レポート23
郊外の市民スタジアムにメロディアは居た。
グラウンドには不釣り合いなきらびやかなドレスを着た黄金色の半透明の人影が一つ。
メロディアの周囲には野球の硬球ほどの大きさの銀色の物体が二つ、円を描く様にして宙に浮いている。それは精神体を保護し安定させるための機械だった。気丈に振る舞っていても度重なるアクシデントと長旅の疲れで、彼女の精神は限界にまで疲弊しきっていた。最悪の場合、精神体の消滅にもつながりかねない事態の為、この機械を装着する事となったのだ。
メロディアは先程までは誰も居なかった筈の客席に、いつの間にか人が居る事に気付いた。幼さの中にも気品が漂う女王の顔が、一瞬画像が乱れるかの様に歪む。その人影が犯行グループの一人とわかって動揺し、感情の起伏が精神体の形成に影響を与えたのだ。
客席に現れた人影は数十メートルの距離を一気に跳躍して、メロディアの目の前へと降り立った。逆立てた髪の毛に、低い身長にはアンバランスな鍛え上げられた肉体を持った男だった。
男がグラウンドに降り立つと同時に、女王の周囲の地面のいたる所から人工芝が盛り上がって、小人の兵士が姿を現す。その数、約千人。兵士たちは一斉に男に向ってビームライフルを突き付けた。
「へへ、大層な出迎えだな」
と、ベニラ団のリーダーディッツは余裕の笑みを浮かべた。
「き、貴様が私の肉体を盗んだ者か……?」
「ああ、そうさ。このままカンナニラへ戻って依頼者にあんたの体を渡しても良かったんだが、それじゃあなんか普通すぎてつまんねえだろ? だからあんたに連絡を入れたって訳さ」
女王は探る様な視線でディッツを見た。海賊の真意がわからないうちは極力平静を装うつもりでいたが、思春期特有の潔癖心からか嫌悪感のにじみ出た射る様な視線だった。
するとラディッツは突然大笑いしたかと思うと、
「いいねえ、その顔。最高だ。世の中にゃ俺たちみてえな人種で溢れてるんだぜ、姫様よぉ。知らなかっただろ? 世界は危険に満ちているんだ。変態や狂った奴がなに食わぬ顔で、欲望を満たしてくれるブツを捜しまわってるのさ。別にあんたに恨みがある訳でもねえ。ただあんたのあの体に欲情した野郎がいたってだけの話だ。簡単な事だろ? あの体をおもちゃに出来るならアホみてえな大金を積む奴が、この世界にはいるって事さ。そして金を積まれりゃ何でもする俺たちみてーな奴もな。それであんたはまんまと旅に出た。家来が買収されてるとも知らずにだ。な、そんな難しい顔をする様な話じゃなかっただろ?」
「な、なんて事を……」
メロディアは今年13歳になったばかりだったが、目の前の海賊の言葉の意味は十分に理解できる年頃だった。嫌悪感と羞恥心で体が熱くなると共に軽い眩暈に襲われた。
ディッツはそんなメロディアの姿を見てニヤニヤと卑しい笑みを浮かべながら、すっと左手を突き出した。
周囲を取り囲んでいる兵士たちに緊迫した空気が流れる。
「武器なんかじゃねえーよ。なんで俺がわざわざここへ呼んだと思う? 俺はこう見えて紳士だからあんたに最後のチャンスを与えてやるためさ」
ディッツが左手に握っていた物を放り投げる。それは長方形の銀色の機械で地面に落ちると同時に白色の光を放ち、ディッツと女王の間の空中に人影を映出した。
フォログラフィで再生されたのは小太りで頭の禿げ上がった醜い男だった。尖った耳に頬から首筋にかけて緑色の斑点が浮かび上がっていて、それはカンナニラ銀河内に住むハシト人の特徴だった。
「こいつが今回の依頼人さ。さあ姫様。こいつはあんたの体に10億エスタ出すらしいぜ。たが勿論まだ体は渡しちゃいねえ。なあ、幾らで自分の体を取り戻す?」
「この者が……?」
メロディアはまるで虫けらでも見るようにその醜い男を睨みつけた。しかし立体映像の男は彼女の視線など一向に気にする素振りもなく、ディッツを非難することに忙しい。
「ディッツそりゃないぜ。約束しただろ?前金だって払ってるのに今さらそれはねえよ……!」
「うるせえブタ野郎、気が変わったんだよ。こんな辺境まで出向いた割には、安い金額で請け負った事を反省してんのさ」
ディッツはハシト人の罵声を無視して、勝ち誇った顔でメロディアを見た。
「わ、私の体を買い戻せと言うのか、貴様は……!?」
「海賊風情が調子に乗りおって! 我慢にも程があるぞ、我ら親衛隊をみくびるな!」
メロディアの足元でウェザーニが顔を真っ赤にしていきり立っている。
「ははは、撃ちたきゃ撃ってみろよ。俺が戻らねえ時は仲間が女王の体をこいつに売るだけだ。さあどうすんだよ? 買うのか買わねえのか、さっさと決めろ!」
メロディアは苦悶の表情で天を仰いだ。
例え一つの星を代表する女王とは言え、素顔は13歳の少女に変わりなかった。
金と欲に溺れた汚れた大人が居る事は知っていたが、まさか自分が標的になろうとは……
自分自身の甘さに、身を焼き尽くしたいほどの怒りがこみ上げてくる。
その全身が激しく点滅を繰り返す度に、周囲では二つの球体が精神体を安定させようと激しく動き回っていた。
「わかった……15億エスタ払う。それなら文句ないわね……?」
メロディアはは瞳を閉じたまま絞りだす様な声で呟いた。
知らず知らずのうちに両肩に垂れ下がった髪の毛を掴んでいた。なにかにすがる様に。助けを求める様に。亡き母に散々注意を受けた悪癖だったが、今は何かに掴まっていないと、このまま自分という存在が消滅してしまいそうだった。
おさげを掴み背中を丸めて唇をかみ締めるさまは、迷子になった幼子と同じだった。
すでにメロディアの小さな体からは、女王と言う名の重たい鎧は剥がれ落ちて、ただの13歳の少女に戻っていた。
そして純真な少女が壊れた大人と渡り合うのは無理な話だった。裏街道を歩む彼らの方が一枚も二枚も上手だった。
「15億! 言ってみるもんだな。さあ今度はおめーだ。どうする? あの体と死ぬ程ヤッてみてえんだろ!?」
ディッツはハシト人を見て卑しい笑みを浮かべる。ハシト人の小太りの男は間髪を入れずに、
「ちくしょお~、人の足下見やがって! わかった、こっちは20億だ。だからこれで勘弁してくれ、俺とお前の仲だろ」
それを聞いたラディッツが喚声をあげた。
「もう最初の倍の値がついたぜ! 姫様、モテるってのも大変だなあ。どうする? この気持ち悪いデブに体を弄ばれるんだせ。全身をくまなくいじられて、頭の先からつま先まで舐めまわされて唾液塗れになるんだ。それでいいのかよ!?」
とディッツは体でリズムをとりながら女王を煽る。
「25億……」
そのメロディアの声に被さる様にしてハシト人が40億の値を叫ぶと、ディッツが狂った様に雄叫びをあげて拳を空に向かって振り回している。
母上、私はどうすれば……
メロディアは為す術もなく、ただ唇を噛み締めて目の前の海賊を睨みつけるだけだった。
二つのおさげを掴む細い手が小刻みに震えていた。




