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レポート6

 次の日の朝、私はいつもより早い時間に登校して、眠い目をこすりながら琴乃ちゃんの登校を心待ちにしていた。

 だけど琴乃ちゃんはHRの時間になっても、一時限の授業がはじまっても姿を見せず、変わりに休憩時間になると早瀬由華里が珍しく話し掛けてきた。


「今日って琴乃休みだよね。なんか聞いてる?」


「ううん……。何も聞いてないんだ」


 と、私は精一杯の作り笑顔を浮かべる。


「大丈夫かなあ、昨日の夜、神社に行ったんでしょ?」


「え? そ、そうだけどなんで?」


 思わずドキリとする。昨夜の琴乃ちゃんの別人の様な表情が脳裏を掠めた。


「ほら、最近この辺りに黒コートの変質者が出没するって話したじゃない。もしかして襲われたなんて事……」


「それは絶対ないから大丈夫。そんな変質者なんて琴乃ちゃんならラリアット一発で撃退しちゃうから。それに昨日は少し寒気がするって言ってたからたぶん風邪でもひいたんだと思うよ」


 私はこれ以上詮索されたくなくて会話を打ち切ろうと、次の授業の準備をするふりで教科書を鞄から出そうとした。するとコツンという音ともに早瀬由華里の足下に、昨夜のこけし人形が転がった。


 その場の空気が一瞬で絶対零度で凍りつく。


「そ、そうだ、今のうちにトイレに行かなきゃ……」


 私が慌ててこけし人形を拾った時には既に遅く、早瀬由華里は頬がひくひくとひきっつた顔で、こけし人形など見なかった素振りで足早に立ち去ってしまう。


「そりゃ、引くよね。こんなのが鞄から出てきたら……」


 私はこけし人形をまじまじと見つめながら、昨夜会った丁度このこけし人形そっくりの髪形の女の子の事を考えていた。


 あの子の着ていた制服って確か隣街の桜吹雪女子高のものだ。

 何故あそこに居たんだろう? 

 偶然? あの子の言っていた罠って何の事?


「……この子がまた会わせてくれる訳? なにそれ? あー訳わかんない!」


 私は悶々とした思いで二時限の授業も上の空のままで過ごしていた。

 そして二時限が終わっても、琴乃ちゃんは登校して来ない。

 ついに私は居ても立ってもいられなくなり、早退して琴乃ちゃんの自宅へ行ってみようと決意して立ち上がる。


 すると教室の後ろの側の出口にふらりと琴乃ちゃんの姿が現われたかと思うと、真っ直ぐに窓際の私の席まで歩いて来る姿が視界に飛び込んできた。途中でクラスメートに声を掛けられて返事をする姿は、昨夜の異変など微塵も感じさせないいつもと変わらない笑顔だった。


 しかし私は全身に冷水を浴びせられた気分だった。昨夜感じた直感がたった今、確信へと変わったのだ。


 ファイティングポーズを構えようとした私を、琴乃ちゃんが片手で制して、


「――静かなところで話がしたい。いいか?」


 と、そいつは琴乃ちゃんの顔と声で、私を値踏みする様な視線で言った。



 私と琴乃ちゃんは既に授業が始まって誰も居なくなった屋上までやって来ると、少し距離を置いて向かい合った。


 振り向いた瞬間、琴乃ちゃんは一気に間合いを詰めて、左ストレートを放ってくる。

 私は上体を右に逸らして、間一髪拳を避ける。


「ち、ちょっと――!」


 私は予想外の行動に困惑していた。


 しかし琴乃ちゃんの姿をした何者かは、その隙をつく様に体を反転させて裏拳を打ち込んでくる。

 それを私は両手でブロックするだけで精一杯だった。手加減のない、渾身の一撃。敵意と悪意に満ちた力が、筋肉を貫き骨を走り抜けて心に突き刺さる。そして何よりも琴乃ちゃんの冷たい視線に戦慄を覚えた。


 脳裏に浮かぶ一切の疑問に答えを見つける間もなく、透かさず飛んで来た左膝を辛うじてブロックするも、私の体は衝撃で後方へと弾き飛ばされていた。

 四つん這いになった私の頭部目掛けて彼女の右足の爪先が襲いかかり、バッグスウェーで避けた私の顎を靴底が掠めていく。

 冷や汗が背中を伝わり、ヒリヒリとした顎の痛みに私はキレていた。


「もうあったまきた!」


 私は、空振りして宙に浮き上がった相手の右足をそのまま掬い上げるにして立ち上がる。

 絶好の反撃のチャンス。

 にもかかわらず、琴乃ちゃんと目が会って私の体は一瞬動きが止まっていた。

 その刺す様な冷たい視線が琴乃ちゃんのものじゃないってわかってたから――


 一瞬の躊躇が生んだ隙に琴乃ちゃんの体が、私に掴まれている右足に体重を乗せて浮かび上がる。


 しまった――!


