レポート3
私の家は街外れの丘陵地帯にある。
住宅地の近くのまだ開発が進んでいない小高い山の上に、一軒だけぽつんと建っている白い洋館がそうだった。
十数年前に両親が地球での拠点を日本に決めた時に建てたものだ。ちなみに家の地下――つまりは山の内部――は宇宙船のドッグと各種武器弾薬の倉庫になっていて、幼い頃はテレビで見る正義の味方の秘密基地みたいなこの家が自慢だったけれど、この胸躍る事実を誰にも自慢できない事でいつも悔しい思いをしていた。
もっとも話したところで誰にも信じてもらえなかっただろうけど。
自宅から高校までは15キロ離れていて、その道程を私は毎日自転車で通学していた。バスを利用すればもっと楽が出来るんだけれども、少しでも基礎体力の向上に繋がればと思い自転車通学をしているのだ。
琴乃ちゃんとは家の方向が反対なので、校門を出たところで今夜の約束をして別れると、私は自宅に向かってペダルを漕ぎ始めた。国道に沿った歩道を心地好い風を全身に受けて走っていると、見覚えのあるナンバーの白いカローラが横を通り過ぎていく。
私の胸は高鳴り、カローラの後を追いかけて思い切り自転車を漕ぐけれど、赤信号に掴まって姿は見えなくなってしまう。
けれど方角的に私の家へ向かった事は明白だ。
信号が青色に変わると、私は堰を切った様に自転車を走らせた。
そして十数分ほどして家に着くと、丁度家の前の広場に止まっていたカローラが切り返しをして走りだすところで、私の乗った自転車は急ブレーキでカローラの鼻先に止まって行く手を遮った。
フロントガラス越しに運転手の驚いた顔が見える。
私はその顔に向かって親しみを込めてダブルピースをすると、運転手は苦笑を浮かべて窓ガラスから顔を出した。
「もう少しで轢くとこだったぞ」
「大丈夫。そんなにドン臭くないから」
私は逸る心を押さえきれずに、
「仕事の依頼でしょ! 上がって。いまお茶をいれるから!」
と、自転車から飛び降りて玄関の鍵を開けた。
私の夢は幼いころからずっとハンターになる事だった。
ハンター――
それはカンナニラ銀河連邦政府が凶悪犯罪者に対して懸けた懸賞金を目当てに、犯罪者の捜索から身柄確保までを行い連邦警察に引き渡す職業。
ようは賞金稼ぎの事。
懸賞金の相場は日本円にして約一千万から百億円、時にはそれ以上と範囲は広く、当然金額が高ければ高い程相手は凶悪凶暴になり危険となってくる。
あくまで犯罪者を法廷に引き摺り出して司法の手によって裁く事を最終目標としているので、ほとんどの場合が生きたままの引き渡しが条件となっている。
しかし度重なる犯罪歴のある者や脱獄犯、連邦の星域外へ逃亡した者に対しては、例外なく生死問わずだ。
人権派の弁護士や市民団体はその事は勿論、懸賞金制度自体にまで反対しているらしいけれど、広大な連邦の星域内に潜伏する犯罪者を探し出すだけでも既に連邦警察は手一杯の状況に陥っていて、星域外にまで逃げ出した犯罪者にまで手がまわらないのが実情だ。
そして地球の様に連邦に属さない星に定住して、逃げて来る凶悪犯を捕まえるハンターは俗に辺境ハンターと呼ばれていた。もしくは銀河を股にかけて逃げ回る犯罪者を流れ星に例え、流星ハンターと呼ぶ者もいる。
私の両親とお爺ちゃんもこの部類に入るのだ。
そして約90%の賞金首が連邦の星域を抜け出す前に網を張っていたハンターに掴まってしまう事がほとんどで、それは逆に言うと辺境の惑星にまで逃げてくる残り10%の賞金首は凄腕の者ばかりと言う事で、辺境ハンターでやっていくと言う事はハンターとして一流の証しなのだ。
現在地球には私の家族以外にも何名かハンターがいるらしく、その他にも地球文化に魅せられてそのまま住み続けている旅行者などが居て、その数は年々増え続けているそうだ。当然の様にその中には地球人に対して危害を加える者や、逃げてきた賞金首の連中と新たな犯罪組織を形成すると言った動きが出てきた為、連邦警察は十数年前から数名の職員を地球に常駐させる事を決めていた。
主な業務は、地球に居るカンナニラ星系人の把握と居住許可証の発行などの他に、辺境ハンターとの連携による犯罪者の取り締まりがあった。
その連邦警察の地球常駐職員マロン・タキン、地球名本田拓也、通称タッキーがいつもの様に愛車カローラに乗ってやって来たのだ。
当然仕事の話の筈だった。しかも今家族は皆出払っていて、私一人しか居ない。
私の胸は軽い興奮に高鳴っていた。
タッキーを居間に通した後で、私は食堂へ小走りに駆け込んでミネラルウォーターのペットボトルとグラスを二つ持って戻ってくると、タッキーの対面に座り込んだ。
タッキーはもう何度も家に来ているので、リラックスした様子でマイルドセブンに火を点けているところだった。いつもと同じ紺色の三つ釦のスーツを着ていて、その様は商談に来たどこかのセールスマンみたいだ。それに今年で25歳になる筈だけど、まだ幼さが残る表情が実際の年齢よりも若く見せていたので、やはりとても連邦警察の刑事には見えない。
まあ刑事と言っても、実家が星間輸送業で連邦内でも指折りの大企業を営む家系で、そこの五男坊でもあるタッキーは何故か小さい時から警察官に憧れていて、コネで連邦警察に入れてもらったらしいんだけどね。
しかも両親のたっての希望で余り危険な目にあわない様にと、辺境駐在員として地球に回されたって言うのだから、生まれついてのお坊っちゃんなのだ。
辺境に逃げてくる犯罪者は凶悪で凄腕ばかりなのに、何故地球が安全なのかって?
