レポート39
葉月は、いま目の前で一体何が起きているのか理解出来ないでいた。
ただ今まで玉子の体から消え去っていた気が、突然燃え盛る炎の様に溢れだしたかと思うと、玉子の体がゆっくりと起き上がったのだ。明らかに自分の意思と力で、大地を踏み締める様に立っている。
「お玉……」
隣りの琴乃が声を詰まらせている。葉月もこの現象は理解出来なくても、目の前の事実に体が震える程の感動を覚えていた。
「ほ、ほんとに玉子なの……!?」
葉月は思わずそう口走っていた。何故ならばいま玉子から溢れ出している気は、今まで葉月が感じていた気とは異質のものだったからだ。
これまでの気が丸太を荒削りしただけの輪郭のぼやけた彫り物とするなら、いま玉子から溢れる気はより洗練されて輪郭がくっきりと鮮明に描かれた彫刻の様だった。
魂の萎縮から解き放たれ、体内で絶えず爆発が起きているみたいに肉体から気が溢れだしている。
「玉子の耳が立ってる!」
琴乃に言われて、葉月もそれに気付いた。今まで潰れていた猫耳がぴんと空に向って伸びている。しかもそれだけでは無くディッツに開けられた筈の胸の傷もいつの間にか塞がっていた。
玉子自信も不思議そうに自分の胸に手を当てている。
そして全てを理解した様に感謝と決意の表情を浮かべて頷くと一気に走りだして、まるで意思を持った弾丸の様に風を切り裂いていく。それは常人ばなれしたスピードだった。例え玉子が宇宙人だったとしても。
玉子は生まれ変わったのだ。
葉月は頭の片隅で漠然と理解した。
蝶々が不敵な笑みを浮かべてディッツに尋ねた。
「ところであなたがその手に持っているものはなに?」
「へへっ、見てわかんねえのか? オメーの可愛い妹の心臓だよ……」
嫌みたぷっりの顔で左手を差し出すディッツだったが、その顔が恐怖に凍りついた。今まで握っていた玉子の心臓が、いつの間にかただの砂の塊と化していて指の間からこぼれ落ちていたからだ。
「――な、なんだ!?」
「紹介するわ、鈴木家の新人ハンターよ。あなたのお相手は彼女にお願いするわ」
蝶々の言葉が終わると同時に、その頭上を飛び越えて一つの人影が出現した。
ディッツは蝶々の体が死角となってその人影の接近に全く気が付いていなかった為、突然姿を現した人影に驚き、その人物が玉子だと知って二度驚いた。
「――ね、猫耳娘! どうしておまえが!?」
思考を整理する間もなく、玉子の左拳が飛んで来る。
それでもディッツは落ち着いて右手で払いのける。と同時に玉子の体が回転した。バッグブローだった。ディッツは上体を折り曲げて拳をかわす。
つもりだった。
しかし玉子の回転は一気に加速してまるで竜巻の様に目にもとまらぬ速さで旋回する。先ほどとは桁違いの身体のキレだった。
周囲の空気が全てその旋回に吸い込まれていく。
そして一瞬だけ発生した真空の空間を切り裂くようにして、鞭の様にしなった玉子の左腕が唸りを上げて見えた。
だがディッツに為す術はなかった。運動神経の伝達速度よりも遥かに玉子の動きの方が早かったからだ。
左頬に激痛を感じた瞬間、ディッツの体はグラウンドに激しく叩きつけられるが、それでも勢いは止まることなく四回、五回と地面の上をバウンドしながら転がってようやく体は止まった。
ディッツは立上がって即座に構えた。しかし頭を地面に激しくぶつけた為か、足元がフラフラとする。自分の身に何が起きたのか理解出来なかった。しかも先ほどまで居た地点から自分の体は50メートルばかり移動している。
何故だ!?
まさか、あの猫耳娘が……!?
ディッツは玉子の事を思い出して姿を探した。
そして気配を感じて振り返った瞬間、腹部に衝撃を受けて胃液を吐きだして、体をくの字に折り曲げて膝から崩れた。
顔を上げると、玉子がニッと笑って見下ろしている。
「まだまだこれからだよ。あんたには一度殺された借りがあるんだからね!」
そう言い放つ玉子の猫耳が、自信満々にそり立っていた。




