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レポート19

 女王が話し終えた頃には、その半透明の体は色彩が弱まり、まるで受信状況の悪いテレビ画像の様に輪郭が歪んだり正常になったりを繰り返していた。


「女王は疲れておりますので、これ以上は――」


 ウェザーニ司令官はそう言うと、女王を導いて部屋を出て行った。

 姉貴が地下にある客室を勧め、女王の話の間にお付きの兵士が身の回りの品を運び終えていたのだ。彼等の乗ってきた宇宙船は現在我が家の50メーター上空で、光の屈折を変化させて姿を消して待機している。


 ところで女王の話とはこうだ。

 まず女王は旅行――特に連邦外の辺境の惑星を見て回るのが好きらしく、この地球にもいつものお忍び旅行でやって来たと言う。

 しかも旅行先ではいつも人工的に幽体離脱を行って、精神体になって観光をするのだそうだ! 何でもその方が人目に付かず警備面でも何かと有利らしい。


 だけど今回はそれが裏目に出てしまった。女王が外出している間に、宇宙船の中で眠っていた筈の肉体がベニラ団の手により奪われてしまったと言うのだ。


 ここからは話を解りやすくする為、時系列順に整理してみよう。

 まず学校の裏手の神社に現われたコスプレ幽霊。これは肉体を奪われた事を知った女王が取り乱して精神体のまま街中を彷徨っていた時に、運悪く葉月の仕掛けた霊的な罠に引っ掛かってしまったのだ。その間、小人の兵士たちは見失った女王を捜して街中を探し回っていたんだって。これが葉月が感じていた数え切れないほどの人ではない者の気配だったんだ。


 そしてその神社に霊感の強い琴乃ちゃんが現われてしまった。

 ちなみに琴乃ちゃんは最初は校門で私が来るのを待っていたらしいんだけれど、妙な胸騒ぎがしたので一人で神社へ行ってみたのだと言う。

 そこで琴乃ちゃんと波長があった女王は、琴乃ちゃんに乗り移る事で罠を抜け出して、宇宙船へ帰る事が出来たのだ。


 その翌日に私の前に現われたのは、肉体泥棒の一味かどうかを確認する為で、その後街外れの山に向ったのは、そこに裏切り者の死体があったからなんだ。小人の兵士たちは全員体内にチップが埋め込まれていて、識別信号を発信してるんだって。

 裏切り者の兵士は女王の肉体が奪われると同時に姿を消してしまっていて、識別信号もしばらくの間は受信できなくて完全に消息不明になっていたらしいけれど、それが今日突然信号がキャッチされた。そして向った先には、裏切り者の兵士の死体を握り締めたベニラ団のクレトの死体があり、そしてそこに居た姉貴と一悶着があったらしい。

 姉貴はモンゴルからの帰りにたまたま信号を傍受して向ったんだって。


 さて、これが女王が話してくれた事件の内容なんだけど、不可解な点が幾つかあった。

 

 一、犯人の目的は? ベニラ団からは犯行声明が一度あったきりで、その後は身の代金の要求や脅迫が一切無い為。勿論ただの怨恨とも考えられるけど……

 二、肉体の盗難方法 警備兵の話では女王は自ら歩いて船を出て行ったと言う。

 三、女王の精神体が戻れない理由 これは結界の中に閉じ込められている説が今のところ有力だ。

 四、クレトの死体 これは仲間割れが考えられる。その為、犯行声明が一度きりで終わったと考えられるが、姉貴は何か釈然としない顔をしていた。

 女王とウェザーニ司令官が部屋を出て行くのを見届けてから、タッキーが困った顔で大きく息を吐いた。


「こりゃあ困った事になったぞぉ。女王の肉体が盗難されたとなれば彼らだって引き下がる訳にはいかない。小人種で女王の警護隊と言う限定された武力しかないとは言え、彼らが本気になればこの街なんかあっという間に焼け野原だ。それどころか下手をすれば母星から本隊を呼んでベニラ団が発見されるまで地球の武力統治と封鎖さえしかねない。まさに就任以来の大事件だこりゃ……!」


