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レポート14

 30分後、ビルの前には一台のミニバンが止まっていた。日産の黒いエルグランド。フルスモークで中が見えず、ちょっと怪しい雰囲気を発している。

 少し休んで元気になった柊葉月は、その車を見つけると小走りに駆け寄ってスライドドアを力一杯開けた。


「乗っていいよ!」


「う、うん、失礼します……」


 少し躊躇しながらも言われるまま後部座席に乗り込むと、運転席に座っていた大学生くらいの男の子と目が合い、私は軽く会釈をするが男の子は顔を真っ赤にして前を向いてしまう。


「いいのいいの、気にしないで。いつもこんなんだから。で、住所は?」


 柊葉月は男の子の後頭部をペチペチと叩きながら言う。私は苦笑しながら住所を言うと、男の子は無言のままナビゲーションシステムに打ち込んでいく。

 しばらくして車が発進すると、私は隣に座っている彼女にそっと耳打ちをした。


「誰なの? 一体二人はどう言う関係……?」


「これ? 孝太郎って言うただの幼馴染みよ。で、私専属のこけし彫物師兼身の回りの世話人ってとこかな。こう見えてももう二十歳なんだからもっとしっかりして欲しいんだけどねえ」


 柊葉月が最後の方をわざと聞こえる様に大きな声で言うと、男の子は運転をしながら済まなさそうに頭をペコペコしている。


「変でしょ?。でもこれが私たちの関係なの。いつも通りよ」


 そう言って微笑う彼女は、どこか苛ついていて寂しげに見えた。彼女もいわゆるフツーの生活とは程遠い世界に身を置く人種なのだ。そう言う意味では私と同じ外側の人間なのかもしれない。


「でも身の回りの世話って事はもしかして一つ屋根の下に一緒に住んでるとか? もしかして同棲ですか!?」


 私は興味津々になって聞いた。


「まさかぁ。マンションの部屋は隣だけどね。私が家出同然に家を飛び出してこの街に暮らし始めたから、両親がアレを寄越したって訳?」


「へ? 家出? でも年頃なんだし関係ない人なんか寄越さないでしょ?ましてや男の子なんて、そんな……」


 私はついあらぬことを想像してしまい胸がドキドキとしてしまう。


「もう、だからそんなんじゃないの。つまりね、柊家は東北で代々お祓いを生業としてきた家系なの。それが今から8代前のお祖母ちゃんが霊力をこめたこけしを使う術を編み出したの。その術は密教から仙術、忍術など色々な術を掛け合わせたもので霊を討払うだけでなく、時としてとり憑かれたモノ自体を物理的に滅する事を目的に生み出された技で、その時以来こけしは孝太郎のとこの岬家で彫る事になってるの。で、その岬家はこけしだけじゃなくて代々柊家の身の回りの世話もするって言うのが昔からのしきたり。なんでおばあちゃんがこんな攻撃的な術を編み出したのか、なんで岬家がこけしを彫るのか、私には全然さっぱりだけどどれもこれもご先祖様が決めた事だから仕方ないでしょ!? バチ当たるのやだもん」


 最後の方は半ばヤケクソ気味になって、彼女はそう答えた。


「なんかやっぱりみんな色々とあるんだなぁ……」


 私はつい自分の境遇と照らし合わせてみてしみじみと呟いた。すると柊葉月が突然私の頭のカチューシャーを抜き取ったので、


「ち、ちょっとやめてよ、いきなりなにすんのよ!」


 驚きと怒り混じりに彼女を睨みつける。運転席のルームミラーに姿が写りこまないように頭を抱えて体を曲げていると、彼女は私の肩に手を回してそっと細くて華奢な身体を預けてきた。


「孝太郎なら大丈夫。彼も本田君の存在は知っているし」


「そ、そうなの……?」


「だから私たちと一緒に居る時くらいはこんなカチューシャ外しちゃいなさいよ」


「ま、まあ、それなら……」


 私は背筋を伸ばして恐る恐るとルームミラーに写る猫耳を覗いてみる。彼女は相変わらず猫耳に興味津々そうに人差し指で突っついていたが、私はあまり嫌な気分はしなかった。


「本田君に出会ってからもう三年が経つのかぁ。早いなぁ……」


「そう言えばタッキーとはどうやって知り合ったの?」


「私が14歳の時に東北の山奥にある村が壊滅した事件があってね、原因はなんと川で溺れ死んだ宇宙人の自縛霊の仕業だったの。笑えるでしょ。で、その宇宙人てのが元々船のトラブルで地球に不時着した宇宙人だったらしくて、本田君が調査に来てたの。でも乗組員はまさかの溺死で怨霊化しちゃうし、しかも村がまるごと壊滅しちゃうってわけで、巡り巡って私の家に仕事の依頼が来たってわけ」


