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レポート35

「ごめん葉月ちゃん、捕まっちゃったんだけど……」


 と、頭に銃口を突きつけられて苦笑いを浮かべていた琴乃だったが、グラウンドに横たわっている人影に気が付くとその表情は一瞬で凍り付いた。そして視線は一点に固定されたまま動かず、まるで操り人形の糸が切れてしまったみたいに固まっている。


「ね、ねえ……玉子はなんでそんなところに寝ているの……? なんで……?」


 琴乃の悲痛な問い掛けを、葉月は唇を噛み締めて黙って聞いていた。


「……葉月ちゃん答えてよ――!」


 琴乃が今にも泣き出しそうな顔で葉月を問いただすと、ディッツのヒステリックな怒鳴り声が遮った。


「ギャアギャア喚くんじゃねえよメガネっ娘! おめえも猫耳女みてえにこうなりてえのかよ!? おおっ?」


 卑しく顔を歪めてディッツが血に染まった左手を突き出して見せた。琴乃は左手のそれが何であるかを理解すると、両目を瞑って顔を背けた。その反応を見てディッツが興奮した様に笑っている。


「あんた、いい加減にしなさいよ!」


 葉月が怒りにまかせて両手で印を結ぼうとすると、本田が即座に止めにはいる。


「駄目だ、絶対に結界を解くんじゃない!」


「で、でも……!」


 本田はウェザーニの方を見ると、


「あんた本気なのか……? いま自分が何をやっているのかわかっているのか?」


「我ら親衛隊は女王を守るのが責務。目の前でこれ以上女王が傷つくのを放ってはおけんのだ……!」


「だからこそ僕がディッツを捕まえて――!」


「お主では無理だ。自分で良く判っておろう」


 そのウェザーニの諭すような口調に本田は反論することができない。

 そしてディッツが左手で玉子の心臓を弄びながら、そんな目の前のやり取りをニヤニヤとして見ていた。


「こんな時に仲間割れかよ、ほんと目出度い奴らだな」


 と、ディッツはクレトに目で合図を送る。するとクレトがまた結界の中で暴れ始めて衝撃音が辺り一帯に響き渡り始めたので、ウェザーニが苛立つ様に葉月に怒鳴った。


「我々が最優先すべきことは女王の体の保護だけだ! 結界を解いて女王の肉体さえ保護できれば海賊逮捕にも協力出来る! 地球人の娘よ、早く結界を解くのだ!」


「いや駄目だ、絶対に解くな!」


「な、何よ? 一体どうすればいいのよ……!?」


 本田とウェザーニに挟まれて葉月は決断しかねていた。行き場を無くした両手が胸の前でみじめに泳いでいる。

 するとディッツの下品な笑い声が三人に降り注いだ。


「どうだ、小人の大将さんよぉ、まずは俺たちが協力してこのお巡りと小娘をやっちまわねえか!? その後でゆっくりと話し合いといこうじゃねえか!」


「ふざけるな、海賊風情が! 話し合いなど言語道断! 副司令、兵を全員引き上げてシールド外部にて指示があるまで待機せよ!」


 ウェザーニの命を受けて、アーマーロイド部隊が一斉に移動を開始する。突然の事態に本田が動揺した顔で振り返った。


「どう言う事ですか司令官!?」


「許せ、我ら親衛隊はいかなる時でも女王をお守りするのが責務。このまま肉体が海賊に持ち去られて無法者の辱めを受けさせるなど絶対にあってはならんのだ。しかしもしもそれが適わぬのならば、いまここで全てを闇に葬り去るのみ……!」


 ウェザーニに操られているマリスが琴乃の右手を掴んで前に突き出した。人差し指には銀色のリングがはめられていて、その表面には幾つかのランプが見えて交互に点滅を繰り返していた。


「まさか……」


 それを見た本田の顔が凍り付いた。


「ふ、ふざけた真似してくれるじゃねーか小人の分際でよお!」


 ディッツも琴乃の指輪が何なのかを理解してイラついたように頭を掻き毟った。


「その通り。このリングは重陽子爆弾だ。半径五十キロ圏内は確実に焼き尽くす事ができる。そして当然貴様らもここで一緒に死んでもらう……!」


「おめえ、気でも狂ったのかよ……」


 ディッツはウェザーニに近付こうと試みるが、警戒されて近付けないでいた。一定の距離を縮める事が出来ないまま同じ所を行ったり来たりしている。


「この事を女王は知っているんですか? 司令官、あなたのやり方は間違っている! 連邦以外の惑星でこんな物を使えば、リナーズ星の連邦内での地位はもう無くなったも同然ですよ!」


