兄弟達の挽歌:3
車を走らせ向かう先は、暇な時は一週間に一度は訪れる馴染みの場となりつつある、とあるお屋敷。
東京某所、都心から離れた所にある街の、中心地から離れた場所にその屋敷は佇んでいる。
オシャレなデザインの鉄柵と立ち木にぐるりと四方を囲まれ鬱蒼としたその豪邸は、由緒正しい家系だと鼻高々な藤島家の実家連中でさえも腰を抜かしてびっくりするであろう程の広さを誇っている。
東京ドーム2つ分?
…とにかく、物凄い広さのお屋敷なのだ。
お屋敷の鉄柵塀を横目に見ながら車をしばらく走らせると前方に見えてくるのはお屋敷への入り口だ。
此まできてもまだ屋敷内には程遠い。
車を止めて、天にも届きそうな大層立派な鉄の門を鍵がついてないのをいい事にギコギコと勝手に開けて車を入れる。
すると、間髪要れずにケータイ電話に着信が入った。
本日最初の関門だ。
「もしもし?今来たのって藤島さんですよね?」
「当たりです。エンジン音でわかったんですか?相変わらず良い耳してますね~恵麻ちゃんは。」
電話の相手をさくっとかわしながら藤島は切り札を切る瞬間を探っていた。
此でミスすると後がない。
門を潜ったこの時が一番の難関なのだ。
逆にとれば此さえ抜ければ後はどうとでもなる!
「我家の恵麻をお褒めいただいて、ありがとうございます。それで?こんな時間に本日はどのようなご用件でしょうか?私たち、夕飯後のゆったりとした時間を楽しんでいたところなのですが?」
時計を見ると午後8時を指している。夕食後の家族団らんの時間に水を差すなというところか。
しかし、この程度の嫌味ではまだまだ引き下がらない!
「いや、まぁーちょっとしたご相談ですよ。お宅の姫君様にお会いしたいんですが…」
「まぁ!我家の可愛い末妹にご用事だとおっしゃるのですね。だけど残念です。今まさに惟智子は分厚い洋書の読破に取りかかったところなんですよ。本当に残念です、あの調子だと半日は一心不乱に読み続けて誰の話も聞かないと思います。」
電話の向こうで彼女のトーンが意地悪そうに跳ねる、その瞬間そこが切り札を切る合図だ!
「そうですか…それは残念。いやぁ~本当に残念だ。いやね、ついさっき何故か無性に甘いものが食べたくなりまして、銀座のとあるケーキ店でホールケーキを買ってきたんですが…そうですか…忙しいのか…」
「ほぉ…ケーキですか…」
電話口で彼女の声が揺らぎはじめる。ココだなっ!俺は芝居かかった口調で彼女の気を引くように話しを進めた。
「えぇそうです!ケーキですよ~ほらその前、恵麻さんと透子さんが食べたい!っておっしゃっていたあのお店の…」
「むっ…あのお店のケーキと言うとフルーツたっぷりの特大タルトですね。季節感のあるフルーツ達が溢れんばかりに共演し、そして下のタルトは香ばしい香りを放つアーモンドクラッシュ入り。お昼になったとたんに売り切れるって有名な銀座某店のケーキ…ゴクリっ。」
よしよし食いついてる食いついてる。
藤島は手応えある反応を掴み取ると最後の落としに掛かった
「それと先日従兄弟がフランスに旅行に行きましてね?お土産にと美味しい紅茶を頂いたんですが自分ひとりじゃ飲みきれないのでおすそ分けにと持ってきているんです。どうですか…紅茶とケーキを食後のこの時間に頂くというのは?」
「くっ…紅茶もあるのですね。ふっっ…内角をえぐるようなスマッシュ!相変わらず容赦ない攻撃をしますね。しばしお待ちを、今家族会議を開始しますので。恵麻~ちょっとおいでー紅茶とケーキが今我家まであと少しのところまで来ているんだけど…」
電話口を押さえることなく繰り広げられる明け透けな会話に思わず「ブフッ」っと吹き出しながらしばらく待つと
「藤島さん、ケーキと紅茶を玄関まで持ってきてください。ケーキの形を崩さないように丁寧にしかし素早く慎重持ってきてくださいね?」
「了解です」藤島は短くそう言うとケータイを切り車を動かし始めた。
どうやら家族会議の結果、ケーキ食べたさに身内を売るといった結論が導き出されたらしい。
ケーキと紅茶で売られたカノ人はまぁ多少可哀そうだが、そうでなくては困る。
なんせ旅行にいく従兄弟に頭を下げ手に入れた高級茶葉。
そして銀座の某有名ケーキ店、昼過ぎ販売限定30個のホールケーキ2つ分をゲットするためにどんなに苦労したことか!