「へぇ、タッキーも大変だねぇ、ていうかちゃんと仕事してたんだ。でもナンパされなかった?」


「ほっぺにキスされた」


「げげぇ! マジで!? だって14でしょ、犯罪じゃん淫行じゃん、それって!」


「でも私もまんざらでもなかったしなぁ。こっそりと宇宙人って教えられてなんかクラクラしちゃったのよ。まだ若かったし。なんか神秘的じゃない、宇宙人と恋するなんてさ」


「ナンパ目的で正体バラかぁ普通……。いかん、今度顔を見たら無意識のうちに二階からパイルドライバーしちゃいそうで怖いっ……」


 思い切り脱力した私の横で、柊葉月は握り拳を握り締めてわなわなと身体を震わせていた。


「……でも、あの時の私ってば、まだ若かったからもう地球に宇宙人が来ている事を知って焦っちゃったのよ。こんな山奥の流れが止まった時の中にいていいのかって。勿論受け継ぐ事は大事だけれど、それと同じくらい飛び立つ事も必要なんじゃないかって。いま考えれば本田君に会ったのが最大な不幸の訳で……」


「JCの人生を狂わしちゃったんだ。恐るべしタッキー……」


「なあんてね。本田君と出会わなくても家出するつもりだったけどね」


「でも、もしかしてこの街を選んだのって……」


「だって知り合いが他にいなかったし。それに本田君って人がいいでしょ? なにかと利用できそうだったのよねぇ」


「あーそれわかるわかる」


 と、つい最近利用したばかりの私も一緒になって笑った。


「ねえ、これから呼ぶ時は葉月でいい、かな?」


 私がそう聞くと、柊葉月の白い顔が一瞬固まった後で桜の花がぱっと咲いた様な笑顔になった。


「いいよ。じゃあ私はなんて呼べばいい?」


「皆、お玉か玉子って呼ぶから……」


「じゃあ、玉押金亀子(たまおしこがね)ね」


「なにそれ!?」


「ふんころがしの正式名称!」


「やだよ、そんなの!」


 私たちは顔を見合わせて笑った。

 琴乃ちゃん以外の女の子と、こんなくだらない事でも笑えあえたのは、多分初めてと言ってよかったかもしれない。

 私の胸は手探りで探り当てた宝物が指先からこぼれ落ちてしまわない様に、慎重さと高揚感で一杯だった。


 和やかな雰囲気。その温かな空気の中に唐突に紛れ込んでくる氷の針。うなじの辺りをチクチクと無数の針に突き刺される様な嫌な感じ。

 葉月と目が合う。彼女もまた何かを感じているらしく、すでに笑顔は消えていた。


 私たちは車外の景色を注視した。車は丁度街中の通りを抜けてバイパスに出る所だった。流れていく街並。ビルの窓。通りの人込み。右へ左へと視線を巡らせて、また顔を見合わせる。


 葉月の大きな瞳が確信に揺れていた。そう、私もいま明らかな敵意を捉えた。

 私たちは同時に後ろを振り返った。後部ガラス越しに大型トラックのキャビンが接近するのが見えた。


「――孝太郎、スピードを上げて!」


 葉月が叫ぶと同時に車体が激しく揺れる。大型トラックがぶつかったのだ。


「嘘でしょ! こんな街中なのに!」


「そんなこと宇宙人に関係ないでしょ!? それよりもあのトラックから無数の気配が漂ってきてるわよ!」


「え? そうなの?」


 私はそこまで感じとれていなかったので、葉月の能力に素直に感心してしまう。身を乗り出してトラックの運転席を見上げると、中年の男性ドライバーの姿が見えたが、ドライバーはハンドルを握ったまま頭を垂れている。私が葉月にその事を告げると舌打ちをして、


「操られてるんだわ。関係の無い人を攻撃する訳にはいかないし……孝太郎っ、とにかく逃げて!」


 私たちの乗ったエルグランドは更に加速する。二つある車線を行ったり来たりして、前方の車を抜き去って大型トラックを引き離す。


「――赤信号よ!」


 私は叫ぶ。しかし、


「孝太郎行っけええええええええええええええ!」


 と、葉月の叫び声を合図に鞭を打たれた競走馬の如くエルグランドが更に加速した。

 前方の赤信号を無視して交差点を無理やりに突破していく。左右から飛び出してきた車からクラクションが響き渡り、急停車した軽自動車に乗ったおばさんの驚いた顔が一瞬で通り過ぎていく。

