レポート9
「――ち、ちょっとどこに行くのよ?」
ドーナツショップを出ると、柊葉月は何も言わずにスタスタと歩いて行くので、私は思わずその背中を呼び止めた。
「なあに? 本田君はああ言ってたけど、私は自分の事は自分で決める主義なの」
と、柊葉月は振り向きもせず歩いて行くので、私はカチンときて彼女の前に回り込んで両手を広げた。
「だから待ちなさいってば、こけし女!」
「……こ、こけし女じゃないって言ってるでしょ! 私は柊葉月! 何度言ったらわかるのよ、このへっぽこ宇宙人!」
「琴乃ちゃんを……私の友達をどうしても助けたいの! お願い、力を貸して!」
「なんで私が? そりゃあなたの友人には同情はするけれどこう見えても私は忙しいの。霊能者としての仕事だって三ヶ月先まで予約で一杯なのに、今回のイレギュラーな出来事のせいでスケジュールはもう完全に遅れちゃってるの。だいたいあなたも宇宙人ならなんかすっごい必殺技とか持ってるんじゃないの? ほらウルトラマンみたいに飛べないの? それとも目からビームとか出して悪い奴等をやっつけちゃえばいいじゃない」
柊葉月は思いっきし私を見下した様に嘲笑う。
「――これ!」
言い返す事も出来なくて私は苦し紛れに学生鞄からこけし人形を取り出して、彼女の目の前に突き出した。
「な、なによ? 昨日私があげた物じゃない」
「あなたがこんな物渡すから、今日学校で恥ずかしい思いしたんだから――せ、責任とってよね!」
「せ、責任て君ぃ……」
柊葉月は関西弁のアクセントでぼそりと呟く。そして体をくの字に曲げたかと思うと体が小刻みに震え始めた。口を押さえている指の隙間から噛み殺した笑い声が漏れてくる。
私は顔が真っ赤になっているのがわかった。
「ひ、人が真剣に話しているのになに笑ってんのよ!?」
「だって、責任取れだなんて――」
と、おおっぴらに笑い始める。
「よかったら行列の出来る法律相談所を紹介してあげようか?」
「もういい!私一人で琴乃ちゃんは取り戻してみせるから! あなたみたいな人に協力してもらおうと思った私が馬鹿だった!」
私は恥ずかしさも手伝ってこけし人形を握り締めて通りを歩いて行く。すると後を追いかけてきた彼女が涙目で、
「――ごめんごめん、ちょっといじわるしてみただけだからそう怒んないで。やっぱりあなたにこけし人形あげたの正解だった」
と、馴れなれしく肩に手を回してくる。しかも挙げ句には、
「おかげで随分と笑わせてもらったわ。さあ行こ――」
などと言うものだから、私はきっと睨みつけてやった。だけど彼女はそんな事お構いなしに、私をどこかへと連れて行く。
そうして着いた先は駅の構内にある貸しロッカー室だった。
私が怪訝な顔つきを浮かべていると、柊葉月は意味ありげな微笑みを口許に浮かべて、制服のポケットからキーを取り出して44番のロッカーを開けた。
彼女が中から取り出した物は黒色のゴミ袋だった。足下に置いて口を広げると、私に目配せをする。
私は言われるままに覗き込むと、つんと鼻を突き刺す異臭に顔を歪めた。
「うげえっ。なにこれ……!?」
ゴミ袋の底にあった物は肌色をした球状の物体だった。表面はかさかさに乾燥していて、所々に細かいひび割れが起きている。大きさはソフトボール位でそれが全部で8個あり強烈な腐敗臭を放っていた。
「もしかして腐ったダチョウの卵とか……?」
私は鼻と口を押さえて柊葉月を見た。彼女はゴミ袋の口を塞いで三重に縛り付けると神妙な顔つきでこちらを見た。気の強さを感じさせるやや吊り上った両目の奥で一瞬冷たい影が駆け抜ける。
「これ、昨日のトカゲ人間のお腹から出てきたの。だからもしかしたらあいつの卵かもしれない……」
「卵……確かにカンナニラ銀河には卵胎生の高等動物が居ることはいるし、ピックパークの種族がもしかしたらそうだったかもしれない……」
そこで私は昨日タッキーから資料をもらった時にどうしてそのことを調べようとしなかったのかと後悔した。僅かな資料でもやれることはもっとあった筈で、犯罪者の経歴や出自、特徴などは最たるものだ。
なのに私は心のどこかで自分がハンターになるためにどこかの誰かが御膳立てをしてくれるものだと思っていて、だからあの僅かしかない資料を前にした時に主体的に動こうとしなかった。動けなかった。ただ悲劇のヒロインぶって、今回のチャンスは自分が望んだものとは違うとあっさりと諦めていた。
そんな自分の不甲斐なさに唇を噛み締めていると、柊葉月がまるで私の心が落ち着くのを待っていたかのようにゆっくり口を開いた。
「でも、この卵みたいなのから居なくなった女の子たちの気配を強烈に感じるのは何故……?」
「やだ!」
私は思わず半歩後退りしていた。半歩で止どまれたのは、私にもプライドがあったからかもしれない。ハンターの家系に生まれ、ハンターを目指していると言うプライドが。
「……マジっすか?」
「うん。あなたなら何か知っているかと思って」
「ごめん。でもどういうこと……?」