「もう貴様に理解は求めぬ。ただ命を懸けてでも女王のプライドだけは守り通して見せる! それが我ら親衛隊の役目だ」


 近付こうとする本田にマリスが持つ銃が向けられる。本田は強張った表情で足を止めた。


 するとそんな緊迫した状況からは切り離されたかのように、今まで魂が抜けたみたいに呆然とした顔をして、地面に俯せで倒れている玉子の死体を見ていた琴乃が涙で潤んだ瞳で葉月に話しかけた。


「――葉月ちゃん、私はほんとに玉子の友達だったのかなぁ…… 葉月ちゃんが言っていたよね、玉子の魂は萎縮しているって。私も同じ様な事をいつも感じてた。なんで玉子はこんなに可愛いのに自分に自信が持てないんだろう。なんでいつもどこかオドオドしているんだろうって。宇宙人だかなんだか知らないけれど玉子は私の大切な親友だったよ。でも私は玉子の事をなにも知らなかった。どんな悩みがあるのか、どんな夢を持っているのか全然知らなかった! それがすごく悔しいよ私。せっかく本当の玉子と会えたのに、このまま終わるなんて悔しくて悔しくてやり切れないんだよ……!」


「琴乃ちゃん……」


「このまま終わらせたら玉子が浮かばれないよ。命を賭けてまで追いかけた夢なのに。違う……?」


 琴乃は高ぶる感情を静める様に俯いて黙り込んだ。少しでも触れようものなら破裂してしまいそうな、冷たい様で燃えたぎっている空気が全身を包み込んでいた。 

 そして一度大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと顔を上げた琴乃のメガネがキラリと妖しい光を放っていた。


「死んだお爺ちゃんが勝手に私に遺してくれたコレクションの数々……それが師匠との出会いだった。私はお爺ちゃん子だったから、お爺ちゃんの姿を追い求めるように毎日師匠の姿をDVDで見続けた。ふと気がついた時には人知れずずっと一人で特訓を積む奇特な女子高生に成り果てていた。でも今はお爺ちゃんが何故師匠のコレクションを私に遺してくれたのかわかる気がする……きっとこの技は今日の為……それは友の死を弔う鎮魂歌……踏み出せばその一足が道となる。迷わず行けよ、行けばわかるさ……」


「琴乃ちゃん……?」


「元気ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! そしてお爺ちゃんありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 琴乃が突然片手を突き上げて叫ぶと、そのまま後ろのマリスに背中から体当たりを食らわす。マリスの体がぐらついて肩の上に射たウェザーニが振り落とされまいと必死の形相で髪の毛にしがみついた。


 そして次の瞬間、琴乃の体は華麗に宙を舞っていた。空中で伸ばした両足がマリスの胸元に吸い込まれていく。

 カンガルーキックだ。

 

 マリスの体は後方に勢いよく吹き飛び、琴乃はその反動を利用して前方へ飛んで、両手から地面に着地する。そしてすかさず前転して立ち上がると、今度はディッツを目掛けて走りだした。生来の運動神経の良さとバトルコンバットスーツの可変アシスト機能の相乗効果で流れる様な鋭い動きだった。


「て、てめえっ!」

 

 さすがのディッツも琴乃の予想外の行動に面食らったのか、警戒した顔つきで右足を地面に叩き込んだ。衝撃派でグラウンドの地面が爆発した様にめくり上がって、土の壁がドロップキックの体勢に入っていた琴乃に襲い掛かる。


「無駄無駄無駄ああああああああああああああ!」


 と、琴乃は空中で体を捻ってきりもみを加えると、見事に土の壁を突破していく。

 自らが巻き上げた大量の土砂が目隠しとなってディッツの反応がコンマ一秒遅れた。

 しかも土砂の雨の中に突如として数体のこけし人形が一列に浮かび上がったために、ディッツは判断を迷って硬直していた。


 そしてディッツの視界が琴乃の回転する足の裏を捉えた時には、既に琴乃の両足は彼の頬を抉る様に蹴り飛ばしていたのだった。

 ディッツの体がまるで突風に吹き飛ばされる木の葉の様にグラウンドを転がっていく。


「ゴングは鳴ったわ! バトルロワイヤルの開始よ!」


 琴乃が師匠のファイティングポーズで叫んだ。


「だ、誰ですかっ、あなたは!?」

 

