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レポート1

 空を飛ぶ鳥たちを見て、私は無性に羨ましくなる時がある。

 誰だって空を飛べたならと思うはず――

 それはいつか、もしかしたら空を飛べるかもしれないと言う希望に繋がって、少なくともこの先の人生に夢と希望を持たせてくれるのかもしれない。

 人は決して飛べないと言う現実を、目の前に突き付けられない限り……


 私はその現実を突き付けられていた。

 6年前の10歳の時に――


 幼い日に父親と約束した様な、沢山食べて一杯寝て元気に遊ぶ子供でいられなかった私は、なりたい私になる事を諦めざるをえない私となって、毎日を過ごしてきたのだ。


 でも空を飛ぶ鳥の姿を見る度に、胸が締め付けられるのは何故だろう。

 ううん、理由はよくわかっている。

 それでも私はいつか空を飛べるんだという希望を密かに胸に抱いていたから。


 ただ今の私にはなりたい私になる方法がわからなくて、羨望のまなざしで大空を見上げる事しか出来ないのだ。


 校舎の屋上に寝転がって青く澄み渡った初夏の青空を見上げながら、私はそんな事を考えていた。

 悶々とした思いに自然と溜め息がこぼれる。


 すると、目の前に突然赤いスニーカーとそこから伸びている紺の靴下と白いふくらはぎが見えた。

 見えた瞬間、その白いふくらはぎが私の喉元にギロチンの様に振り下ろされていた。


「げげえっ!」


 私は締め殺される寸前のニワトリみたいな叫び声をあげた。


「なーに溜め息ついてんのかなー?」


 その声の主は、喉を押さえて転げまわる私の背中を思い切り叩く。


「こ……琴乃ちゃん、ヒドいよぉ~」


 振り向くとクラスメートの琴乃ちゃんこと桜木琴乃(さくらぎ ことの)が、何事もなかった様に持ってきたビーチシートにちょこんと正座して、茶色の紙袋からコーヒー牛乳とハムかつバーガーを出している所だった。


 琴乃ちゃんは黒髪のロングヘアが似合う清楚な眼鏡美人で、細く長い指でコーヒー牛乳にストローを差し、ビニール袋からハムかつバーガーを半分だけ出す仕草を見ていても、何だかお茶を淹れる様な上品さが漂っている。

 にもかかわらず、いきなりプロレス技をしかけてくると言う凶暴な一面も持ち合わせた女の子、それが琴乃ちゃんだ。


 琴乃ちゃんとはこの春高校に入学して以来の友達で、なにかとお世話になりっ放しだった。


「3時限と4時限のあいだ姿見えないと思ったら……。もうお昼の時間だよ。なにしてんのかなー、ほんとに」


 黒縁眼鏡の奥で、琴乃ちゃんの大きな黒い瞳が私を睨んでいる。


「えへへ、つい……」


「先生には体調悪いから保健室で休んでいるって言っておいたから」


「ありがとう! ごめんね、毎度毎度」


「どういたしまして」


 琴乃ちゃんは風に呷られる黒髪のロングヘアーを片手で押さえながら、ハムかつバーガーに女の子らしく上品に食いつく。

 私がお預けをくらった犬みたいに羨ましそうに見ていると、琴乃ちゃんはくすっと吹き出して、茶色の紙袋を差し出した。


「はい、フルーツ牛乳とデカメロンパンでしょ。ちゃんと代わりに買っておいたから」


「すんません! 毎度毎度」


 私は下僕の様に頭を下げて、ありがたく紙袋を受け取った。




 ところで、私こと鈴木玉子(すずき たまこ)は実は宇宙人だったりなんかする。


 今から十数年前に両親が仕事の都合で地球にやって来たのがきっかけで、それ以来私たちの家族はこの星で暮らし続けているのだ。しばらくして私が生まれたので、正確には地球生まれの宇宙人ってとこか?