「言葉のままよ。この卵みたいな物体からは失踪した少女たちの気を感じる。少女たちの気は突然街のいたるところで糸が切れたみたいに途絶えていたから、てっきり死んだのかと思っていたけれど、恐らくあのトカゲ人間の体内に取り込まれたせいで気配が掴めなかっただけね。と言ってもどこかで生きているとも言えないけれど…… はっきりしているのはトカゲ人間のお腹からこの物体が出てきて、何故か少女たちの気を強烈に発している。例えば人が死んだ時に長年愛用していたペンとか衣服から、その人の残留思念を感じ取れることはあるわ。でもこの卵は違うのよ。残留なんてレベルじゃない。本人そのものなのよ。生まれて初めてよ、こんなケースは。この少女たちの気を発する卵のような物体がなんなのか。宇宙人のあなたがわからないならば、私なんかもっとわかるわけないわ……」
「ご、ごめんほんとに……」
なんだか謝ってばかりいるとどんどん自分が無価値の矮小な存在に思えてきて泣きたくなってくる。こんな有様でよくハンターになりたいと思っていたものだと、自分自身でも呆れてしまう。
「ふふ、謝ってばかりね。さっきまでの威勢はどうしたの?」
「……ごめん。私はこの僅かな時間の間に自分というちっぽけな人間がいかに無能な役立たずで、単なる身の程知らずの夢見る小娘だったかを思い知らされたから、はっきり言ってもう家に帰る……」
と、帰りかけた私の腕を彼女は掴み、
「なに言ってるの。こういうのはギブアンドテイクでしょ。自分だけおいしい思いをして帰る気!?」
「へ? 何の事?」
「私は自分が知ってる事を一つ教えたわ。だから次はあなたの番――」
「そ、そんなこと言われても私ってばほんとに役立たずで、あなたみたいに能力も無ければキャリアもないただの小娘の訳で……ほんとごめん。もう早くうちに帰って布団にくるまりたい……」
「ほんとにさっきからどうしたの? 急に卑屈になっちゃって。そりゃ私と言う天使を前にして自信を失くすのはよくわかるけれど、そんなに自分を責めちゃだめよ。あなたは単に私をその辺のジャガイモかなにかだろうと見誤って、こいつにならば勝てるだろうと思って噛み付いてみた。だけどジャガイモだと思った相手は実は磨きぬかれたダイヤで子猫ちゃんの牙はポッキリ折れてしまった。ね? あなたは何も悪くないでしょ。天使でダイヤの私が原因なんだから」
なにホザいとんのじゃこけし女、とつっこむ気にもなれず――いや、言い回しは気に食わないが案外彼女の言っていることは当たっているかもしれないと思いつつ、私がロッカー室を出て行こうとすると後ろから抱き着いてきて、
「ま、それは置いといて。とにかくあなたにもギブできる秘密が一つあるでしょ。何故あなたには猫のイメージが付きまとうのかって事」
と、おかっぱ頭をした自称天使でダイヤの彼女は小悪魔の様に微笑んでいた。
「いや、それはちょっと……お話するようなことでもないですし……」
そうやって私が躊躇していると、彼女が咳払いを一つ。
「琴乃ちゃんの居場所なら私の力で探せるかも――」
その言葉で私は重大なことを思い出した。こんなところで落ち込んでいる暇ではなかった。エンストしかけだったエンジンがギリギリのところで空気と燃料を吸い込んで回り始める。
「ほ、本当だね! 嘘だったら絶対に許さないから!」
「任せて。私を誰だと思っているの? 死神も跪く柊葉月とは私のことよ」
と、彼女は腕を組んで自信満々な顔で私を見下ろしてくる。モデルのように細いスタイルで威風堂々としている様はムカつくほど絵になっていて、心なしか後光が差して見える。
「――じ、じゃあ少しだけ……」
私は破裂しそうな胸を押さえて周りを見渡す。今ロッカー室に居るのは私たち二人だけだ。
一度大きく深呼吸をしてからゆっくりと赤いカチューシャに腕を伸ばす。その指先が微かに震えていた。
目の前の柊葉月は期待に満ちた顔つきで私の一挙一動に注目していて、その絡み付く視線に緊張が加速する。
これも琴乃ちゃんを助ける為だから――
そう自分に言い聞かせて目をつぶって一度大きく深呼吸した後で、カチューシャを掴んだ両手をぐいっと天井に向けて突き出した。
するとロッカー室に壊れたサイレンのような悲鳴が響き渡って、私の体が激しく揺れた。
そろりそろりと目を開けると、眼前には興奮して紅潮している彼女の顔があって私の肩を激しく揺らしていた。目線は幼児が遊園地のピエロを見るみたいに猫耳に釘付けになっていて、
「やだ! 本物!? これ本物なの? 可愛い~、チョーカワユスチョーカワユス!ね、ね、触っていい? 触らして触らして、いいでしょ、いいでしょ!? ああーん猫耳ラブどっきゅん!」
と、猫耳を摘んだり引っ張ったり、突っ突いたりしている。
私は、生意気でどこかミステリアスなイメージのあった彼女のこのリアクションに戸惑い、半ば呆然と彼女のするがままに頭を預けていた。
「――今まで本田君にいろんな宇宙人の話を聞いてたの。アメーバーみたいな奴やタコ型の宇宙人とか――でも私が一番会ってみたかったのが、猫耳の宇宙人だったの! まさかホントに会えるなんて夢みたいぃぃぃぃぃぃ!」
私は彼女の喜ぶ顔を見ながら胸の奥底でホッとした様な安堵感を感じていた。少なくとも猫耳を見て絶句されるよりかは十倍も二十倍もましだった。
この時はまだこの目の前に居る柊葉月と言う女の子が、一生涯を通じての友達になるなんて知るよしもなかったけれど、ただカチューシャの分だけ何だか心が軽くなった様な気がして、猫耳を熱心にいじる彼女の顔を、知らず知らず浮かんだ笑顔のままでしばらくの間見上げていたのだ。




