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レポート18

 私たちが階下へ降りていくと、居間は重苦しい空気に包まれていた。ソファには姉貴とタッキーが座り、テーブルの上にはからくりこけしが鎮座していた。良く見ると、こけしの横にベレー帽を被った小人の司令官が落ち着かない顔つきで立っている。


「やあ玉ちゃん、目が覚めたかい。元気そうでなにより――だぁ!?」


 タッキーが私の顔を見るなり、まるで今日も天気は良かったねハハとでも言っているように屈託のないさわやかすぎる笑顔で話しかけてきたので、私は衝動的にその顔目掛けてスリッパを全力で投げつけていた。


「ひどいなぁ玉ちゃん……これでも命の恩人なんだぜ、少しは感謝くらい――」


「とにかく千円! いや、私が千円上げるからその話はもう忘れて!」


 私は恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして涙目でそう訴えた。そうでないと、死ぬまでこの男から延々と精神攻撃を食らわせられそうだ。

 そしてタッキーの後ろに座っていた姉貴が冷ややかにこのやり取りを見ていることに気付いて、心臓が凍り付いていく。


「居間に降りてくるまでに随分と騒がしかった上に、今度はここでじゃれ合い? わかってる?これは遊びじゃないのよ」


「わ、わかってる……」


 私は真正面からじっと見据えてくる温度を感じない姉貴の赤い瞳が直視できなくて、思わず視線を下げた。全身と思考が硬直して身体が動かずに言葉が出てこない。するとふと私の両肩に温かな感触があり、振り向くと葉月の励ますような笑顔があった。


「ごめんなさーいお姉様。私のワガママで貴重な時間を割いてしまって。それで確かカラクリこけしの中身を出すんでしたよね?」


「――中身とは何だ!? 言葉を慎め地球人がっ。我らの女王さまに対して失礼だぞ!」


 小人の司令官が顔を真っ赤にして怒鳴っている。ちなみに家の中で来客者が日本語以外の言語を使用した時、コンピューターがリアルタイムで翻訳する様に設定してあるので、司令官が何を言っているのか理解できた。ただ音声と口の動きに微妙なズレがあり、深夜放送の昔の洋画みたいな滑稽さがある。


「はいはい、今その女王様を出してあげるからちょっとどいててねー」


 葉月は、こけしの前で睨みつけている司令官を軽く手で払いのけると、こけしの頭をぐいっと半回転させる。そして勝ち誇ったように首を掻っ切る仕草をして腕を組んで姉貴を見下ろした。その鼻息がとても荒い。

 私はその逞しすぎて眩しすぎる背中を見て、感動か恐怖なのかよくわからない震えが押し寄せて全身がプルプルと震えていた。

 姉貴の反撃次第ではいつでも葉月とは赤の他人を装えるように構えていたが、姉貴はただ舌打ちをしただけだった。

 まさかこんな単純な方法だったとは思わなかった様だ。


 部屋にいる一同が息を呑んで目の前の光景に見入っていた。テーブルの上のカラクリこけしの胸部が開くと、中からまばゆい程の金色の光が溢れ出した。光の粒子が空中で集合して、除々に人の形を成していく。

 そして、まるで中世ヨーロッパのお姫様の様なドレスを着た半透明の少女が空中に出現した。身長は140センチほど、歳は13,4歳くらいか。

 オカルト大好きな琴乃ちゃんが、私の横で目を輝かせている。取り憑かれた事に全然懲りていない様だった。


「全く、この星は楽しませてくれるものだ……」


 女王は眉間に皺を寄せたまま、苦虫を噛み潰した様な顔で呟いた。

 金色の長い髪をサイドで二つに結び、貴族が舞踏会にでも出かける様なドレスを着ている姿は、その辺のコスプレ中学生に見えない事もないが、やはり全身から発する空気には年齢以上の気品と凄みが漂っていた。

 女王は怒りに震えながら、私たちを見渡した。

 今ここにいる全員が固唾を呑んで、年端もいかない少女の一挙一動に注目していた。


「ウェザーニ! 状況を説明しなさい!」


 女王に一喝されて、司令官がかしこまった顔で直立不動になる。


「それが、その……」


 すると姉貴が床に片膝をついて女王に一礼をする。


「リナーズ星のメロディア女王とは知らず、先程は大変失礼いたしました」


「貴様は蟲使いの女……」


 跪いてる姉貴を見て女王の顔色が変わった。怯えと嫌悪が入り交じった様な顔で姉貴のことを見ている。


「女王、ご心配無く。この者は敵にあらず。この地で流れ星ハンターをしているテティラ・蝶々・バルフォンと申す者でございます。必ずや我らの力になるかと――」


 ウェザーニの口添えにも女王はどこか納得のいかない憮然とした表情を浮かべていたが、タッキーが姉貴の隣で同じ様に跪いて話を始めた。


「私はカンナニラ銀河連邦警察地球駐在員のマロイ・タキンと申します。現在この星域にベニラ団と名乗る海賊が潜伏中です。女王の件もこのベニラ団が関わっていると言うのが、私たちの見解です。ただ事件の詳細については女王の許しがない限り決して話せないとウェザーニ司令が申しますので、よろしかったらその許可を出していただくか、もしくは女王自信の口からお伺いしたいのですが?」


「ふん、もし断ったらどうする? 逮捕でもするか?」


「私は一介の辺境駐在員にすぎません。一国の君主を逮捕するなどと言う大それた事を出来る訳が…… ただ、この星域からは六時間以内に即刻退去していただく事にはなると思いますが……」


