レポート24
排水溝に入ってすぐに葉月が周囲を見渡して声を落とした。
「……どうやら図星ね、ビンビン感じるわ。警戒しててよ」
「OK……」
私は頷くと、先を歩くレオパルドの内蔵照明が照らし出すトンネルの先を見つめた。
淡い白色光に照らされたトンネルは横幅2メートル、高さ3メートル程の広さがあり、コンクリートの壁の表面には水アカがこびり付いていて、ムンクの叫びを連想させる気味の悪い影となって闇の中に浮かび上がっていた。
足下には雨水とともに流れ込んだらしい砂が堆積していて、歩く度にスニーカーの半分程が埋もれてしまう。
そして時折砂の中から奇妙な塊が突き出ていて、一瞬犬か猫の死体の様に見えるが、大抵はただのゴミの塊だったりするので、その度に私は静かに息を吐いた。
私たちは最初南に向って歩く事にしていた。
南の方が河までの距離が短いからだ。そこで何も見つからなかった場合、北の沼地まで伸びているルートを捜索してみようと思ったのだ。
「何かわかる……?」
私は無言が耐えられなくて隣の葉月を見た。
「そんな簡単にわかれば苦労しないわよ。確かにここを通った形跡は感じるけれど、それがいつ頃なのかどっちの方角なのかまではわからないの。例えるならば残り香を追いかけている様なものね」
「ふうん、残り香か。臭いのもとに近付けば更に臭うってことね?」
「まあ、そんなとこ」
「レオの方はどう? レーダーになにか反応は?」
「今ノ所ハナニモ反応ハ無イデス」
私たちはその後も慎重に歩を進めて、暗闇の中を南に向っていた。
そして排水溝に入って10分が過ぎようとした頃、レオが後ろを振り返った。
「――後方ニ生体反応! 高速デ南ニ向カッテ移動中!」
「南ってことは私たちに向かって来てるってこと!?」
と、私が聞き返した直後、暗闇の向こうから微かな悲鳴が聞こえてきた。
「――琴乃ちゃん!? あいつさっきのマンホールから地上に出たの!?」
私はいま来た道を全力で走って戻る。そして走りながら腕のブレスレットのスイッチを押すと、全身が青い光の粒子に包まれて対凶悪犯罪者用バトルコンバットスーツへ姿を変えた。
すると装着者の筋力を最大で100倍まで増幅する可変アシスト機能が、私の脚力を瞬時にサポートして、足元に溜まっていた砂の層を抉るようにして地面を蹴った。
暗闇を切り裂くようにして私の全身が前へ前へと押し出される。
すぐ後ろを追いかけていた葉月が舞い上がった土砂に悲鳴を上げていたが、今は気にしている余裕はない。
普段100メートルを四秒台で走る私だが、今はスーツの能力のお陰でタイムは半分ほどに縮まっている筈だ。
「うりゃ!」
眼前にぐんぐんと迫るマンホールからの光の差し込みに向かってスライディングをかまし、足元の土砂の抵抗を利用して減速すると、今度は光のシャワーに全身が差し掛かった瞬間に地面を蹴って一気に地上を目掛けて跳躍する。
マンホールから私の体が飛び出した瞬間に見えたものは、まさにいま琴乃ちゃんに襲い掛かろうとしている黒コートの人影だった。
「私の琴乃ちゃんに手を出すなああああああああああああっ!」
私の放ったローリングソバットがピックパークの顔面にヒットした。視界の隅で極限にまでひしゃげたトカゲ面が見える。確実な手応え。ピックパークの体は空中で捻れるようにして飛んでいき地面に激しく叩きつけられて転がっていく。
「琴乃ちゃん、大丈夫!?」
私は血の気の失せた青ざめた顔で地面にしゃがみ込んでいる琴乃ちゃんに駆け寄った。
「い、いきなり黒コートを着た化け物が出てきて……」
「ゴメンっ、私たちの反対側に居たから――ケガはどこもしてない!? 」
私は琴乃ちゃんに手を差し伸べながらも、意識は公園の隅で倒れたままピクリともしないピックパークに向けたままだった。
するとマンホールからはレオとレオに抱きかかえられた葉月が飛び出して、私たちの元へと寄ってくる。
葉月は私と琴乃ちゃんを交互に見渡したあとでほっと息を吐いた。
「どうやら二人とも大丈夫のようね。ほんとヒヤヒヤさせないでよね」
「ごめん。もう少しだけ皆が戻ってくるのを待っていようかと思っていたら、突然物音がしてアイツが飛び出して来るんだもん…… せっかくお玉から貰ったコレも使う暇がなかった……」
