レポート15
横転したミニバンの中で、私と葉月は折り重なるように倒れていた。
「いたたたた……大丈夫?」
と私の下敷きになっている葉月を気遣う。
「なんなのよもう……無茶苦茶してくれるじゃないのよ」
葉月はそう言って身体を起こそうとするが、苦悶の表情を浮かべて右腕を押さえた。
いまミニバンは運転席側が地面に接した形で横になっていて、私たちは右側のスライドドアの上に横になる形で倒れているのだが、車が横転した時に激しく右上腕部をどこかに強打したらしい。
「大丈夫!?」
「たぶん折れてはないと思うけど腕が上がらない。それより孝太郎は――!?」
「うん、気は失っているけどちゃんと息はしている。安心して」
私はシートの間から身を乗り出して、運転席に座ったままぐったりとしている孝太郎くんの口許に手を当てて確認する。
しかし改めて車体前部を見て私は絶句していた。
助手席の三分の二ほどが巨大な鉄の爪で抉り取られたように消失して大きな穴が開いていたからだ。
もしこれが運転席側、もしくは後部座席に直撃していたらと思うと背筋に冷たいものが流れたが、同時にその可能性は極めて低く、次弾も発射してこないだろうという確信もあった。
何故ならばプラズマ系の兵器にしては余りにも被害が小さかったからだ。敵が使用したのは携帯用のプラズマキャノンの筈だが、本来ならばこんなミニバンなどは跡形もなく消し去ってしまう威力がある。
それなのにこれだけの被害しか出なかったのは出力を下げて、故意に人のいない助手席に的を絞ったとしか考えられない。
つまりこれは相手からの私たちにあてた警告なのだ。
そして今、ミニバンの数メートル手前に止まったレクサスと大型トラックからは全長20センチほどの黒い影が続々と地面に飛び降りて、隊列を組んでミニバンを包囲し始めたところだった。
「ちょっと……あれ見えてる?」
と、葉月が抑揚のない声で聞いてくる。人は本当に驚くべきことに遭遇した時に、一切の感情表現を忘れてしまう時がある。それがまさに今だ。無理もない。私だっていま目の前で展開している光景が信じられなかった。それが例え私が宇宙人だとしてもだ!
私たちを取り囲む様に展開している黒い影の正体は、小さな人間だったのだ。
僅か20センチ程の身長に、黒いヘルメットと黒い戦闘服に身を包んでビームライフルを持った小人たちが、次々と車から飛び降りている。しかもその統率のとれた動きは明らかに軍隊と思われた。
黒すぐめの小人の軍隊。それが追っ手の正体だったのだ。
「一体何人いるのよ!? 今まで固まってたからわからなかったけれど、周りにいるだけでもう五百はいるわよ! 何者なの、こいつら!?」
葉月がヒステリックな声をあげた。
「この感じ……やっぱり校舎の屋上で感じたのと同じだ……。こいつら琴乃ちゃんの中に居る奴の仲間だよ!」
「なるほどね、で、カラクリこけしを追ってきた所に私たちが居たって訳だ。でもどうすんの? こけしはあんたのお姉さんが持っていったのよ!?」
「話が見えない。なぜこけしが関係あるの? 姉貴もこけしを追いかけてきて家に持っていっちゃうし……」
「そっか、さっきは私が気絶しちゃったからまだ話してなかったわね。琴乃ちゃんと中に居た奴はもう分離している。そして中に居た奴は私のからくりこけしが吸い込んで今はこけしの中。で、この小人さんたちはそのからくりこけしを私たちがまだ持っていると思って追いかけてきたみたい」
それを聞いて私は敵の警告の意味合いがわかると同時に目の前が開けた思いがして、慌ててカバンからケータイを取り出すとマッハのスピードでショートメールを打ち込んだ。
そして、
「葉月は孝太郎くんの側に居てあげて。私がなんとかしてみせるから」
と、学生カバンを手にシートの間をすり抜けて大破したフロントウインドから車外へと這いずり出た。
「なにカッコつけてんのよ、一人で大丈夫なの!? 敵がちっさいおっさんとは言えアホみたいな数なのよ!?」
「だからと言って右腕が使えないあんたをフォローしながら戦うなんて私にはもっと無理なの。いいからそこに居て。絶対なにがあっても車から出たらダメだからね?」
私が葉月にそう念を押していると、小人たちのミニバン包囲網は完成し、最後にレクサスと大型トラックから運転手が出てきた。一人は紺色のスーツを着た若いサラリーマンで、もう一人は作業服姿の中年男性だった。二人の肩には小人の軍人が立っていて、片手で人間の耳を掴んでいる。そして良く見ると、その腕の先からは細長い触手が伸びて耳の中へと続いていた。どうやらその触手を使って人間を支配しているらしい。