それはタッキーは危険な仕事は全てハンターにまわしちゃって、自分は事後処理や雑務に精をだしているので、タッキーみたいな人やその家族にとっては地球はとても居心地がよく都合のいい場所なのだ。
「いやあ、両親に泣かれると弱くて」
が、タッキーの口癖だ。
まあそんな事までもあっけらかんと笑って打ち明けちゃうんだから、いい人には間違いないんだろうけど。
それでも栗色のウェーブのかかった長髪に彫りが深く日本人から見れば異国情緒に満ちた顔立ちは人気があるらしく、駅前で女子高生の一団に囲まれて鼻の下を伸ばしているところを見ると、なんかむかついてくるんだよね。脳天気というかお気楽というか。
うーん、決して悪い人じゃないんだけど……
「なんだよ? なんか変だぞ」
「私? 全然普通だよ」
タッキーの探る様な視線に、私は自分の顔が知らない間ニヤけているコトに気付いて、眉間に皺を寄せて口許を引き締めた。
危ない危ない。これでも一応刑事なんだから。
「で、仕事の話でしょ? 今日は私しか居ないから聞いておくけど?」
私は本心を悟られまいと、声色を落として落ち着いた口調で聞いた。
「え? 玉ちゃんしかいないの? そうか、そりゃ困ったな……」
タッキーの落胆振りに私は多少戸惑いながらも、畳み掛ける様に話を続けた。
「両親とお爺ちゃんは親戚の葬式でルメロ星まで行ってて、お姉ちゃんは賞金首を追いかけてモンゴルまで行ってるから。でも大丈夫。私が居るんだから。私が聞いておくよ」
「うーん……」
タッキーは腕を組んで考え込んでいる。そのリアクションが私を傷つけているとも知らず――
「いや、やっぱり僕から直接話した方がいいと思うから。うん、こっちで連絡をとってみるよ」
そう言って立ち上がるタッキーを前に、焦った私に残された手段は一つしか残されていなかった。
「ひどいよ! そんなに私って頼りないのかな? 16になって言付けも頼まれないなんて私どうすればいいの? これじゃあ皆が帰って来てから合わす顔がないよぉ、それに私と姉貴が仲が悪いの知ってるでしょ!? これじゃあまた姉貴にしばかれちゃうよっ、タッキー警察官でしょ!? いたいけな女子高生を家庭内暴力の危機に晒すなんてひどい! ひどいよ……」
私はソファの上に倒れ込んで、これでもかと言う位の大声で嘘泣きをしてやった。顔は見えなくてもタッキーの狼狽振りがひしひしと伝わってきて、思わず心の中でガッツポーズをとる。
「お蝶さんが? まさか……」
「タッキーも皆と一緒で姉貴の味方なのよね……。どうせ私はドジで愚図でノロマな猫耳女よ。天パーだし。だから家族の中で私だけがハンターになれなかった。でも好きでこんな風に生まれてきたんじゃない。家族の中で除け者にされて、タッキーにまで冷たくされたら私もう……」
「……わ、わかったから、そんなに泣かないで。いいよ、玉ちゃんから伝えてもらおうかな、せっかくだし。いい? 聞いてくれる?」
「待って。トイレ行って来る……」
私は両手で顔を押さえて洗面所に駆け込むと、笑い声をかみ殺して思いっ切り笑い転げた。散々笑った後で鏡を覗き込んで、水道の水で両目を濡らすとトイレットペーパーを適当に掴み取る。洗面所を出ようとして、私はもう一度鏡を覗き込んで、カチューシャを外した。
ただでさえ折れ曲がっている両耳が更に潰れて不格好だった。でも何だか疲れた印象を与えるから好都合だ。せめてこんな時くらい役立ってもらわねば。
居間に戻るとタッキーが居心地が悪そうな顔でソファの端っこに座っていて、戻ってきた私を涙ぐんだ目で見ていた。なんだか捨てられた子犬みたいで、私は込み上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。
「じ、じゃあ話すけど、いいかな……?」
私は下を向いたまま握り締めているトイレットペーパーで涙を拭く真似をしながらこくりと頷く。一言でも発すれば大声で笑いだしてしまいそうで死にそうになるくらい苦しかった。
その日、二つわかった事がある。
タッキーをからかうのは辞められないって事と、タッキーってほんといい奴って事だった。