レポート40
玉子の活躍を一通り見ていた蝶々は安心した様に微笑を一瞬だけ浮かべると、巨大少女への元へと向った。
小人たちのワイヤー作戦が功を奏して、いま女王の体は何重にも巻き付けられたワイヤーによって身動きを封じられていた。
「問題はこちらの方ね。まさか変則単細胞生命体のイモヒ族が絡んでいたとは。少々やっかいね……」
「はん、何を言いやがる。珍しさでは蟲使いのあんたの方が一枚も二枚も上手だろ。呪われた種族と言われるあんたが居なければ、この計画はとっくに成功してた筈なのに。あんたに出会ったのが運命の尽きだったのさ……」
「そう言ってもらえて光栄だわ。で、おとなしく女王の体から出て来る気はあるの?」
「蟲使いでも冗談は言うんだな。こうなったら俺が小人たちの女王になってやってもいいんだぜ。そしてこの体で小人たちの前で毎晩ヤりまくってやる。最高だろ!」
クレトは女王の美しい顔を利用して下品な言葉をこれでもかと蝶々に浴びせかける。
蝶々は照れるでも嫌悪感を表す訳でもなく、ただ瞳を閉じて無表情にその言葉を聞いていた。
正直言って体内のクレトをどうやって外に出すか、考えあぐねていたのだ。
そこへ手の平にウェザーニを乗せた本田がやって来た。足元が覚束ない歩き方をしていて体のどこかを怪我をしているのがわかった。顔色も少し血の気がなく悪い。
「本田君、上出来よ。ご苦労様」
蝶々が礼儀として優しい声をかけると、本田はひまわりが咲いたように人なつこい笑顔を浮かべた。
「い、いやあ、これくらい全然大した事なかったよ。それに玉ちゃんがあんなめ目にあったのを見て我を忘れてしまったというか…… でもこれなら今後も蝶々さんの仕事の手伝いが出来そうだな。なんてね――」
しかし、蝶々はそのから元気の冗談を思い切り無視して、ウェザーニに話しかけたので、本田の顔色が一層悪くなった。
「司令官、正直打つ手がないわ。多少手洗い真似を許してくれるならば方法が無い訳ではないけれど……」
「た、ただでさえ女王をワイヤーで縛り付けるなとど言う無礼をしておるのに、これ以上の手荒い真似など言語道断! 他に何か方法がある筈だ! 最悪の場合、このまま極秘にカンナニラへ戻って、我々の研究機関で何とかするしかあるまい。多少時間はかかってしまうが、女王様にはもうしばらく辛抱してもらうしか……」
青い顔の本田の手の平の上で、ウェザーニが顔を真っ赤にして怒鳴る様はどこか滑稽だった。
「ひひっ、蟲使い、やれるものならやってみな! おれは一向にかまわないんだぜ。早くしないとこのワイヤーを切って、小人たちの前で素敵なショータイムを始めちまうぞ!」
クレトが相変わらず品の無い言葉で挑発をしてくるので、ウェザーニの顔が怒りで一層赤くなった。すると、
「あの、多分私なら出来る様な気がするんですけど……」
と蝶々たちの話しを少し離れた所で聞いていた琴乃が会話に割り込んでくる。
「お主がか? 一体どうやって!?」
「ほら私、女王に体を乗っ取られていたでしょ、その時の経験でいま思い付いたんだけど、要はその体に居るメリットを無くせばいいのよ。うーん、上手く説明出来ないから実演してみるね」
琴乃は一歩前へ出て女王を見上げる。女王の口許がいやらしく歪んだ。
「なんだ? 今度は可愛らしいお嬢さんの出番かよ! どうせなら次はお前に乗り移って好き放題にコントロールしてやろうか? 操られてやるアレの快感は言葉じゃ言い表せなくて病み付きになるぜ、イヒヒ」
「ま、待て、危険な事だったら承知はせんぞ!」
ウェザーニがそう言いかけている途中で、琴乃は人差し指のリングを外すと、おもむろに女王を目掛けて投げ付けた。リングは綺麗な弧を描いて、下品な言葉を連発していた女王の口に吸い込まれていく。