 しかし時すでに遅く、相手の左足が跳躍と同時に私の胸元へ蹴り込まれた後だった。

 蹴られる瞬間に自ら後方へ飛んで辛うじて衝撃を和らげたものの、私の体は勢いよくコンクリートの床を転がっていた。


「くっ!」


 立ち上がろうとして胸の痛みに思わず跪いた私を、琴乃ちゃんは冷たく見下ろしていた。


「――やはりこの星の人間ではなかったか」


「え?」


 私は慌てて頭に手をやると、いつの間にかカチューシャが外れて猫耳が露になっていた。

 

「……あなた一体何者なの? 何故琴乃ちゃんの体に居るの!」


「ふん、私の事はどうでもいい。今はお前の正体を見極める事の方が先だ。――答えろ。何故この星に居る?」


 私はその威圧的な態度に頭に来て、琴乃ちゃんに飛び掛かろうとした。

 しかし得体の知れない気配を感じて全身が総毛立っていた。突き刺す様な威圧感が周囲のあちこちから沸き起こり、蛇の様に全身に絡み付いてくる。


 しかし周りを見渡してもどこにもその正体は見えず、見慣れた屋上の風景があるだけだ。

 もしかしたら相手が光学ステルスを使用している可能性もあったが、それならばティアドロップ現象という、使用者の輪郭の部分の風景だけが滲んで見える箇所がどこかに見える筈だったがそれが見あたらない。


 光学ステルスがその効果を発揮するのは夜間で、日中の炎天下は最も使用に向かない時間帯で注意深く見渡せば子供でも判別がつく――と言うのが世間一般での評価だ。

 特に私はレオパルドとの訓練で光学ステルスの判別には――判別だけは自身があった。


 なのに周囲にそれらしき形跡が見あたらない。

 もしかして最新型はそこまで性能が向上しているのだろうか……?

 レオパルドのステルス機能だってハンター専用のショッピングサイトで買っただけあって、当時でもトップクラスの性能を誇っていて連邦の正規軍が使用するものと性能は大差ないという評価だったのに……


 さらに私を悩ませたのは気配だ。

 周囲を取り囲んでいる気配はどう数えても10……20……それ以上だ!

 数が多すぎて気配が混ざり合っていて正確な数がわからない。

 そんな大人数がこんな炎天下で光学ステルスを使用していて、その形跡を一つも発見できない?


 実績のない単なる耳年増の私でも断言できる。

 そんなことありえない。

 光学ステルスがそこまで性能が向上したニュースなんて聞いた覚えがない。

 20人以上の大人数が姿を見せずに、こんな見晴らしのいい屋上で私を取り囲んでいるなんてありえるわけがないし、そのからくりがわからない。


 琴乃ちゃんを支配する何者かは、そんな動揺している私を見て勝ち誇った様に笑顔を浮かべている。


「――ようやく自分の置かれている状況を把握したようだな。いいか、これは質問ではない。命令だ。答えろ。何故貴様はこの星に居る?」


「……私の名は玉子・バルフォン。両親はカンナニラ銀河連邦のハンターで父はルーケンス、母はパミラって名よ。仕事の都合で地球にはもう十数年前から住んでるわ」


「ハンター? 流れ星ハンターか!」


 そう言って琴乃ちゃんは高らかに笑う。


「ち、ちょっと何がおかしいってのよ!」


 私は完全に頭にきていた。琴乃ちゃんの体を奪ったうえに、家族まで馬鹿にされたみたいで腹わたは完全に煮えくり返っていた。でも、怒りにまかせて一歩でも踏み出すと同時に、周囲に蠢く威圧感がかま首をもたげる様に強まって威嚇してくるので、私は地団駄を踏むしかできなかった。


「これは悪かった。別にハンターと言う職業を馬鹿にした訳ではない、そうカリカリするな。私はいま訳あって海賊を追っているのでな。昨夜のお前の登場の仕方が到底この星の人間とは思えなかったもので、もしやと思い正体を探りに来ただけだ。それが海賊ではなくハンターだったとは。しかもハンターの中でも名高い流れ星ハンターの血筋の者に出会うとは皮肉なものと思ってな」


「もしかしてその海賊ってベニラ団のクレトとピックパークの事……?」


「ほお、さすがに情報が早いな。もしなにか詳しい事を知っていれば教えてはくれないか?」


「ごめん……。私も余り知らないんだ。――それより何故二人を追っているの? もしかしてあなたもハンターなの?」


「……理由は言えぬ。もう用は済んだ。手間を取らせて済まなかった。どうか気を悪くしないでくれ」


 そう言って琴乃ちゃんの姿を借りた何者かは立ち去ろうとしたので、慌てて後を追いかけて引き止めた。


「ち、ちょっと待って。どこ行くのよ?」


「――まさか海賊を探しに行くのに一々貴様の許しが必要なわけあるまい?」


「そうじゃない。その体は琴乃ちゃんの体なのよ。琴乃ちゃんは私の大事な友達なの! なのにどんな危険な目に合うか分からないのに、このまま黙って行かせる訳にはいかないわ!」


「――では、どうする? もう一戦交えてみるか? 今度は手加減なしで相手をしてやってもいいぞ……」


 琴乃ちゃんの瞳の奥に底知れない闇が広がって、全ての光が呑み込まれていくようだ。と、同時に周囲に得体の知れない威圧感が一際強まって、じりじりと包囲網を狭めてくる。

 高まる重圧と緊張感に、私の背中をひやりとした冷や汗が流れていく。


「……あ、私も一緒に行くわ。琴乃ちゃんは私が守ってみせる」


 すると琴乃ちゃんは高らかに笑い声をあげて、


「――お前にいったい何が出来ると言うのだ? 両親がハンターでもお前はただの素人。そんな事くらい動きを見ればすぐにわかる事だ。――違うか? そんな素人を連れて行った所でなんのメリットがある? 足手まといになるだけで私が危険になるだけだ。――そう心配するな。用が済んだらこの友達の体はきちんと解放してやる」


 琴乃ちゃんを支配する何者かはそう言い残して、扉の向こうに姿を消す。と、同時に周囲の威圧感もまるで潮が引く様に弱まっていく。

 私は張り詰めた空気から解放されて、深く長い安堵の息を吐いて額の汗を拭った。


「琴乃ちゃん、ごめん……」


 まだ微かに震えている指先を見て、私は唇を噛み締めてただ立ち尽くしていた――

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