 そこでふとタッキーと目が合った。タッキーは私の顔を見て何か思い出したらしく、


「――そうだ、忘れてた。本部の情報部からリナーズ星の姫様の隠密旅行の件と、あとベニラ団のリーダーのディツと言う男がパトロール艇から脱走したと知らせを受けていたんだ。しかもディッツは乗組員全員を殺した挙句に待機させておいた宇宙船でまんまと逃げ延びている。そのやり口からピックパークとクレトの二人を逃すためにわざと捕まった計画的犯行の線が濃い。当然先に逃げた二人と合流する事も考えられるから、もう地球に着いている頃かもしれない。それでそろそろお蝶さんがモンゴルから帰ってくる頃だろうから、直接会って相談しようと思って向っていたら、たまたまさっきの現場に遭遇したんだよ!」


「はうあっ! その話はもういいから!」


 予想もしなかった角度からの剛速球のデッドボールに、私は涙目でポケットの中のありたっけの小銭を投げつけた。

 私が肩で息をしながらタッキーの暗殺計画を練っていると、ドアが開いて孝太郎君が姿を現した。


「葉月ちゃん、これ……」


 そう言って、見覚えのある黒いゴミ袋を差し出す。


「それってもしかして……?」


「そうよ。女王の話の間に取りに行ってもらってたの。何か手掛かりになるんじゃないかと思って」


 葉月はゴミ袋の中から球体を一つ取り出して皆に見せた。鼻を突き刺す悪臭が部屋中に充満する。


「くっさぁー」


 と、琴乃ちゃん。


「なんだい、これは……?」


 タッキーも知らないらしく興味深そうにゴミ袋の中を見つめている。


「一昨日、黒コートを着たトカゲみたいな奴に襲われたの。そいつのお腹から出てきたものよ」


「そうか、昼間ドーナツショップで話していたやつだね。どう思うお蝶さん?」


「まさか本田くん知らないの? 糞よ、それ」


 姉貴は一瞥して冷ややかに笑った。


「げげえっ!」


 ヒキガエルの様な声をあげて、葉月の表情が固まった。球体が手の平からこぼれ落ちて床を転がる。


「えんがちょ!」


 私と琴乃ちゃんは慌てて葉月から遠ざかった。

 姉貴はその足元に転がってきた球体を掴むと、意味あり気な微笑みを浮かべて、


「――でもただの糞じゃないのよ。ピックパークは惑星カリダの出身。カリダ人の特徴は特殊な胃が捕食した獲物の水分だけを吸い取り、残りを体内で蓄えると言う事。これは非常食としての役目があり、ある程度たって必要なければ排泄されるの」


「ちょっと待ってよ、じゃあこれって行方不明の女の子たちの……!」


 葉月の白く整った顔が恐怖と嫌悪でひきつっていた。


「そうね、残骸よ。それとも食べカスと言った方がいいかしら。でもただの食べカスじゃないわ。カリダ人の胃液と唾液が染み込む事で、とても美味で栄養価が高くカンナニラ銀河のなかでも珍味中の珍味と言われている。一説には捕食する動物の種類によっては胃の中で化学変化を起こして万能薬に生まれ変わったり、食べた人間の体質によっては物凄いパワーを得たりすることもあるらしい。もっともカリダ人も文明の発達とともに食生活が変わって、捕食なんてはしたない真似はしなくなって久しいからどれも迷信みたいなものだけどね」


 姉貴は明らかに私たちの反応を見て楽しんでいた。指先で球体の表面を妖しく撫でている。


「だ、だから、こんなに女の子たちの反応が強いんだ……!」


 葉月は眉根を寄せて、そう吐き捨てた。居間は一気に重苦しい空気に包まれていた。

 私はゴミ袋から覗く球体の塊を見つめていた。表面が少し黒ずんだ灰色をしている。少し前まで笑っていたであろう、同じ年頃の女の子の肌を想像すると、やり切れない思いで一杯になった。