「お、お主、重陽子爆弾だぞ、それを女王の体の中に!? ああ、なんて事を……!」
本田の手の上でウェザーニが泡を吹きながら白目を剥いて卒倒する。
「――ふ、ふざけやがって!」
女王の口が大きく開いたかと思うと、無色透明の大量の液体が吐きだされる。いや、飛び出したと言うべきか。
液体は地面で球状を保ち表面を震わせながら、次々と細胞分裂を繰り返して巨大化していく。
「上出来よ。あとは私にまかせて!」
蝶々はクレトの本体とともに体から飛び出してきた重陽子爆弾のリングを掴むと、一歩前に躍り出た。
クレトの体は分裂細胞を繰り返して瞬く間に全長十メートルに迫っていた。しかも巨大アメーバーの表面は絶え間なく小刻みに揺れていて、細胞分裂を繰り返して更に巨大化しようとしている。
水面に浮かぶ気泡の様にアメーバーの表面が弾けると、その下から新たなアメーバーが飛び出して、見る見るうちに大きくなっていく。
その表面に一筋の線が浮かんだかと思うと、それは巨大な口へと変貌して勝ち誇った様ないやらしい笑みを浮かべた。
「こうなったら蟲使い、お前を丸ごと飲み込んでやるよ!」
巨大な口がグアッと更に大きく広げられる。直径で軽く5メートルは超えた巨大な口が、蝶々にむかって突進する。
「連邦の領域外に逃げた賞金首はデッド・オア・アライブ(生死問わず)。この星で私に出会ったことを地獄で後悔しなさい!」
そして、
「悪夢を見たくなかったら目を閉じてろ!」
と蝶々は背後に向って叫んだ。
琴乃と葉月はそう言われて思わず目を閉じた。本田も目をつぶる。マナーとしてそうした方が良いと思ったからだ。
蝶々は赤いコートを脱ぎ捨てると全裸になった。
その白く華奢な身体にある大小様々の無数の裂傷が戦慄くように一斉に開くと、傷の一つ一つから黒い塊が吐きだされた。
数千にのぼる蟲の大群が地鳴りの様な羽音と鼓膜に突き刺さる様な悲鳴のような鳴き声を発しながら、クレトへ向かって飛んでいく。
無数の羽音が空気を揺らす為にあたり一面の大地が微振動を伴っていた。
瞳を閉じていた琴乃は、皮膚を突き刺す空気の振動に、まるで巨大な太鼓の中にでも放り込まれた様に感じていた。今なにが起きているのか。知りたかったが勇気が無くて、瞳を更に堅く閉じるだけだった。
蟲たちの頭部の半分を占める大きな口には鋭い牙が見えて、球状のアメーバの表面に張り付くと一斉に食らいついた。
クレトの球状の体が黒一色に染まり、その下から聞こえる絶叫が空気を震わせた。
そして黒色の球体が蟲たちの捕食の進行に合わせて見る見るうちに小さくなっていく。しかしクレトも負けじと細胞分裂を繰り返して更なる巨大化を試みていた。黒色の壁に隙間が出来て球体の表面が時折顔を見せるが、蝶々の体にある無数の傷が延々と蟲を吐きだしているので、新たな蟲の集団がその隙間を埋めるように群がっていく。
捕食と細胞分裂のバランスは最初の内は均衡していたが、クレトの悲鳴が聞こえなくなって辺りが静まり返った時、一気に黒色の球体が縮小して無数の黒い塵となって散らばった。
そこにはすでにクレトの体は無く、蟲たちの羽音が無情に響き渡るだけであった。
黒い霧が空中で幾つもの筋に分かれて、蝶々の体の傷へと戻っていく。まるで蝶々が黒い羽衣を身に纏い、それが風になびいている様で幻想的な光景だった。
そして蟲たちが全て体内へと消え去ると同時に、蝶々はその場で仰向けになって倒れた。
周囲の静けさにそっと目を開けた本田が、倒れている蝶々に気付いて慌てて駆け寄って傍らに落ちていたコートを架けた。
「大丈夫かい? まさかどこかやられた訳じゃ……」
「さすがに血を吸わせ過ぎたみたい。ちょっと疲れただけよ。少しだけ眠るから、玉子の事を頼むわ……」
そう告げると、蝶々はスイッチが切れたみたいに眠りについた。