若いサラリーマンの肩に乗っている小人は黒い軍服に一人だけ黒いベレー帽を被って口髭を生やした中年の男で、身なりと全身から漂う鋼のような殺気からして明らかにそいつが小人たちの指揮官の様だ。若いサラリーマンの右腕が上がると同時に、周囲から一斉に銃を構える音がわき起こった。
小人とは言え、500以上ものビームライフルの銃口を一斉に向けられるとやはり威圧感は凄い。
私は引きつった顔で生唾を飲み込んだ。
するとその時ミニバンの中から葉月が私の名を叫んだ。振り返ると、彼女の顔が蒼白となり引きつっていた。視線は私のお尻に釘付けになっている。なんと知らない間に4、5人の小人の兵士が私のセーラー服にしがみついていたのだ。
その内の一人が私の視線に気付いて片手を上げると、全員が一斉に飛び降り散り散りに周囲を取り囲んでいる敵陣へと戻っていく。
「――な、なんなのよ!?」
私は慌ててスカートのお尻の部分を確認する。そしてお尻や背中にかっぱえびせん程の大きさの物体があちこちに取り付けられているのを見て、潰れている耳がピクリと立ち上がった。
全身から一気に血の気が引いていく。躊躇している暇はない。
私がセーラー服を脱ぎ始めると、葉月が急ブレーキを掛けた時みたいな甲高い声をあげた。
「一体どうしたのよ!? トチ狂ったわけ!?」
「ああーん、説明してる暇はない!」
私は脱いだセーラー服とスカートを丸めて空に向かって放り投げる。直後、空中で炸裂音が鳴り響いて、バリバリッと放射状に伸びた青白い雷がセーラ服を一瞬に焼きつくして空気を震わせた。辺り一面に焦げ臭い匂いが広がって鼻の奥がつんとする。
私は恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしながら周りの小人の軍隊を睨み付け、グレーのスポーツブラとベージュのパンティをさらけ出して仁王立ちしていた。
「正面からくるかと思えば、不意打ちなんて随分男らしくないんじゃないの!? こんなエロ漫画みたいな仕打ちされて黙ってる程ウブじゃないからね私は! ちっさいおっさんとは言え、500人を超える男の前で半裸を晒した女子高生の怒りは怖いわよ覚悟しなさい!」
と、私が啖呵を切ると、肩にベレー帽の司令官を乗せたサラリーマンが一歩前へ出てきた。
「……威勢のいいお嬢ちゃんだ」
サラリーマンが白目を剥いたまま喋り始める。その肩の上でベレー帽の男も同じ様に口を動かしていた。
「その無謀な勇気に敬意を表して私が相手をしよう。すぐにいま自分が置かれている状況を思い知る筈だ。素人が興味本位で首を突っ込んだらどうなるかと言う事を……」
感情を消した冷たい視線が私を直撃した。全身に剃刀の刃を当てられた様な殺気が駆け抜ける。
突如、若いサラリーマンの体が宙に浮く。蹴り出される右足。私は両手ブロックで防ぐ。と同時に掴んだ右足を外側に捻る。サラリーマンの体は回転しながら地面に激突する。
その瞬間、黒く小さな影が飛び出した事を見逃してはいなかった。すかさずハイキック一閃。しかし手応えがない。
司令官はその小さくて軽い体を利用して、私のキックが引き起こした風圧を巧みに利用して右足を飛び越えていたのだ。しかも地面に着地すると同時に驚異的なジャンプ力で私の顎を目掛けて飛んでくる。
その手にキラリと光るものが握られているのがわかった。
私は間一髪のところでバック転でその猛撃を交わすと同時に間合いを取った。
下顎がチクリと痛むので手を当てて見ると、微かに流血の跡がついた。
よく見れば司令官はいつの間にか手にはビームサーベルを持っている。
「いたいけな女子高生を半裸にしたうえに顔に傷をつけるとかマジゆるせないんですけど……!?」
私は相当頭にきていた。しかしそれと同時に自分でも驚くほどに冷静だった。葉月や孝太郎君を巻き込んでしまった責任が私にはある。その重責が私がトンキホーテだと自覚させてくれて、ドンキホーテなりの戦い方を思いつかせてくれた。
いまの私は決して風車に戦いを挑むような愚かな真似はできない。
ミニバンの側に置いてある学生カバンを見る。
そろそろショートメールを送ってから五分が過ぎようとしている。
時間だ――
私の体内時計から遅れること数秒後、カバンの中のケータイが激しく鳴り響いた。
私の顔は思わずニヤけて、それを見た司令官が眉をひそめた。
「カモンレオパルド!」
その合図とともに小人たちの包囲網の中心にレオパルドが激しく舞い降りた。
先ほどのショートメールでこの地点まで来るように指示を出しておいたのだ。そして私が囮になって小人たちの注意を惹きつけておくことで、500はいる小人たちは誰一人として光学ステルスで接近するレオパルドの存在に気付かなかった。
ああ、私の可愛い相棒! 特殊装甲に身を包んだシルバーメタリックの憎いヤツ!