 姉貴はそんな私の動揺を見透かした様に、氷のように冷たい視線と鉄の様に硬い意思を含んだ口調で話しかけてくる。


「だから玉子、もう遊びの時間は終わりよ。あなた達は部屋へ戻りなさい」


「でも――」


「いいわ、お父さんとお母さんが帰って来ても、タッキーを騙してベニラ団の情報を得た事は黙っておいてあげる。姉としての最低限の情けよ。だからお願い。周りでチョロチョロしないで。目障りもいいとこよ」


「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない……!」


 私は姉貴を睨んだ。姉貴はいつもこうだ。何かと私に敵意を向けてイジワルを仕掛けてくる。だから、嫌い……なんだ。


「ふふ、だってあなたの為じゃない。こうなってからじゃ遅いんだから。愚図でノロマで泣き虫のくせにハンターの仕事に首を突っ込んだらこうなるのは目に見えている。さっきも本田君が居なかったら危なかったんでしょ。ほら、もう結果は出ているじゃない」


 そう言うと、姉貴は球体を放り投げてきた。私は咄嗟に体を反らして球体を避ける。球体は後ろの壁に当たると床を転がっていく。


「――なんてことするの!? ひどいじゃない、罰当たるわよ!」


 葉月が怒りを露にして怒鳴ると、球体を拾ってゴミ袋へ戻す。そして両手を合わせて一度拝んでからゴミ袋の口を縛り直した。


「ご、ごめん、つい……」


「違う、玉子じゃない、お姉さんよ!」


 葉月はそう言うと、私の前に割り込んで姉貴と向き合った。


「私、玉子と会って最初に感じた事がある。何故この子の魂はこんなに萎縮しているんだろうって。確かに玉子はまだまだ未熟だし、病気なのかもしれない。でもお姉さんみたいな言い方をしていたら、玉子の魂はもっと萎縮しちゃって、この子は本当の力がいつまでたっても出せないと思うの。まるで今の玉子はみにくいアヒルの子みたいだわ。自分に必要以上に自信が持てなくて、心のどこかで未来をあきらめている。常に魂に重たい鎖が絡み付いたイメージが垣間見えている。でも魂はその鎖の中で必死になってもがいている。決してあきらめている訳なんかじゃない。ただその鎖から抜け出す方法がわからないだけなの。誰かが軽く背中を押すだけで、あとは自力で鎖を断ち切れる筈なんです。だからお願い。そうやって頭から可能性を潰しちゃう様な言い方はしないであげて。玉子にいま必要なのはチャンスなの。可能性が魂を呪縛から解き放つ、たった一つの手段なんです。私は玉子の友達だからこの子の可能性を信じたい。この子が納得する手段に協力してあげたい。勿論友達としてこの子のことは私が全力で守ってみせますから!」


「葉月……」


 葉月の優しさと思いやりが嬉しくて、思わず頬を涙がこぼれていた。ふと横を見ると、琴乃ちゃんが私なんかより遥かに号泣していたので、それがおかしくて私は泣き笑いした。

 姉貴はソファに座ると、こめかみを押さえて深く息を吐いた。


「やめて、そういうの。ほんと吐き気がするわ…… もう好きにしなさい。どうせ私が先にベニラ団を捕まえれば済む事だわ。但し、お父さんとお母さんが帰ってきたら、勝手にやったと言うわよ。あなた達を見ていると寒気がする。早く部屋から出て行って……」


「姉貴、ありがと……」


 鈴木家の姉妹の会話とは思えない言葉だった。でも、生まれて始めて姉貴に対して感じた感謝の気持ちだった。

 たぶん、その夜が彼女との距離が一歩縮まった初めての夜だったと思う。

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