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レポート25

 ディッツの雄叫びがスタジアム全体に響き渡った。

 つい今し方、ハシト人の太った男が50億の値を提示したからだ。


「ディッツ、これ以上はもう無理だ。勘弁してくれ。もしこれで納得しないのならこの話から降ろさせてもらうぜ」


 ハシト人は精一杯の強がりを言った。この男が女王の体を心底欲しがっているのは顔を見れば明らかだった。時々メロディアの精神体の方を盗み見しては、その度に呼吸が荒くなっている。

 ディッツもその辺は心得ている様で、これ位の値で折れるつもりは毛頭無いようだ。


「そりゃあ、姫様次第だ。俺は情よりも値段が高い方に売るつもりさ。それがフェアなビジネスってもんだ。そうだろ、姫様……?」


「ふ、ふざけるな。この様な屈辱はもうたくさんだ……!」


 メロディアはそう吐き捨てると踵を返してこの場から立ち去ろうとする。


「おやおや、その短気は一生後悔する事になるぜ。いいのか、この変態ブタ野郎が姫様の全身を舐め回すんだ。唾液にまみれた自分の体を想像して見ろ。耐えられるのか? くっせえ匂いが体中に染み付いて、こいつの所有物となって一生を過ごすことになるんだ。しかし今ここで俺が納得する金額を口にするだけで、もう一度熱いシャワーを浴びれるんだぜ。朝は優雅にお茶でも飲みながら小鳥の囀りに耳を澄ますこともできる。そう全ては金で解決するんだよ。金さえ払えば何事もなかった様に、また元の生活に戻れるんだ」


「ふざけるな、海賊風情が! 調子に乗るのもそれまでだ!」


 ウェザーニがピックパークの足下で怒鳴った。握り締めているビームサーベルが怒りで激しく戦慄いている。


「女王様、お体の方は必ずこのウェザーニが命を懸けてでも取り戻して見せます。それ故、この海賊だけは今ここで討ち取らせていただきたい。是非ご命令を!」


 メロディアの歩みが止まり、静かに振り向いた。今にも消え入りそうな悲しみに満ちた顔をしていて、知らぬ間に二つのおさげを握り締めていた自分に気付いてそっと手を放すと力のない笑みを浮かべた。


「……私の悪癖を見られてしまったな。その昔、散々母上に注意を受けたと言うのに……だが、おかげで大事な事を思い出した。ウェザーニ、一度は海賊に奪われた体を取り戻したところで、国民はこれからも私を慕ってくれるだろうか……? 私はもう少しで自分を見失い取り返しのつかない過ちを犯すとこであった。くだらんゲームに乗ったところで、所詮我々の負けに変わりはない。体を奪われた時点ですでに勝敗はついていたのだ…… ならば明日の事を考えようではないか。私には愛すべき国民たちがいる。その国民たちの自尊心に泥を塗る様な真似をどうして私が出来よう……? 奴らの手にあるものは所詮は抜け殻。ただの人形に過ぎぬ。私の心はここにあるのだ。私自信が奪われ汚された訳ではない。そんな意味のないただの器のためにこれ以上この海賊どもの戯事に付き合う事もあるまい…… 私は母上と約束したのだ。国民が誇りを持てる女王になると――その誇りを捨てるくらいならば、私の体など海賊にくれてやってもいい」


「女王様……」


 ウェザーニは感きわまって男泣きをしている。他の兵士たちからもすすり泣く声が聞こえてきた。

 メロディアは足元に広がる千人の兵士たちを愛おしそうに見渡した後で、


「――海賊よ、お前に屈するくらいならば体はくれてやる。ゲームは終わりだ!」


 と凛とした顔つきでディッツに一瞥を投げ付けると、颯爽と去っていく。その後を小人の兵士たちがぞろぞろと後に続いた。

 ディッツはその光景をしばし呆然とした面持ちで眺めていたが、ふと我に返ると癇癪を起こしたように頭を掻き毟り雄叫びをあげた。そして一気に跳躍して女王の前へと躍り出る。