 そしてタッキーはいつもの人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、


「それよりも連邦外の惑星での軍事活動は、連邦政府に対するクーデター予備行為にとられかねません。今回の女王警護隊によるこの地での隠密行動はその事例に十分値すると思われます。例え止むを得ない事情があったにせよ、妙な風評が流れて、連邦内でのリナーズ星の地位が危うくなる事の方が心が痛みます……」


「ふん、人の良さそうな顔をして随分毒気のある事を言ってくれるではないか! 全く警察にハンター、海賊ときて妙な技を使う地球人と猫耳娘とはな。旅の余興には十分過ぎる……!」


 そう女王は吐き捨てる様に呟くと、観念した顔つきで事の顛末を語り始めたのだった。




 竹本莉奈は恋人の森田丈央に気付かれない様、受信メールを確認するフリをして時間を確認した。現在10時半を少し過ぎたところだった。門限まで30分を切っている。父親の険しい顔が脳裏を掠めた。


「だれ?」


 運転席の丈央がカーステレオのスイッチをいじりながら聞いてくる。丈央は二つ年上の大学生で、街でナンパされたのがきっかけで付き合う様になり、もう2ヶ月が過ぎようとしていた。


 今まで同じ歳の少年としか付き合った事のなかった莉奈にとって、丈央は大人の男に見えた。長髪で色黒のサーファー系の外見や、カスタムしてあるワゴン車で色々な場所に連れて行ってもらえるデートは新鮮で楽しかった。しかしそれも最初の数回だけだった。やがていつものファミリーレストランでの食事の後は、郊外の沼にやって来てカーセックスをすると言うのが定番になっていた。


 今夜も案の定、丈央は当たり前の様に、車を沼の近くにある排水機場の水門の前に止めた。

 しかし莉奈は丈央に嫌われるのが怖くて、胸の内に渦巻く不安を口に出来ないでいた。


「ううん、迷惑メールだった。なんかムカつく」


 BGMがラップから女性シンガーのバラードへと変わった。莉奈が好きな十代の歌姫と騒がれている人気絶頂のアーティストだった。ピアノの切ないメロディに会わせるかの様に、丈央の左腕が首筋に伸びてくる。


「あのさ、門限まで――」


 そう言いかけた莉奈の唇を、丈央が強引に奪った。

 真っ白になりかけている頭の片隅で、家を出る時に母親から言われた言葉がよみがえった。


 ――こんな時に危ないから、出かけるのはやめなさい。


 最近、莉奈の通う桜吹雪女子学園で数人の生徒が行方不明になっていた。皆、忽然と姿を消して家出する理由も見当たらない事から、アジア系の人身売買組織に売り飛ばされたや、駅前にたむろする少年ギャングに拉致されて輪姦された等、校内では色々な噂が飛び交っていた。


 そんな中、昨日からワイドショーが女子高生集団神隠しなどのタイトルをつけて報じ始めた為、騒ぎは急速に広がりつつあったのだ。

 莉奈は丈央の厚い胸板を押し返して、


「ごめん、門限までもうすぐだし、なんだか今日はその気になれなくて……」


「マジかよ、最悪……」


 丈央は顔をしかめて吐き捨てる。


「ねえ今日は帰ろうよ、ほら最近なんか変な事件多いみたいだし……」


「莉奈の学校で生徒が居なくなったってやつ? あれってどうせ男のとこにでも転がりこんでるじゃねえの――?」


 ふと丈央はフロントガラスの向こうに目を向ける。


「どうしたの……?」


「いや、今なんか動いた様な……」


「やだ!」


 莉奈は丈央の腕を掴んで闇を凝視した。この辺りには街灯は一つもなく、全ての風景は墨汁に塗り潰されたみたいに、闇の中に溶け込んでいる。

 丈央は手探りでヘッドライトのスイッチを点けた。二筋の白色光が闇を切り裂いて、排水溝と沼を遮るゲートや水道局のプレハブ小屋を照らし出す。


「ひぃ……!」


 莉奈は思わず声を出していた。喉に張り付いた様な掠れた短い悲鳴。

 莉奈は確かに見たのだ。一瞬、人影が光の中に浮かび上がったのを。しかしあれは子供の様に見えた。小学生高学年くらいの背丈だった様な……


「な、なんだよ急に!?」


 丈央が震える声で叫んだ。今見た事を説明しようと、莉奈は彼の方を振り向き息を呑んだ。運転席側のガラスの下側で、何者かが顔を半分だけ出して中を覗き込んでいたからだ。

 莉奈は絶叫した。と、同時に運転席のドアが開いた。いやドアごと引き千切られていた。そして丈央の体が一瞬にして外に引き出されてしまう。


 莉奈は狂った様に叫び続けた。地面に倒れた丈央の体に何者かが馬乗りになっている。ばたばたと足掻いていた両足が崩れたかと思うと、何者かがすっと立ち上がった。


 ヘッドライトの反射光が何者かの姿を浮かび上がらせる。身長百四十センチ程にも係わらず、筋骨隆々の肉体の持ち主だった。何者かは運転席に乗り込んで来て、莉奈を凝視した。紫色の皮膚に赤眼と縦長に伸びた黄色い瞳孔が不気味だった。


 莉奈の体は恐怖で動かなかった。口を押さえている両手の指の隙間から、泣き声混じりの荒い呼吸音が漏れていた。

 頭の片隅で母親の言葉が繰り返された。


 ――気をつけなさい。何かあってからじゃ遅いんだから。


 全くその通りだ。莉奈はゆっくり近付いてくる何者かの手の平を見つめながら、死にたいくらいに後悔していた。

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