表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/47

レポート41

 私は溢れる力に酔いしれていた。

 今や全ての動きと力でディッツを上回っていた。

 胸の辺りから常に力が漲って、まるで沸騰寸前の血液が体中を走り回っているみたいだった。指先から髪の毛一本一本にまで力が伝達している事がわかる。


 今までいつ爆発するかわからない不発弾を抱えていたのと比べると、全ての枷が外れた様に体が軽く天井を突き抜けた様な爽快感があった。

 怒りに全身を震わせて、ディッツがパンチを闇雲に振り回してくる。


 しかし私はわざとぎりぎりまで待って片手で対応を試みる。神経を集中するとすべての動きがスローモーションで見えて、左手一本で蠅を叩き落とす様にディッツの拳を払いのけた。

 愕然とした顔を浮かべているディッツとは対象的に、私はたぶん自分のこの能力が頼もしくて口許が緩んでいたかもしれない。


「はぁっ!!」


 右掌底を放つ。右腕はいともたやすくディッツの胸元に吸い込まれていき、厚い胸板を打ち抜いていた。

 ディッツがヒキガエルの様な悲鳴を上げて、グラウンドの隅まで弾き飛ばされて勢いよく地面の上を転がっていく。


 そして飛び起きると同時に狂った様に叫んで、沸き上がる怒りを地面に叩き付け始めた。まるでおもちゃを買ってもらえず、デパートで駄々をこねる子供の様だった。


 拳で地面を乱打する毎に幾つもの衝撃派が地中を稲妻の様に走り、大地を引き裂きながら向ってくる。

 まるで何匹もの大蛇が牙を剥いて襲いかかってくる様だった。


 しかし私落ち着いてその間を縫う様に駆け抜ける。まるで重力が無くなったみたいに、体は意のまま、いやそれ以上の軽さを見せた。足首一つの力具合で、三メートルの高さはある土砂の壁も飛び越える事が出来た。


 今の私は五線譜の上を自由に飛び回る音符だった。体の奥底から沸き起こる高揚としたリズムに乗って、凄腕のトップガンが操る戦闘機の様に敵の防衛網を突破していく。


 すると衝撃波の間隔が短くなり狂った様に大地を引き裂き始めた。

 焦ったディッツが乱れ打ちをしているのだ。

 しかし私は込み上げてくる楽しさと高揚感に口許は緩み放しで、赤ん坊とする詰め将棋の様に着々とディッツに接近していた。


 そしてディッツまであと数歩と迫った時、身体の中に鳴り響いていたリズムが突然不協和音を立てた。

 私は五線譜の上から滑り落ちて、ただ立ち尽くしていた。ディッツのすぐ目の前で……


 今まで存在を忘れていた周囲の空気が、まるでコールタールの様に粘度の高いものへと変わり体に纏わりついたみたいだった。重力が鋼鉄の重しの様に全身へのし掛かってくる。

 私の体にあれほど漲っていた力が空気中に溶けだしてしまったみたいに、全身を空ろ感が覆っていく。ふと伸ばした指先が触れる猫耳は、いつもの様にぺしゃんこに潰れていた。


「一体、なんなの……!?」


 私の体は動かなかった。見えない鎖が全身に絡みついている。そしてその鎖は地中深くに根を張っているみたいに、私の動きを封じ込めていた。

 目の前を衝撃波が地面を掻きむしりながら近付いてくるのが見えた。

 私の体は鈍い衝撃と共に宙高く舞い上がった。




 葉月はずっと違和感を感じていた。

 復活した玉子から溢れる気は確かに物凄い量で力強さに満ち溢れていたが、それがかえって葉月の不安を呷り、玉子の尋常とは思えない動きを見ても、まるでガラス細工の人形を空高くに放り投げて壊れずに受け止める事が出来るのかどうかを競う、危険な度胸比べをしている様にしか見えなかった。


 気とは簡単に言えば生命力だ。その生命力は肉体の力と魂の力に分けられる。そのどちかが強くても、もう一方が弱ければ必ず支障が出てくる。

 水道の蛇口から溢れ出る水を魂の力に例えるならば、今の玉子は紙風船で出来た体でその水を受け止めている様な物だ。水は和紙に染み込んで、やがて大きな穴を穿つだろう。


 もしくは軽自動車にチューンアップしたV8エンジンを無理やり押し込んでいる様なものだった。一時的には暴力的な加速は味わえるだろうが、走れば走る程にブレキーやサスペンション、タイヤに負担を掛けて、ボディのフレームはその力に耐え切れず常に嫌な軋み音を発して、最後はスクラップになる運命が待ち構えている。


 今の玉子がまさにその状態だった。

 玉子に一体どんな現象が働いて、奪われた心臓の変わりに新たな心臓を得たのかは理解できなかったが、いま玉子の胸に収まっているのは凶暴なパワーを持つV8エンジンそのものだ。


 葉月はその事が気に掛かり、琴乃が蝶々たちの方へ何か手伝いに言っても、一人残って玉子を見守り続けていた。

 そしてその杞憂がついに現実のものとなった。


 玉子の動きが突然立ち止まり、ディッツの拳が放つ衝撃波に捕まったのだ。玉子の体は爆風に呷られた様に吹き飛び、地面に激しく叩き付けらていた。

 巨大な鞭が打ち付けられた様な衝撃派が、ここぞとはかりに倒れている玉子に次々と襲いかかった。打ち返されるピンボールの様に玉子の小さな体が何度も宙に舞った。


「玉子!」


 葉月が走りながら印を結ぶ。その声で事態の急変を知った本田と琴乃も駆け付ける。

 しかしディッツの放つ衝撃波が葉月たちにも襲いかかり、容赦なく吹き飛ばしていく。


「きゃあっ――!」


「葉月ちゃん、大丈夫?」


 強化服に身を包んだ琴乃は無事だったが、生身の葉月は足を挫いてしまい動けなかった。そこへまた容赦なく衝撃波が襲いかかってきたので、琴乃は即座に葉月を抱き抱えると校舎まで退却した。

 本田も負傷しているせいで体が思う様に動かず、衝撃波に蹂躙されている玉子を救出できないでいる。完全に玉子と分断された形になり、手も足も出せない状況だった。


「玉子、早く逃げて!」


 琴乃が青冷めた顔で悲痛な声を張り上げた。

 しかし玉子は既に意識も朦朧としている様で、殆ど反射的に起き上がっているだけにすぎない。しかも頼りない足取りで起き上がったところを、空かさず狙い済ました様に衝撃波が走り抜けて玉子を吹き飛ばしていく。


 するとディッツが肩で大きく息をしながら、勝ち誇った様に笑いだした。いつの間にか傍らにピックパークが立っていた。よく見るとその足下にトンネルの様な穴が開いている。

 どうやらピックパークはクレトが蝶々たちの注意を引きつけている間に、両手の太くて鋭い爪を駆使して地下へと逃げのびていたようだ。

 しかもその両手の上には肉玉があり、ディッツに献上するように差し出されている。


「ヒハー! これで勝負は決まったぜ! おめえら今から全員まとめてなぶり殺してやるからな、待ってろよ!」


 ディッツが吼えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