署から車をかっとばし、チクチク刺さる人の目を跳ね除けやっと買ったケーキを無駄にするわけにはいかない。
ぐねぐねとやけに長い門から家までの道を走り、玄関前に車を停めるとケーキ到着を待ちわびた屋敷の住人がドアを開けて微笑んでいた。
「さぁさぁ中にどうぞ。我が愚弟が文句を言いながらさっそくお湯を沸かしているんです。お土産受け取りますね?あっ!惟智子はいつもの所にいるんで、勝手に向かってください。ケーキと紅茶は後から持って行きますんで、それでは――ごゆっくり。」
にこやかに話しながらケーキの箱と茶葉の缶を受け取ると、さっきまで電話口にて熾烈?な攻防戦を繰り広げていた彼女―如月透子はドアを大きく開け広げ俺を室内へと招き入れてくれた。
どうやら本日のミッションも無事成功したようだ。
藤島は「フフッ」っと笑い肩をゆらし屋敷の中へと足を踏み入れる。
その様子を見届けると彼の側でこっそりと隠れるように様子をうかがっていた、小柄でフワフワのウェービーロングが似合う、天使のような風貌の如月恵麻はが「ケーキっケーキぃ♪」と謎の歌を歌いながら邸の奥へと消えていった。
おそらく厨房でケーキと紅茶の到着を待つキョウダイの元へ行ったのだろう。
その後ろをニコニコした顔で追いかける透子は「こら、はしゃぐと転げるよー?」と言いながら盲目である恵麻の後を追いかけていった。
はしゃぐ姿を見るとやはり子供だと痛感する。例えどんなに人間離れした頭脳を持っていようとも、ここで暮している子供達は中身はそこらの子供たちと同じなのだ。人恋しくて甘えたい大きい何かに守られたい…そんな年頃。
ここ如月邸は故人、如月総一郎氏が自身の子供達と暮らす為に建てたお屋敷だ。
現在、上は大学生、下は中学生といった十数名の児童がこのお屋敷で暮らしている。
如月総一郎氏は生前、児童教育に熱い人物だったと聞く。
政財界きっての実力者でありながら、その力を振りかざすことはせず、たまの休日に孤児院などを訪問しては資金を援助したりボランティア活動に勤しんだりと誠に出来た人物だったそうだ。
その如月氏は孤児院訪問のさい、自身が才能を見極めた優秀な児童をひきとり実子として育てその才能を開花させようと教育していたらしい。その数総勢十二人。
ここまで聞くとこの如月氏は自身の財力を糧に未来ある子供たちを援助する素晴らしい人物に聞こえる…がしかし、実際の如月氏はただのいい人ではなかったようだ。此に集められた子供達に共通する特徴。
それは、一般の子供たちと一線を画する知能を持っているという点である。
如月氏はそんな子供達を集め――一体何をしようとしていたのだろうか。
子供達は言う。“あいつはいいお父さんなんかじゃなかった”と。
その発言からも、如月氏が集めた子供達を愛をもって養育していたわけではないことが伺い知れるが…では何のために彼らは集められたのだろうか?前当主である如月総一郎氏亡き今はその真相は――家の者が語らない以上、闇の中である。
語られない…語ることのできない辛い何かがあったのだろうか。
だが、この家の者達は、皆その過去を気にしていないかのように明るい。
血のつながらない十二人のキョウダイ達は、お互い誠のキョウダイであるかのように接し話しはしゃぐ。
しかし、こうも明るくいられるのは己の努力だけではないのかもしれない。この家の支柱である姫君なくしてはこの家は成り立たないのだから。
彼は静かに歩いて進む。
立派な造りの邸宅内を真っ直ぐ抜けると裏側に広がるのは小さな林。
その林の中には古びた木造コテージがひっそりとまるで隠されたように佇んでいる。
コケとシダに絡まれたその姿は妖しげな雰囲気を遺憾なくかもし出し、初めて訪れた者の足を止めるには抜群の効果を出している。
臆することなく林の中を進み、コテージ中に入っていくと天井から吊り下げられたランタンの明かりに照らされて薄暗い室内がぼんやりと浮かびあがった。中はまるで書棚をひっくり返したかのような有様になっており、大なり小なりの本が積み重なって出来た柱が天に向かって伸びている。その本の柱が列なる室内はさながら本で出来た迷路のようになっていた。
そして、おそらく此の住人は換気を怠っているのであろう。本特有のインクの香りと独特のカビ臭さで空気は物凄く重たいものとなり、どんよりと滞留しているのがまるで目に見えるようだった。
この異様な本の迷路も独特な空気の香りもなれるとどうって事はない。
当初こそ、こんな所で人が暮らしてるのかよ!と思ったりもしたが、活字を追うことしか興味の無い彼女ならではのお部屋だろうと納得すらする始末である。
一年前、先輩刑事に連れられて藤島は初めてココに来た。
鬱蒼とした林にコケとツタまみれのコテージ。絶対に呪われた山荘を移築してきたんだ!そうに決まってると胸が高鳴ったものだ。臆することなく奥へと進む先輩にさすが刑事!度胸が違うぜと関心したのも懐かしい思い出である。そして初めて会った彼女に「邪魔です。出て行きなさい」と冷たくあしらわれたのも鮮明に記憶に残っている。
なにしろあのファーストコンタクトのおかげで、藤島は彼女に興味を持ちここに日参するようになったのだから。
うず高く詰まれた本の山と山を縫うように進み、獣道をあっちに曲がりこっちに曲がりそんなに広くないコテージ内を放浪しながらの如く歩きまわると、ようやく2階に上がる階段が見えてくる。
ギイギイと軋む階段を上がりきればゴールはもう目の前だ。
捜し求める姫君様は2階の突き当たりの部屋にいる。
今日もいつもの様にランタンの明かりだけの薄暗い部屋で、ウッドデスクの上に腰掛け、うず高く積まれた本の山から無造作に1冊とり黙々と読書に勤しんでいる事だろう。
まったくもって不思議な奴だ…と藤島は思う。しかし彼はその不思議なお姫様に心酔している。
如月惟智子という14歳のお姫様に。
ノックもせずに扉を開けると今日も聞けるはずだ。
「また来たのですか…」と。




