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レポート17

 気が付くと、葉月の顔があった。


「大丈夫……? うなされてたけど……?」


  ベッドサイドの学習机の椅子に腰掛けた葉月が、心配そうな顔で覗き込んでいる。私は見慣れた光景に、ようやく自分の部屋だと気付いて体を起こした。


「そっか、私…… そう言えば右腕はどう? あと孝太郎君は?」


「おかげさまで。孝太郎はあれからすぐに目を覚ましてピンピンしてる。今はちょっと用事で出かけているけど。私は本田君に処置してもらったカンナニラ製応急キットの鎮痛スプレーのおかげでほらこの通り」


 そう笑って葉月は右腕に力こぶを作って見せたが、私はタッキーの名前を聞いて重要なことを思い出してバッとシーツをめくって見た。愛用のピンクのパジャマを着ていてついホッとしたのも束の間、それはそれで新たな不安と羞恥心が芽生えてきて目の前がくらくらとする。

 そんな私を見て葉月が慌てて、


「あ、大丈夫大丈夫。それを着せたのは私だから! もう本田君に抱きかかえられて戻ってきたあなたを見た時はビックリ――あ……」


 と、励まそうとしてくれて盛大に傷に塩を塗ってくれたので私は頭を抱えて悶絶した。


「くはあっ。もあダメ……生きていけない……」


 私は頭からシーツを被り、これからの人生をどうやって他人と関わらずにシーツを被ったまま生きていけるのかを真剣に模索する。


「べ、別に本田君になら下着姿くらい見られたっていいじゃない!? 家族ぐるみのお付き合いしてるんでしょ。そんなに気にすることないって……!」


「ほっぺにチューされて舞い上がっちゃった人にはわからないよこの気持ちは…… タッキーは私の中のヒエラルキーではレオより下の一番最下層に属していたの。私が唯一ふんぞり返って見下ろせる生身の人間だったのに、下着姿なんて恥ずかしい格好を見られたら私の周りには私より立場が上の人間しか存在しなくなって辛すぎる……」


「なにそんな自虐的になってるのよ。それに琴乃ちゃんや私が居るでしょ? 対等に付き合えるから友達って言うのよ。それともあなたの中では私たちのこともそんな風に上とか下とかくだらないヒエラルキーで見てたの? 違うでしょ?」


 そんな胸のうちがこそばゆいような温かくなるような言葉を言われると、私はシーツの中で思わずニヤけそうになってしまうが、脳裏に先ほどの空き地での光景が甦って顔から火が出そうなくらいの恥ずかしさに見舞われてしまう。


「500人のちっさいおっさんにも見られたし……」


「どうせちっさいおっさんだからおっきい女には興味ないわよ。それに今みんな階下で玉子が目覚めるのを待ってるの。早く起きて着替えなさいよ」


「私を……? 私なんか居なくても関係ないじゃない……」


 結局私には病気の問題がある限りなにをやってもダメなのだ。今日でそのことを嫌というほどに思い知らされた。そんな私が今さらこの件に関わってどうしろと言うのだ。また下着姿のまま気を失って笑い者にでもなれと?


「あ、可愛くないなぁ、今の。せっかく玉子が目覚めるまで、からくりこけしの中身は出さないって言い張ったのに。その時のお姉さんの顔を見せたかったわ。このダイヤで天使の私でもかなりビビったんだからね……」


 その葉月の声の様子からして顔が青ざめているであろうことがよくわかった。私も姉貴の冷たい赤い瞳が脳裏に浮かんで寒気を覚えた。


「でも昔からなの、突然発作が起きてこうして気を失ちゃうんだ。で、それが原因不明でいつ起きるかもわからない…… そんなのがやっぱり首を突っ込んじゃいけないんだよ……」


 すると葉月はシーツ越しに私の耳元で大きなため息をついた。


「あー、たく。もっとサッパリしてんのかと思ったけど。ウジウジした宇宙人も居るんだねぇ」


 はい、その通りでございます。でもここまでウジウジした宇宙人は私くらいだろうけど。


「だからせっかくの猫耳も萎れちゃうのよ」


「あなたに何がわかるっての!」


 その言葉にカチンときて、私は思わず起き上がって枕を投げつていた。枕は勢いよく葉月の顔に当たる。


「いった~、傷でもついたらどうすんのよ!?」


「枕で傷なんかつかないわよ、バカ!」


「バカ? 言うじゃない猫耳女! そうやっていつまでもウジウジしてるから耳も萎れちゃうの!」


「だ、だから萎れてない、生まれつき折れてるだけなの! なによ、このこけし女のくせに!」


 私と葉月は今にも取っ組み合いそうな勢いで睨み合った。ふと葉月の大きな瞳から険が消えると、


「……バカみたい、こんなの――ねえ、どうする、琴乃ちゃん?」


 すると突然壁際のクローゼットが開いて、中から琴乃ちゃんが荒ぶる鷹のようなポーズで飛び出してくる。眼鏡が蛍光灯の光を反射してキラリと妖しく光っていた。 

 琴乃ちゃんは素早い動きで私の背後に回り込んでくると、


「やだ、ほんとに猫耳だ。しかもぷにぷにしてるぅー」


 と、私に抱き付いて猫耳を摘んだり引っ張ったりし始めた。


「え!? え!? なんで? なんで?」


 私は事態が飲み込めずただオロオロするばかりだ。


「森の中で真っ赤な衣装のお姉さんに助けられて家に連れてこられたの。でも、あの冷たくて怖い感じの人が、お玉のお姉さんと知ったときはビックリしちゃった」


「こ、琴乃ちゃん、もしかして……?」


 私は恐る恐る聞いてみた。すると琴乃ちゃんはニッと笑顔で、


「うん、取り憑かれていた間の記憶ははっきりしてるの。勿論、お玉が宇宙人だったって事もバッチリ!」


「あちゃー……」


 私は穴があったら入りたい気分だった。何だか後ろ指を指されて笑われそうな気がしたのだ。


「なによ、彼女ならバレても平気でしょ?」


 と、葉月。そして琴乃ちゃんが相槌を打ちながら、


「そう!。宇宙人だろうが地球人だろうがお玉はお玉でしょ。私は気にしないわ」


「琴乃ちゃん……」


 私は入学以来胸につかえていた物が取れた様な清々した気分だった。しかしそれに反して琴乃ちゃんの顔が突然ふくれっ面に変わった。


「だけど、さっきの話は頂けないわ……」


「え?」


 私は何が起きているのか理解できないうちに、ベッドの上でスコピーオンデスロックをかけられていた。


「痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたっ」


「さあ、ウジウジした子は琴乃お姉さんのスパルタ教育で鍛え直しです!」


 それを見て葉月が腹を抱えて大笑いしている。


「ま……参りました。反省してます……」


 私は10秒もしないうちにタップして、ベッドの上でポロ雑巾の様に果てたのだった。

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