 葉月は絶叫しながら琴乃に駆け寄った。

 琴乃がディッツに向かって行くのを見た瞬間に結界は解除してあった。そして葉月のこけし人形のフェイントという手助けがあったからこそ、琴乃の無謀とも思える行動は一応の成果を出したとも言える。

 

「本田君、こうなったらもうやるしかないでしょ!?」


「あ、ああ」


 葉月の言葉に本田は我を取り戻した様に、倒れているマリスからウェザーニを引き離した。


「しかし琴乃ちゃん、なんて子なのあなたは!?」


 葉月は改めてあきれた顔で言う。


「だって玉子の死を無駄にしたくないもの!」


 琴乃は対峙するディッツから一時も目を離さずに言った。その横顔は正に勇敢な戦士そのものと言っていい。


「そうね。琴乃ちゃんの言う通りだ……」


 葉月は一瞬だけ笑顔を浮かべて正面を見た。

 数メートル先ではディッツがゆっくりと立ち上がる所だった。そしてその隣りにクレトが操る身長五メートルの女王とピックパークが並んだ。しかも女王の手にはレオパルドの残骸が握られている。どうやら結界を解いた瞬間にクレトはレオパルドを急襲してピックパークを解放したらしい。


 結界は複数同時に作れるが術式が全て一緒の為に、作動と解除も全て同じにタイミングになってしまう。その点については今後の課題にしようと葉月は思っていたが、次の光景を目にした時にはさすがに結界を解いた事を少しばかり後悔した。


 それはディッツがピックパークの吐き出した肉玉を飲み込むと、今までのケガが嘘の様に完治してしまったからだ。そればかりか肉体からはまるで太陽を飲み込んだみたいに、気が溢れだしているのがわかった。

 その肌に突き刺さる様な暴力的とも言える気を感じて、葉月の背中に冷たいものが流れて行く。


「なるほどね、こんな仕掛けがあったとは……」


「しかしもう僕たちだけでやるしかないぞ、覚悟はいいか……」


 ウェザーニを片手に掴んだまま、本田が葉月と琴乃の間に立つ。


「たく、身の程知らずもここまで来ると愛しく感じるぜ……」


 ディッツが葉月たち三人を睨み据えながら、全身の骨をボキボキと鳴らしている。そして一通り鳴らし終えると、残忍な笑みを浮かべてゆっくりと腰を落とした。

 グラウンドが凍り付いた様に静まり返る。


 そこへ遠くから微かに音が聞こえてきた。まるであひるの鳴き声の様な電子音が次第に大きくなっていく。

 一同の視線は琴乃に向けられていた。

 ファイティングポーズを取って緊張した顔でディッツを睨んでいた琴乃だったが、皆の視線とブザー音に気付いて自分の指先に目を向けると、人差し指のリングが激しく点滅しながらガアーッガアーッと間抜けなブザー音を発していた。


「ま、まさか、先ほどお主が暴れた時に……!起爆装置が始動しておる! あと十五分で爆発するぞ!」


 本田の手の中でウェザーニが顔面を蒼白にして引きつらせていた。


「十五分で? 爆発するの……?」


 琴乃が不思議そうに人差し指のリングを眺める。その顔から見る見るうちに血の気が失せていくと、伐採された大木の様に後ろへ卒倒してしまう。


「ち、ちょっと琴乃ちゃん!?」


 葉月が慌てて琴乃を抱き抱えた。

 するとその目の前を鈍い音と共に本田の体が突然舞い上がったかと思うと、数十メートル離れた校舎まで飛んでいき窓ガラスを突き破って見えなくなった。


 葉月が今まで本田の立っていた場所に目をやると、ディッツがパンチを繰り出した姿勢で立っていた。一瞬の隙を突いて一気に間合いを詰めて本田を攻撃したのだ。


「へへ心配すんな小娘ちゃん、十五分もかかんねえ。すぐ終わらしてやるからよ」


 ディッツの顔が凶悪に歪んだ。

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