兄弟達の挽歌:5
被害者は沢辺誠18歳。東京の有名進学校に通う高校三年生だ。
2ヶ月前、突然家に帰らなくなりそのまま行方不明に。
心配した家族から捜索願が出されていた。
品行方正、成績優秀、ご学友からの信頼も厚い、いわゆる良いヤツで犯罪に巻き込まれるような点は皆目見当たらない。
発見者は現場に隣接するマンションに住んでいる主婦で、朝のゴミだしの帰りに現場となった広場で他の主婦らと雑談に勤しんでいたらしい。
昨日の夕方頃、買い物帰りに立ち寄ったさいには無かった怪しいゴミ袋を捨てようと持ち上げたところ、誤って落下させ中身が転がり出てき、遺体を発見したということだ。
「今朝起きた事件ですね。夕刊で読んだのです。貴方はあの現場を見てきたのですか?」
静かな声で惟智子は問う。
現場を目で見、自身が感じた事を伝えるのが惟智子と藤島との約束だ。
このコテージに篭り、外に出ることを制限している彼女は何故か藤島の目で見て感じたものを大切にしろと言う。新米刑事で現場のイロハさえまるで知らないヒヨッコの意見なんて何が大切なのだろう?と思うのだがそう言うのであれば仕方ない。
「見てきたよ?今回も聞きたいのかい?」
「はい。それを聞かなければ私は何も言えないのです。」
「わかったよ。」そう言うとフーっと息を吐き頭の中をリセットする。
そして今朝現場に行き、見て、感じた事をゆっくりと再生し始めた。
周りの風景、風の通り方、光の差し方に、音の響き方。ありとあらゆる気がついた事、見たことを思ったまま感じたままに惟智子に伝えていく。
話している彼をぼんやりとした顔で見つめながら惟智子は青い瞳の奥に遠く離れたかの地をゆっくりと再構成させていた。
「まぁうん。感じた事は以上かな?ざっくりまとめると、そーだなぁ~閑散としてるんだろうね普段は。こう一定の時間になると買い物帰りの主婦なんかが利用しているみたいだけど、ソレ以外はって感じだよ。何たって木が一本生えててその傍にベンチがあるってだけの場所だしね。」
そう無機質な雰囲気の場所だった。巨大なマンションとマンションに挟まれて出来たデットスポット。コンクリートで整えられた土地に淋しげに立つ木とベンチ。朝のゴミ出しと午後の買出し時にショートカットコースとして使う人間以外あまり立ち寄らない場所だろう。
だがまったく人が通らないわけでもない。だからこそ何故あそこに遺体を遺棄したのかまったく理解ができなかった。
「他に感じた事は?」
他には…?
「場所については以上だけど、遺体が少し変だった気がする。」
「変だったとは?」
「うーん。司法解剖がまだだから詳しい事はまだわからないんだけど、鑑識さんによると死後1~2週間は経ってるって話だから行方不明になって直に彼はもう殺されていたって事になるんだけど、どうゆう環境で遺体を保管してたらそうなるの?ってくらいその~なんていうの?見た目がさ…ミイラみたいだった。」
「ミイラ…ですか。」
そう…ミイラみたいだった。
落ち窪んだ目にカサカサの肌。腐敗は進行していたが、異臭を強く発してはいなかった。最初に腐り落ち臭気を発する部位がことごとく摘出されていたからだ。
「鑑識さん情報によると臓器という臓器が摘出され、血液もほとんど残されていなかったそうだよ。まぁだからミイラっぽく見えたんだろうね。んで、ミイラってので思い出したんだけど、三年前にも似たような事件があったんだよ。コレがその時の捜査資料。」
藤島はガサゴソと持ってきた鞄の中から資料を取り出すと、少女の目の前に差し出した。
「一般人のしかも歳はもいかぬ子供に捜査資料を見せるとは。警察もモラルが低下しているのですね。」
少女はチクリと嫌味を言う。しかし既に資料を手に取り紅茶片手に読みふけっていた。
「モラルが低下してるのは俺だけだよ。警察全体はしっかりしている―はず?」
「そうでしょうか?というか貴方はやはりモラルのない人間だったのですね。よくわかりました。」
