レポート27
その日、そのタンクローリーを見た者は多分散々悩んだ末に、目の錯覚か疲労のために幻覚でも見たのたろうと結論づける筈だ。そしてその後でいま見た事は誰にも言わずに自分の胸へそっとしまっておこうと思う筈だ。誰かに話した所で笑い者になるか、気が狂ったと思われるのが落ちだと思って。
タンクローリーは車線を右へ左へと移動して、次々と車を追い越しながら驀進していた。時々隣りの車と接触しそうになってクラクションを鳴らされるが、スピードは一向に止む気配を見せなかった。
運転しているのは透明人間だった。いや、正確には人の形をした透明の液体がハンドルを握りアクセルを踏んでいたのだが、車外から見ればその人型の液体は見えにくく、タンクローリーが無人で動いている様にしか見えなかっただろう。
そして助手席には血まみれのディッツが座っていた。左目は潰れて脇腹からへその上辺りまで裂傷が走っていた。皮膚の80パーセント以上を失って筋肉や血管が露となっていて、まるで重度の火傷を負ったみたいにも見えたが、さらに体の至る部分にクレーターの様な蟲に喰われた傷跡が無数についていて、その傷が尋常ではないと知らせると共に蝶々との戦いの熾烈さを改めて告げていた。
彼は何を思ったのか、突然自分の左目に人差し指を突っ込むと眼球を抉りだした。
「クソッたれが。この左目がやられてなけりゃ、ブーメランのように旋回した肋骨が奴の延髄に突き刺さっていた筈なのによぉ。少し手元が狂いやがった……!」
ディッツは蟲の喰い跡が残る眼球を握りつぶすと、今度はおもむろに脇腹の傷口へと腕を突っ込んだ。食いしばった歯の隙間から低い呻き声が漏れてくる。腹の中で腕をこねくり回す度に、傷口から緑色の血液が溢れだす。
「……やっぱり! こんな所にもいやがった畜生め!」
血まみれのディッツの腕には鉄仮面の様な顔の蟲が数匹握られていて、指の隙間から威嚇する様な泣き声を発してもがいている。ディッツは忌ま忌ましく睨み付けた後で蟲たちを握り潰して外に放り捨てた。
「大丈夫かよ……? まさかこんな星に蟲使いが居るなんて。頼みのあんたがそんな深手じゃこの計画は中止した方が……」
液体人間は動揺しているのか、時々輪郭が崩れそうな位の震えに襲われている。
「馬鹿言うな。計画は順調に進んでるじゃねえか。女王の精神体は取り損ねたが、最初の計画通り肉体はちゃんとこっちにあるんだ。あとはカンナニラへ戻ってハシト人のブタ野郎と取り引きをするだけだ。勿論あの蟲使いが出てくるとは計算外だったが、なに、あいつは当分毒で動けねえはず。これでピックパークのドジ野郎がちゃんと肉精丸を作ってくれてりゃ万事オッケーよ。あとはこんな発展途上の辺境のイナカ惑星からおサラバするだけだ。しかしこれでまたピックパークの野郎がドジ踏んでやがったらちょっとヤバイぜ。肉精丸を当てにしてこんだけボロボロになるほど無理したんだ……あの野郎、大丈夫だろうな……?」
ディッツは突然黙り込んで、ただ正面を睨み付けている。隣りの液体人間クレトは溢れだす殺気に当てられて、輪郭がまた崩れそうになった。
「そういやぁ、変な技を使う奴にやられたって言ってたよな?。そいつもハンターって訳か……? 蟲使いがタイミング良くあそこに現われたってのも気になる。お姫様は体面を気にしてハンターにゃ頼らねえと踏んでたが、案外そうでもなかった訳か……? クレト、ピックパークを迎えに行くぞ。どうもあいつ一人じゃ船に戻ってこれねえ気がする。ただでさえ足手まといな奴だからな!」
タンクローリが突然車線を変えて交差点を左折した為、急ブレーキを踏んだ乗用車に後続車が次々と衝突して、国道は騒然とした空気に包まれた。
何事もなかった様に走り去るタンクローリーを見送る人々は、ナンバーを確認しようとしたが汚れの為に誰もナンバーを把握できた者はいなかった。
ましてやその汚れに見えたものが、実は小さな人影がナンバープレートにしがみ付いている姿だったとは誰一人として思いもよらなかった。