 後ろを振り返ると、同じ様に大型トラックも交差点に進入して乗用車を蹴散らしながら交差点を渡りきったところだった。


「もう無茶苦茶だぁ……しかもまだ追いかけてくる」


「でも大丈夫、これだけ引き離せればあと少しで完全にまけるわ」


 しかし葉月の楽観的な意見とは裏腹に、リアガラスの向こうでは異様な光景が展開していた。

 大型トラックが隣の車線を走っていた黒のレクサスに急接近すると、荷台のアルミパネルの横側のドアが勢いよく開いたのだ。

 

「――!? ちょっと何か変よ!」


 私が声をあげると、葉月も身を乗り出して後ろを振り返る。

 大型トラックのアルミパネルの横側にあるドアから、次々と黒い物体がレクサスに飛び移っていくのが見えた。こじ開けられたサンルーフの破片が後ろへ吹き飛ぶと、黒い物体が一斉に車内へと侵入していく。


「何なのよ、あれ!? まさかさっきの蟲じゃないの……!?」


 葉月の声は震えていた。先程の経験は余程悍ましかったらしい。


「違う、蟲じゃない」


「じゃあ、なんなのよ!?」


「わかんないよ、私に聞かれても……!」


 私もパニくっていた。恐らく校舎の屋上で感じた見えない無数の気配の正体であることは間違いないはずだったが、正体の一部が明らかになったからと言って自動的に対抗策も浮かび上がるわけではなかった。

 私には圧倒的に知識も経験も足りない……

 そんな風につい弱気になって考え込んでいると、隣の葉月が叫んだ。


「来たわ! 孝太郎っ、もっとスピード出して!」


 キャビンを黒い物体に占拠されたレクサスは豪快な加速力で一気に車間距離を詰めてくる。確かあの車種は5リッターのV8で国内最強のセダンだった筈だ。車雑誌で得た情報が脳裏を一瞬で通り過ぎて行く。

 こんなミニバンでは直線じゃ全く勝負にならない。


「――そこを左に曲がって!」


 咄嗟に出した私の合図に遅れる事なく、孝太郎君は即座に反応して急ブレーキと急ハンドルで巨体を一気に左に向けさせた。しかも完全に失速させないよう途中でアクセルを床まで踏み込み、そのせいで外側へ大きく膨らみ始めた後輪を逆ハンドルに切るカウンターステアというテクニックで、巨体のミニバンを意のままに操ってみせた。


 孝太郎君の頼りない感じからは想像もつかない見事すぎるドライブテクニックで、ミニバンはバイパスから県道へと入る。直後まで迫っていたレクサスは反応が遅れて交差点を少し過ぎてから慌てて急停車していた。更に県道に入ろうとバッグしようとして、後続車とぶつかりそうになっている。

 これでかなりの距離と時間は稼げる筈だ。


「このまま道なりに走って、最初の道を右に曲がって!」


 家の近くの森には造成工事途中の空き地がある。住宅地開発を知った父親が慌てて買い占めた後、ずっとそのままの状態で放置してある場所だ。そこなら人も居ないし十分な広さがある。こんないつ事故が起きてもおかしくない状況よりは、その空き地に誘い込んだ方がマシに思えた。


 私は学生鞄からケータイを取り出した。見た目は日本製のどこにでもあるケータイだったが、中身はカンナニラ銀河製の通信端末だ。

 そして姉貴の番号を押そうとしたが、親指が固まったまま動かない。

 例え普段仲の悪い姉妹でも一応は肉親だ。この命が懸かった危機的状況ならば、あの姉貴でも助けに来てくれるかもしれない。


 しかし、私は葛藤する。

 姉貴に助けてほしいのか、ほしくないのかで言えば、助けてなんてほしくはなかった。しかし、私がどこまで出来る……?

 私がケータイを握り締めたまま自問自答していると、車は既に空き地に飛び込んだところだった。


「こんな空き地に来てどうすんのよ!?」


 葉月が私の顔を見た。

 私はケータイを鞄に押し込んで言った。


「――ここで迎え撃つ!」


「やっぱそーなるわけね。孝太郎、止めて」


 エルグランドは空き地のほぼ中央で、ドリフトして正面を道路側に向けて止まる。

 そしてすぐにレクサスと大型トラックの姿が見えたと思った瞬間、レクサスのキャビンから発射された緑色のプラズマ球が私たちの乗ったミニバンの前輪に当たって、車体は三メートルほど宙に浮いた後で地面に激しく叩きつけられていた。


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