっ―くっくふっっ――うっ」しゃくりあげる声を聞き始めて自分が泣きながら走ってきたのだとわかった。

 手を顔に当て、溢れる涙を何度も何度も塞き止めようとしたが、その手を伝い涙は地面に零れ融けていった。

 何もかも上手くいかない。そのことにただただ涙が溢れでた。


 翌日、家を少し早くでて学校に行く道をはずれ、あのベンチのある場所まで行ってみた。

 あたりは規制線が張られ大勢の民衆と警察官で騒然と溢れかえっていた。

 あぁ…沢辺が見つかってしまったのだろう。そう思った。

 悪い事をした。あんなことがなければ僕は沢辺をちゃんと祀ってあげるつもりだったのに。

 溢れる人ごみの中で僕は小さく一礼すると、きびすを返し学校へ向かった。


 あの日から数日が立ち、今日はとうとう両親が尋ねてくる日だ。

 部屋の換気も完了し、綺麗に整理し清掃して完璧な部屋を作った。

 誰が尋ねてきても気兼ねなく招くことができる。そんな家になった。


 ピンポーン


 チャイムの音が鳴り響く。どうやら両親が来たようだ。

「行くよ、兄ちゃん。」

 僕は小さく声をかける。

 兄ちゃんは返事をしなかったけど、大丈夫って言ってくれてるような気がした。

「はーい。今開けます」そういって玄関へ向かう。僕は勇気を振り絞りドアを開けると、そこには昔の面影を残したまま少し年老いた父さんと母さんが泣きそうな顔で立っていた。


「いっ…いらっしゃい。どうぞ?中に入ってよ。昨日ちゃんと片付けたからとっても綺麗だよ」


 気まずくて気まずくて。間が持たない。何か話さないとと適当に言葉を探すが言葉が上手く見つからなかった。

 僕は昔何を話していただろう?

 どんな事で話を続けていたのだろうか?

 兄ちゃんと話したことはたくさん思い出せるのに…両親とのことは何一つ思い出せない。

 今は僕が兄ちゃんなのに。でも、それでもわからないんだ。

 兄ちゃんは母さんと何をお話していたの?父さんとどんな会話で楽しんだ?


 あぁ何にも知らない!わからないんだ!!


 焦るたびにズキズキと痛む頭をかるく擦りながら僕は居間へ向かおうとした。

 後ろから戸惑い彷徨う視線を感じる。どうしよう。どうしよう。どうしよう!


 僕が何か言わなくちゃ!


「――っ。ごめんっごめんなさい。」

 名前を呼ばれ振り返ると、泣きながら崩れ落ちる母さんがそこにいた。

「わかってたの。お前が悪い子じゃないって、できない子じゃないって!そんなことっそんなことわかってたの。だって私母親ですもの。でもっでも周りの皆にお兄ちゃんを褒められてっ私わたしどうかしてた。わが子を区別するなんて。私もうあの時からどうかしてた。どうかしてたのよ!」

 母さんの悲痛な叫びに僕は顔を引きつらせる。

 だから?だから許せって言うの?どうかしてたから許せ?

 ジャアボクモユルシテクレル??

「私からも謝らせてくれ。本当にお前には酷いことばかりした。兄ばかりに固執する母親を私は止めようとしなかった。それで母さんの気がおさまるならそれでいいかと思っていたんだ。私は幼いお前がどんな仕打ちを受けているかを知りながらソレを見ないことにした。黙認することにしたんだ。父として夫として止めてやるべき立場の俺がそのことを放棄した。そして逃げた。あいつが死んで壊れた母さんから。お前に押し付けて逃げたんだ。最後まで仕事を理由にして。本当に本当に最低な人間だ私は…」

 泣きながら膝をつき頭をたれる父さんと、崩れ落ちた姿のまま泣き続ける母さんを見て僕は…僕は…


「今更なんだよ。」と小声で呟いた。

 

 止まれ。ここで止まれ…頭の中で冷静な声がする。声がするのに、僕はもう止まれなかった。

 見ないように、感じないように閉じ込めてきたいろんな気持ちが堰を切ったように溢れだす。


「今更なんだよ!父さんも母さんも何で…何で今更…もっともっと早くに気づいて欲しかった!僕も兄ちゃんもあんた等夫婦に振り回されて。辛いのに、苦しいのに助けを求めることすら許されなかった!僕等はそうやって生きてきたんだ。なのに今更許して欲しいって?そんなの…そんなのってないよ。もう許されないんだよ!僕はもう僕じゃない!僕は村木であり沢辺であり兄ちゃんである存在なんだ!僕はもうどこにもいない。許してあげられることなんて何もない!何もないんだ!」


 怒りが僕を支配する。怒りが僕という人になる。

 あぁ僕って一体何なんだろう。なんでココにいて、なんでこうして怒りに身を任せているんだろう?


 あぁわからない。わからない。僕って一体ダレなんだろう。


 わからない、わからないと僕はひたすら叫び狂う。

 父さんはぼうっとした顔で僕を見詰めたまま固まっていて、母さんは昔のように狂った声で泣き叫んでいた。その後ろで音がする。



 ピンポーン。ピンポーンピンポーン。



 玄関のチャイム音。なんだか今日は来客の多い日だ。

 誰が来たのかは知らないが、なんとなく僕はそれを察知する。



 あぁこの苦しみも今日で終わりだと。



 このチャイムの向こう側で僕を待ってる人がいる。

 チャイムは止み、そのうち人が入ってくるだろう。その人に全て話そう。

 僕のこの苦しみも悲しみも、どこにも向けられない憤りも全て、全て。


 あぁ早く入ってこないかな。


 僕はそう考えると、背中に隠し持っていたナイフにすっと手を伸ばす。



コレでやっと開放される。そう思った。



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