「レオ、ミニバンを運んでここから速やかに離脱!」
「了解デース」
私とレオがミニバンへと駆け寄る。そしてレオがミニバンを抱きかかえ、私は学生カバンを拾ってレオの背中にへとしがみ付く。
小人たちは突然の出来事に反応が遅れていたが、案の定すぐに射撃を始めたので私はすかさずカバンからこけしを取り出して大きく突き出した。
「あんたたちの仲間はこの中よ。でもこれにはブラックホール爆弾がセットしてある。下手をしたらお仲間は死ぬわよ!」
そのハッタリに小人たちの射撃がピタリと止んだ。
レオはミニバンを抱えて私を背負ったまま小人軍団からどんどんと離れていく。
私はこれまで何度も空想していた危機的状況を自力でかいくぐるというシチュエーションを見事にやってのけたことで、生まれて初めて味わう大勝利の興奮に雄叫びをあげそうなほどに興奮していた。
しかし。
突如として首にものすごい圧力が加わり、私の体はレオの背中から転げ落ちてしまう。
首に手を当てて見ると、いつの間にか釣り糸くらいの細さをしたワイヤーらしきものが巻かれていて、しかもそれは小人軍団の元まで続いている。
さらに100メートルほど先から小人たちの集団が全力で迫ってくる姿が見えた。
「タマコ、大丈夫デスカ?」
レオが戻ってこようとしたので、私は片手で制した。
「私のことはいい! なんとかしてみせるから。それよりも車の中の二人を家まで連れてって!」
それでも動こうとしないレオに「命令よ」と怒鳴ると、レオは踵を返して自宅の方向に向かって走り出した。
直後、首に巻き付いたワイヤーに力が加わって、私の体が小人軍団の元へと引きずられていく。
接近する小人たちと引き寄せられる私との間の距離はみるみるうちに縮まっていき、焦った私はもう一度こけしを突き出すが、即座に放たれた一筋のレーザーがこけしの頭を撃ち抜いた。
「バレちゃ仕方がない……」
私は真っ白になりかけている頭で必死に次の一手を探した。しかしワイヤーがどんどん喉に食い込んでいき息ができなくて苦しい。
いや、違う。この胸の苦しみは呼吸がうまくできないからじゃない。焼けるような痛みがマグマのように胸の中へ広がっていく。
「なんでこんな時に……!」
整備不良のエンジンみたいに一気に呼吸が苦しくなり、心臓に巻き付いた爆竹が一斉に暴れ始めたみたいだった。
陸に上がった魚の様に空気を求めていた。額の脂汗が両目に入り込んで視界が霞む。その霞む視界の中で司令官が鬼のような形相で迫ってくる姿が見えた。
「貴様の四肢を切り落としてでも女王様の居場所は吐かせてみせる!」
そう怒鳴りながら上段に構えたビームサーベルがひと際輝きが増すと、刃が司令官の身長の10倍ほどにまで伸びた。
霞んでいく意識のなかで巨大化したビームサーベルが振り下ろされた事だけは朧げに確認できた。
だけど私は身体を動かす事さえできず、ただ両目を固く瞑るだけだ。
そして遠くで声がした様な気がした。聞き覚えのある低い声。
「待ちなさい! 私はカンナニラ銀河連邦警察地球駐在員マロイ・タキンだ! この件はすでに当局の指揮下に置かれている。あなた達の女王の身柄は懇意のハンターが保護している事はもう確認済み! 尚、これ以降の抵抗は全て公務執行妨害とみなし全員逮捕する! 武器を納めて下がりなさい!」
目を開けると対凶悪犯罪者用バトルスーツの無骨な背中と、スーツに装備されているプラズマシールドが司令官のビームサーベルを受け止めているのが見えた。
「タッキーありがと……。あと下着姿見たから千円……」
私は力をふり絞ってお礼を述べた。でも発作の苦しみで意識は白い闇の中をどこまでも滑り落ちていった。