「ゲームは終わりだと? 俺を舐めてんじゃねえぞ小娘が!――おいブタ野郎っ、中身も込みで百億で買い取れ! 小娘の調教オプション付だ! これなら文句ねえだろう!」


 立体映像のハシト人の顔が一瞬にして妄想に取り付かれた。


「ゆ、夢を見てるみたいだ。あのメロディアの本物を陵辱できるなんて…… しかも擬似人格じゃなくてオリジナルを……! ほんとに中身も込みなら安すぎるくらいだ……!」


「へへ姫様、商談成立だぜ!」


 ディッツはメロディアの周囲を飛び回る二つのスタビライザーを掴むと、獲物を前にした蛇のように舌なめずりをした。


「下手に動いたら消えてなくなるぜ」


「な、何をする――!?」


「俺が始めたゲームだ。おめえに試合を勝手に放棄する権利はねえって事だよ。それに抜け殻だけじゃ安いって事に気付かせてくれたのは姫様自信だ」


「ふざけるな、さっさと女王から離れろ!」


 ウェザーニの号令のもと、小人たちが包囲網を築く。 


「たく、さっきからチョロチョロとウゼえんだよクソネズミどもが!」


 ディッツは右足で大地を思い切り踏み締めだ。ズドンと巨大な隕石が地表に衝突したみたいに衝撃波が放射状に広がっていき、人工芝がめくり上がって赤土が露出した。ある兵士は衝撃波で吹き飛ばされ、またある者は地割れに呑み込まれてしまい、兵士たちの統率は一気に乱れて女王の警護どころの話ではなかった。


「ああ、なんという事を……!」


「ヒャッハー、おもちゃの兵隊の方がマシだったみたいだな、姫様よぉ!」


 ディッツは残忍で鬼畜な愉悦に顔を歪ませながら、足元で倒れている小人の兵士たちを踏み潰したり蹴散らしたりしながら、スタビライザーごと女王の精神体を運び去ろうとする。


 その時だ。ディッツの視界を一点の黒い霞が駆け抜けた。それは一度視界の外へ消えたかと思うと、また現れて視界の中を縦横無尽に飛び回り、次第に数が増えていき気付いた時には僅か数十センチ頭上に無数の黒い塵が群がっていた。


「なんだよ、鬱陶しい……!」


 ディッツはそこで初めて黒い塵の一つ一つが奇妙な形の蟲だと気付いた。目の無い鉄仮面の様な頭部。その頭部の半分を占める鋭い無数の牙を持つ大きな口。棘の生えた黒い甲殻に覆われた約10センチの体長からだらりと伸びた四肢。その先には鋭い鉤爪が光っている。高速で羽ばたく羽が、高音の耳障りな音を発している。


「な、なんだ……!?」


 ディッツはその蟲たちを追い払おうと、無意識の内に右手を振り上げていた。

 蟲たちは一斉に甲高い鳴き声を発して、牙を剥いてディッツを威嚇し始める。

 その蟲たちの獰猛な勢いにディッツの背筋に冷たいものが走った。


「――蟲使い! 私を助けに来てくれたというのか……!?」


「蟲使いだと……!?」


 メロディアの発した言葉にディッツの表情が一気に固まった。

 辺境の惑星を根城にして賞金首を待ち受けるハンターの中に、今では数少ない蟲使いがいると噂で聞いた事がある。年寄りの海賊たちは皆口を揃えて言っていた。


 もし蟲使いに会ったらならばあきらめろ。運良くその場を逃げられたとしても、その後の航海は不運にみまわれる。会った時点で既に呪いがかけられているから――


 その時は老人の戯言と聞き流していた。その後も蟲使いに会った事は一度もなく、その存在など単なる出所のはっきりとしない迷信の類の一つだと思っていた。


「まさかこの星がそうなのか……!」

 

 ふとディッツは右腕に激しい痛みを感じて我にかえった。右手の甲を見て、彼は絶叫した。数匹の蟲たちが皮膚を噛み切って、体内へ潜りこもうとしていたからだ。


「くそったれがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 ディッツは左手で右手の甲を狂った様に叩いて蟲たちを叩き殺そうとした。しかし激痛が手の甲から肘へと拡大していく。

 体内に潜り込んだ蟲たちが肉を食い千切りながら移動しているのだ。


 ディッツは即断した。その進行速度に躊躇している暇はなかった。あろうことか左手の手刀で右腕の肘のあたりから先を切断したのだ。

 緑色の鮮血が噴水の様に吹き出し、辺り一面を緑色に染め上げた。彼は怒りと激痛に叫びながら、切断した右腕を何度も踏みつぶした。やがて右腕は血と土にまみれたただの肉片へと変わった。


 そして激しく肩で息をしながらディッツが肉片から視線を上げると、少し離れたところにいつの間にか赤い女が立っていることに気がついた。

 風に揺れる赤いロングヘア。氷の様な紅い瞳。死神の様な笑みを形作る赤いルージュ。そして周囲を飛び回る数え切れないほどの無数の蟲たち。

 圧倒的な迫力と異様な気配を漂わせて、その赤い蟲使いは射る様な冷たい視線を投げ付けていた。

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