彼女は相変わらずの口調で話す。キツイ内容の捜査資料を読んでいても顔色一つ変えない。
しばらくの沈黙が続く。部屋の中に彼女がページをめくる音が静かに響く。
おそらく資料内容を吸収している最中なのだろう。そこにある字を、文を、写真を、絵を、彼女は自身に刻み込んでいく。そこに感情は微塵も含まれない
やがて、資料を読んでいた彼女が不意にこう尋ねてきた。
「貴方は何故この事件と今回の事件が似ていると感じたのですか?」
「何故っていうと?」
「この資料の事件と場所も異なれば遺体の損壊状況も異なります。この資料の事件では確かに血液が抜けれた形跡が見られますが、臓器が抜かれたと言うことはなく、遺体自体は半自然にミイラ化したのではないかと記されています。そして祭るように山の中に遺棄されていたとある。ゴミ袋に突っ込んで捨てた今回と違い、遺体を丁寧に扱っていたのです。」
そうなのだ。類似点は少ない。でも――
「でも被害者も今回の被害者も生まれ年が一緒だ。」
「でもそれだけ…とも言えます。貴方は何を根拠としてこの事件が今回の事件と似ているというのですか?近年事件の性質が変わり多様化してきました。そんな昨今、猟奇事件なんて山の様に発生しているのです。今回の事はその中のたった一つでしかありません。それをこの資料の事件と結びつけるのは何故ですか?」
「それは…」彼は惟智子の質問に言いよどむ。何たって根拠はないからだ。
つい一ヶ月ほど前に警視庁内にある継続捜査課の分室である彼のお城、継続捜査資料保管管理調査室に届いた資料をたまたま自分が読みましたってだけなのである。
法改正で時効がなくなった今、刑事事件の継続捜査が基本となったが、日々新しい事件に追われる所轄にそんな余裕はない。
そのために出来たのが継続捜査課である。
彼が所属するのはその分室。
継続捜査資料保管管理調査室なんて物々しい長ったらしいネーミングではあるが所詮は分室。
ようはなにやらやらかした警視庁トップのお孫様のほとぼりが冷めるまでの隔離部署なのである。
その隔離部署には全国の未解決事件や迷宮入り寸前の問題事件の資料が月にわんさかと届く。
彼の仕事はその資料を“只読む”だけである。
名目上は資料を読み、捜査のきっかけや事件の関連性を見出し、継続捜査課の職務の遂行を手助けする―なのだがまぁようはするに資料読んで大人しくしてろや!ってことだ。
しかし、性格上大人しくしてる事はなく、資料を読み面白そう事件に首を突っ込んでは大立ち回りを繰り返しているのだ。
分室のクセやりたい放題。
しかし現場の皆様は上が怖くて強くは言えない。
それに彼には実績がある。
分室送りになったとたんに様々な難事件を解決したと言う実績。
まぁその実績の影には彼女、如月惟智子が大いに貢献しているわけだが。
なんて言い返そうかと言葉に詰まっていると、彼女はまるで心を読んだかのごとく
「今回もまた直感的にと言うものなのですね。」とため息交じりにそう言った。
「まぁーうん。そうだねぇ…そう言えないこともないような?」
藤島の至極適当な発言に無表情のままげんなりオーラを放ちつつ
「直感とは、推理や考察などによるのではなく、感覚によって物事を捉える事とあります。裏付けされた事象があるわけでもない。そんな今回のケースは確かに直感と言っていいかもしれません。しかし、貴方は曲がりなりとも警察官。「直感だよ!直感」などど言っていたら、一般的に考えると確実にバカにされるのがオチなのです。」
目の前にいる少女はバッサリと藤島の主張を切り捨てる。でも…
「でも…君なら聞いてくれるだろ?俺のなんとなくを唯一信じてくれる君ならさ?」
少女はゆっくりと読み終えた資料を綴じながら顔を上げた。澄んだ水のように青い瞳と視線がぶつかる。
「しかたのない人ですね。」彼女は静かにそう呟くと
「ではその“なんとなく”な物語を作り上げましょうか」
相変わらずの抑揚のない声でそう言った。




