レポート8
私は屋上での一件の後、居ても立ってもいられずにタッキーに連絡を入れた。
丁度タッキーの方からも私に話があったらしく駅前のドーナツショップで落ち合う事になって、私は学校を抜け出すと逸る気持ちを押さえてドーナツショップへと向かった。
店の中へ入ると一番奥の席に居るタッキーの姿を見つける。
「ちょっと聞いてよ、大変なの――!」
と、向かいの席に座ろうとしてテーブルの上にアイスコーヒーのグラスが置かれている事に気付いた。しかも既に半分ほど飲まれている。
「あれ? 誰か居たんだ?」
私が聞くと、返事は後ろから返ってきた。
「それ、私のでーす」
「え?」
「あら、やっぱりあなたね。また会えて嬉しいわ」
その声に驚いて振り向くと、また驚いた。そこには昨日の夜神社で会ったあのおかっぱ頭の女の子が、笑顔を浮かべて両手を小さく振って立っていたからだ。トイレに行っていたらしく右手にはブランド物のハンカチを握り締めている。
「き、昨日のこけし女!」
と、私は思わず大声で叫んでいた。
「ち、ちょっと何なのよ、それ? もっと他に言い方ってものがあるでしょ?」
こけし女の非難も無視して、私はタッキーに詰め寄っていた。
「ねえ、なんでこのこけし女がここにいるの!? ねえなんで!?」
「またこけし女って言ったわね!」
「初対面の人間にこけしを渡すようなヘンタイ人間をこけし女と呼んで何が悪いのよ!? だいたいあのこけしのせいで、こっちは友達を作る貴重なチャンスを潰してるんだから!」
「おもしろいじゃない。私とやる気……?」
私とこけし女は一触即発の雰囲気で睨み合う。
「――まあいいから二人共座ってくれよ。ほら、他のお客が見てるだろ」
タッキーの言葉にようやく私とこけし女は周囲の冷たい視線に気付いて、そそくさと何事もなかった様に席についた。
「はい、少しは落ち着いたかな? じゃあ僕が互いを紹介しよう。この子は柊葉月君。桜吹雪女子学園の二年生で、三年前にとある事件がきっかけで知り合ってからの付き合いなんだ。こう見えても彼女は凄腕の霊能者なんだぜ、すごいだろ?」
「こう見えてもはないでしょ……!」
と、こけし女――柊葉月と言う名の彼女はふくれっ面を浮かべる。
「で、こちらが鈴木玉子君。海雲高校の一年生で地球生まれだけど、家族は皆僕と同じカンナニラ銀河星系人なんだ」
「ち、ちょっとタッキー――!」
私は血相を変えてタッキーを睨んた。しかしタッキーは笑顔を浮かべて、
「大丈夫。彼女は僕たちの協力者だから心配しなくていいんだよ」
「でも……」
私はちらりと柊葉月を見る。彼女はどこか勝ち誇った笑みを浮かべて、私の顔を覗き込んでくる。
「へえー、やっぱりあなたも宇宙人なんだ? ねえ昨日会った時からずっと猫のイメージが浮かんで見えるの。どうして?」
その言葉に私の胸がドキリと高鳴ってつい視線を逸らしてしまう。
「そ、そんな事知らないわよ……!」
「ふーん……」
と、彼女は興味深そうに視線をこちらに向け続けている。
やだ……なんか、この子苦手だ……
その後の私と言えば最初の勢いも何のその、居心地の悪さに借りてきた猫みたいにおとなしく座っていたんだ。
何故タッキーが私と柊葉月を会わせたのかはすぐにわかった。
それは彼女が昨日の夜、神社からの帰り道に遭遇したと言う謎の人物が十中八九ベニラ団のピックパークに間違いないからだった。
柊葉月から連絡を受けたタッキーは急いで私にも教えようと思っていた所に、今度は私から連絡があったと言う訳だ。
彼女は事細かく昨夜の出来事を私たちに語ってくれたんだけれど、正直言って私はその話を聞いても余り心を動かされなかった。
何故なら今は海賊よりも琴乃ちゃんの事の方が心配で、何よりもの優先事項として琴乃ちゃんを無事取り戻そうと思っていたからだ。
それで今度は私がタッキーと柊葉月に、昨日の神社の出来事から屋上の一件まで順を追って説明した。
どんな些細な事でもいいから何か手掛かりが欲しかったし、こんな話しは家族が留守の今この二人にしか話せないからだ。
話し終えた私はすがる様な思いでタッキーの言葉を待っていた。
しかし、返事は意外なところからきた。ずっと黙って私の話を聞いていた柊葉月が静かな口調で話し始めたのだ。
