レポート42
ディッツの繰り出す衝撃波の連続攻撃が止むと、ようやく私は死のダンスから解放されて一息つくことが出来た。
肩でぜえぜえと息をしながら、素早く全身をチェックする。
関節、筋肉、骨格……特に異常はない。
衝撃波を食らって何度も宙を舞ったおかげで体のあちこちが痛かったが、運動能力に重大な支障を来すというほどでもなかった。
しかし私の身体は一体どうしてしまったと言うのか。
先ほどまで全身を支配していたあふれ出す力と全能感はまるで潮が引くように消え去ってしまい、身体の中が空っぽになってしまったみたいだ。
それでも私はその事について思いを巡らせている場合ではなかった。
少し離れた所に立っているディッツが、今まさにピックパークからあの肉玉を受け取って飲み込んだところだったからだ。
しかも一つだけではない。ピックパークが立て続けに吐き出した七つの肉玉を両手に持って、次々と胃袋に無理やり押し込むようにして噛り付いている。
「玉ちゃん、大丈夫かい!?」
振り返ると、いつの間にかタッキーが立っていた。肩には小人の司令官を乗せている。そしてその後ろには葉月と琴乃ちゃんもいる。葉月は右足を挫いて歩けないらしく、琴乃ちゃんの肩を借りている。よく見ればタッキーもどこかケガをしているのか顔色が悪い。
全員が満身創痍でこの状況。最悪だ。
「あ、姉貴は……?」
「毒を抜くために蟲たちに血を吸わせたからね。今は校舎の陰で眠っている……」
それを聞いて私は不安が増すと同時にどこかでホッとしていた。
「そうね、そうこなくちゃ……! これは私の仕事。あの姉貴が私のことを鈴木家の新人ハンターって言ってくれたんだから……!」
「しかし……!」
タッキーが何か言おうとしたが無言になった。タッキーだけではない。いまここに居る全員が目の前の光景に絶句していた。
合計八個の肉玉を一気に貪ったディッツの肉体が見る見るうちに変化しはじめたからだ。
ディッツはまるでジャンキーのように焦点の定まらない目つきで空に向かって両手を広げていて、その体がビクンビクンと大きく痙攣している。
そして皮膚の下には無数の大蛇が潜り込んだみたいに、全身の筋肉がボコボコと波打っていた。乾燥した大木が割れる様な耳障りな音が校庭に響き渡る。それは骨格の軋む音だ。
信じられない事にディッツの140センチ足らずの身長は、その音と共に二回り以上大きくなっていた。
WOOOOONNNN!と、発情期に入った盛りのついた獣の様な声でディッツが鳴いた。
今や私たちの目の前にいる者は、文字通り筋肉の獣と化していた。全身の筋肉がパンパンに膨れ上がり、私の手首ほどはあるかと思われる太い血管が波打っている。
見開かれた両目は緑色に充血していて、体内に溢れる圧力に押し出される様に半分程飛び出している。そしてその不気味な双眸が私を真正面から見ていた。
「へへへ……、奥の手は最後まで取っとくもんだ、お嬢ちゃん。そして奥の手はこの肉玉じゃねえ。流星ハンターのいる辺境でこそこいつの真価は発揮されるってもんだ!」
そう叫ぶと、ディッツは隠し持っていた円筒状の物体を自分の首筋へ力一杯押し付けた。それは注射器の役割があるようで、透明の円筒の中に見える黄色い液体が一気にディッツの体へと注がれていく。
「ま、まさかヘルタースケルターか!」
隣のタッキーが驚きの声を上げる。
「な、なに? タッキー知ってるの、そのヘルターなんちゃらって……?」
「―― ヘルタースケルター(らせん状の滑り台) ここ最近海賊たちの間で出回りはじめた対ハンター用の遺伝子組み換えドラッグだよ。こいつの最悪の特徴はプログラミングされた特性に合わせて肉体を強制的に変質させてしまうってところで、別名ハンター殺しとも呼ばれているイカれたブツなんだ。実際、本部からの情報では既に流星ハンタークラスのハンターが何人か、このドラッグ使用者の手によって殺害された報告が入っている。それがまさかついに地球でも見かけることになるとは……!」
そのなんだか恐ろしい説明とタッキーの狼狽振りだけで私は十分に不安のどん底に突き落とされていたが、目の前の筋肉の怪物と化していたディッツの肉体が、まるで風船のようにみるみるうちに巨大化していくのを見た時には地獄の底へ叩き落された気分だった。
「……ちょっとこれはさすがにヤバいでしょ!? あんたこんなのとどうやって戦うつもりなのよ!?」
「お、お玉カメハメ波とか出せないの!? 宇宙人なんでしょ!」
10メートル……15メートル……20メートル……と瞬く間に巨大化していくディッツを見上げながら、葉月と琴乃ちゃんはパニックになっていた。
「そ、そ、そ……」
私の唇は震えて言葉が上手く言えなかった。
ディッツは既に全長50メートルはあるかと思われる巨人になっていた。
そしてビル一棟くらいの太さと大きさはある右腕が振り上げられたのを確認した時、
「それどころじゃない! 早く逃げてええええええええええええ!」
と、私は絶叫していた。
直後、まるで隕石が衝突でもしたような衝撃に地面が激しく揺れた。