 その為か、私以外の家族は地球名の他に本名があるんだけれど、私の場合は地球だろうが宇宙だろうが玉子と呼ばれている。あとは名字が鈴木かバルフォンかの違いだけだ。


 どうせならもっと洒落た名前を付けてくれればよかったのに。


 ちなみに名前の由来は、生まれた時無茶苦茶可愛かったからと聞かされれば、余り文句ばかりも言っていられない。

 それに私には名前なんかよりも、この星で暮らしていく為の重大な問題があった。


 それは私の身体的な特徴にあって、まるで犬や猫みたいに三角形の突起物が二つ、天然パーマーで丸まった髪の中から突き出しているのだ。しかも猫のスコティッシュフォールドみたいにペチャンコに潰れていて、なんだかいつも何かに怯えているみたいで、私はこの耳の形と場所が好きになれなかった。


 何でも私が生まれる前に死んでしまったお祖母ちゃんが、やはりこうした耳の形をしていたらしくて、どうやら隔世遺伝で私に伝わったみたいなのだ。でもスコティッシュフォールドだって、生まれてくる赤ちゃんの3分の2が普通のピーンと立った耳な訳で、何も家族の中で唯一の地球生まれの私じゃなくてもいいじゃん、と言う釈然としない思いがずっとあった。


 だってこの耳のお陰で私は小さい時から外出する時には必ずカチューシャを着けて、忌ま忌ましい猫耳を隠さなければならなかったのだから。そのカチューシャだって普通の物より厚みがあって中身がくり抜いてある特製のもので、カチューシャと言うより猫耳隠蔽カバーと言った感じの代物だ。


 それにこれもお祖母ちゃんと一緒なんだけど、くるりと丸まった天パーの白髪は否が応にも周囲の注目を浴び、小さい時は男の子たちから格好の意地悪の対象になっていたのだ。


 その為か、私は学校に通っていても自然とクラスメートとは距離を置く様になり、いつの間にか底の浅い友達付き合いと言う社交術を身に付けていたんだ。

 お母さんはよく私の耳を摘んで、可愛いわ~なんて気楽に言ってくれるけど、そうした苦労も寂しい思いも知らないから言えるのだ。


 とにかく、私はこの星で生まれてもう16年が経ち、友達やクラスメートにこの猫耳の事も無事ばれる事なく過ごしてきて、この春には高校に入学するまでになっていた。


 でも本当は高校なんて行きたくなかったんだ。


 だってこれ以上人前に出て猫耳の事で神経を使いたくなかったし、カチューシャをしている間はどうしても本当の自分じゃないみたいで、私は地球人の私を演じる事にいい加減嫌気がさしていたから。


 それでも結局私が高校へ通っているのは、お父さんから言われた「たくさんの同じ世代が集い共に生活する、人生で唯一とも言える時間の中に居るのだから大切にしなさい」って言葉と、幼い頃から抱いていたハンターになると言う夢が、ある事情から潰えていたからだった。


 なりたい私になれない私は、一体何になればいいんだろうか……?


 答えが見つからなかったから、とりあえず私は高校へ通ってみようと思ったんだ。

 赤いカチューシャで本当の自分を隠したまま――




 私と琴乃ちゃんはお昼を食べた後で、二人してビーチマットに寝転がって、澄やかに晴れ渡った空を見上げていた。


「いいなあ、お玉の髪の毛、綺麗で」


 私たちは互いに頭をくっつけて一文字になって寝ていて、琴乃ちゃんの手がすぅっと伸びてきて私の丸まった髪の毛に軽く触れた。

 

 私は猫耳の他にこの天パーの白髪にも物凄いコンプレックスがあって、これまで絶対に家族以外の他人には触らせたりなんかしなかったんだけど、琴乃ちゃんだけは違っていた。


 入学式の日、周囲の奇異と冷たい視線にうんざりとした溜め息をこぼしていた私に、優しい笑顔で話しかけてくれたのが琴乃ちゃんだったから。


 そう言えば、あの時も今みたいに私の髪の毛を誉めてくれたんだっけ。


 私がその事を思い出して一人で笑っていると、琴乃ちゃんは怪訝な顔つきで私の顔を覗き込んでくる。


「なに笑ってるの?」


「ううん、別に」


 私は琴乃ちゃんの顔を見上げているうちに、なんだか心の表面がむず痒くなる様な感覚に見舞われて笑い続けていた。

 琴乃ちゃんと出会えた事が心底嬉しくて、嬉しくて――


「なに人の顔見て笑ってるの? こら、白状しなさい!」


 琴乃ちゃんは笑い続ける私の足を掴むと、慣れた手つきであっと言う間に四の字固めをかけてくる。


「さあ言いなさい!」


「ちょ、マジで痛い、やめて……痛たたたたたたっ!」


 その痛みが刺激となって、私の笑い声は悲鳴混じりの壊れたジェットエンジンの音みたいに屋上全体に響き渡った。


 私は今、毎日が楽しかった。

 それは琴乃ちゃんと出会えたから。

 私が宇宙人で猫耳だって事は言えないけれど、偽りなくこの時を大切に思えるから。

 例え夢は叶わないのだとしても、人生はそれだけじゃないって思えてくるから……

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