「……最近、この街で特殊な気配が増え始めたの。この特殊な気配って言葉では説明しにくいんだけれど、簡単に言うと人間――地球人じゃないって事で、当然本田君と鈴木さんの発する気も他の人とは違うのね。まあ、地球暮らしが長いからかだいぶ馴染んではきてるんだけど。で、その特殊な気配は最初は一つの気配だったわ。その気配はこう……なんて言うの、まるで彷徨っているみたいに街の至る所で感じていたの。でも最初は余り気にしない様にしてた。だって本田君と知り合ってから地球にはもう宇宙人が何人も住んでいるって知ってたから。でもすぐに気配は二つ増えて、更にまた増えて今じゃ正確な数はわからないけど、ざっと数えても百以上は感じるのよ……」
「――百以上だって!」
タッキーは思わず大声を上げる。そして慌ててすぐに声を落として、
「そんな馬鹿なことがあるか! 百人以上もの大量の異星人がそんな短期間に一度に地球に来ているのなら、僕にも何らかの情報が入っている筈だ。でもそんな情報どこからも聞いていないぞ」
「でもほんとうに感じるの。そして全てこの一週間ちかくの間の出来事よ。しかもそれに呼応するかの様に女性ばかりの失踪事件が頻発してる…… それで私は街の至る所に霊的な特殊な罠を仕掛けておいたら、その内の一つに何者かが引っ掛かっていた。――それが昨日の神社の事よ」
「あ……」
その話を聞いていて私には思いあたる節があった。
「そう言えば私もさっき屋上で感じた。姿は見えないんだけれど、何人もの人間に周りを囲まれている様な…… そいつらは琴乃ちゃんの中に居る奴の仲間だよ。私を琴乃ちゃんに近付けさせない様にしていたもん」
「そう、私が最初に感じた気配はその――琴乃ちゃんの中に居る事は間違いないの。神社で見た時にはっきりと感じたから。そして後から増えた二つの内の一つは、昨夜のトカゲ人間……」
「そうだ、そう言えば琴乃ちゃんの中に居る奴は海賊を探しているって言ってたんだ!」
私は興奮が押さえきれず、自然と語気が強まっていく。
「しかもそいつは百人以上の仲間を引き連れているんだ! と言う事は……どういう事タッキー?」
私は頭が混乱してきて、タッキーに助け船を求めた。
「……二人の海賊。海賊を捜すお玉の友達の中に居る誰か。その仲間らしい百人近い集団。女性ばかりの失踪事件……なるほど、こいつら全て一本の線上に居るって事か。しかし結局それだけで、まだなにもわかっちゃいないんだ。ただ何かが起ころうとしている。いや、もう起きているんだ。海賊と謎の集団がこの地球で――この街で静かに動き出している……目的は何だ? しかもその百人近い団体で行動している奴らは一体何者なんだ? 間違ってもハンターじゃないって事は確かだ。そんな団体行動のハンターなんか聞いた事ないしな。ハンターでは無いのに海賊を追いかけていて、しかも辺境の外宇宙で大人数で行動する集団と言う事は……」
私は思わずテーブルに身を乗り出して、次の言葉を待った。
タッキーの眉間に皺が寄って珍しく精悍な顔つきになる。その瞳にとまどいの色が一瞬浮かび上がる。
「――軍隊か。いや、もしくはそれに近い訓練されて統率の取れた集団…… まさかそんな連中がこんな辺境にまで……?」
タッキーは自分の言葉に首を横に振って腕組みをして黙り込んでしまう。そして思い立った様に立上がり、
「よし。僕は本部に連絡を入れて調べてみるよ。正規軍の特殊部隊だと尻尾は掴めないだろうけど、民間の軍事組織辺りならば何かわかるかもしれない。もしそうならば連邦規約の重大違反で連邦警察どころか正規軍が乗り出してくるようなどでかい事案だ。こりゃ忙しくなるぞ……っ!」
と、足早に店を出て行く。そして一度外に出てから慌てて戻ってくると、
「取りあえず君たち二人は出来る限り一緒に行動してくれ。二人とも一度は相手と接触しているんだからな。念には念を入れた方がもしもの時安全だから」
タッキーはそう言うと、私の反論に耳も貸さず店を出て行ってしまう。
「もう、なに勝手に決めてるのよ……」
と、私は溜め息をついて横に居る柊葉月にちらりと目をやる。すると彼女も同じ様にタッキーの後ろ姿に何か言いたそうな顔をしていて、私たちは目が合うとお互い気まずい顔で黙り込んだ。
私はウインドウの向こうの街並に目を向けた。いつもの見慣れた景色の筈なのにどこか暗く沈んで見え、私の胸は不安でざわついていた――