と、琴乃ちゃんは腕のブレスレットを指差して力なく笑った。
「せっかくだから今のうちに装着しておこう。そうすればもう今みたいな怖い思いはしなくて済むから」
「う、うん、わかった……」
私に促されて琴乃ちゃんは少しためらいがちにもブレスレットのスイッチを押す。全身が光の粒子に包まれて対凶悪犯罪者用バトルコンバットスーツに包み込まれると、まんざらでも無さそうに全身をチェックしている。
スーツは特殊装甲と防弾、防刃、耐熱、温度調整を兼ね備えていて更に人工筋肉が組み込まれた特殊な繊維で出来ており、装着者の体型に合わせて自動調整でフィットする包まれ感に満ちた着心地は、えもいわれぬ安心感をもたらしてくれるためか、琴乃ちゃんは既にいつもの彼女に戻っていた。
「でもこの格好でおうちに帰ったらママが目を丸くしちゃうかも」
「大丈夫。これを着てたら玄関を通らずに二階の部屋へ直接ジャンプできるから」
と、ふざけあい出した私たちを見て葉月が思いっきりいぶかしげな顔を浮かべている。
「ちょっと随分余裕じゃない。他人事ながら仕事ってのはもっとこう緊張感を持って取り組むのがプロのあるべき姿勢であって――」
私は咳払いをして葉月の言葉を遮ると、思い切りどや顔で公園の隅を顎で指した。ピックパークはあれからピクリともせず倒れたままだった。そりゃそうだ。バトルコンバットスーツを着た状態で渾身の一撃を食らったのだ。おいそれと立ち上がられては、連邦警察支給のスーツと基本的に同性能が謳い文句のこのスーツの名折れだ。
「あらあら。意外とあっけなかったわね」
「レオ。アイツがノビているうちに電磁シールドランチャーで捕縛しておいて」
「了解デース」
レオは葉月を下ろすと、ピックパークの元へと向かっていく。
私はもうニヤつきを隠そうともせずに、その後ろ姿を見送った。確かに初仕事にしては意外なほどにあっけなかったが、逆にこのあっけなさがリアルと言うものなのかもしれない。私は妄想のしすぎで理想像が肥大しすぎていたのかも。
「アイツの懸賞金って幾らって言ってたっけ?」
葉月が目の色を変えて私に詰め寄ってくる。
「い、1億エスタかな……」
「その1億エスタが円に換算して幾らなのか知らないけれど、当然協力費は貰えるんでしょうね……!?」
吉野家で牛丼の並一杯分くらいは、と冗談で言おうと思ったが、言葉にした瞬間にこけしを口に突っ込まれそうな気迫を感じたので言えなかった。葉月は指でソロバンを弾く真似をしながら、「私もハンター業に鞍替えしようかしら」「単純にエスタが円の10倍は価値があるとしても10億……」などとブツブツと考え事をしていて、その姿からはさすが17歳にしてプロの霊能力者として独立して生計を立てているだけのことはあると妙に納得してしまう。
そしてリーダーのディッツの懸賞金が10億などとは口が裂けても言えなかった。
懸賞金1億でも葉月と琴乃ちゃんに謝礼を払い、レオのオプションを二つ増やしても十分にお釣りがくる。今の私にはそれで十分だ。ハンターとしての実績が残せて、病気を持っていたとしても結果は出せる事を家族に証明できる。
決してハンターへの道は閉ざされているわけではない。
その事実だけで私は満足していた。
「ねえレオ、オプションは何が欲しい――!?」
そうレオの方を振り向いて私は言葉を失っていた。
こちらに向かって戻ってくるレオは、胸に装備されている電磁シールドランチャーでピックパークを抱きかかえるようにして捕縛した姿ではなく、右手に何やら半透明のゴミ袋を摘み上げている姿だったからだ。
「それってもしかして……!」
そのゴミ袋のようなものがピックパークの姿形をしていることに気付き、それがどうやら皮膚らしいとわかって私は戦慄していた。
「脱皮したって言うの!? ピックパークは居ないのレオ!?」
「ソレガソノ、マサニモヌケノ殻デス」
「くそっ、やられた!」
私は思わず地面を蹴り上げた。その剣幕に葉月と琴乃ちゃんも事態を理解する。
すると遠くの方から女性の悲鳴が聞こえてきた。それも一つだけではない。たくさんの声がヒステリックに喚き散らす声。
私はその声がした方を振り向いた。
道の先に見えたのは桜吹雪学園の校舎だった。




