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白銀月夜の狼  作者: 露草緋織
1章 白銀との邂逅
2/15

1-1

 

「あーあ、何でこんなことに……」


 コートに首巻に手袋に、と体中を防寒具で包み込んだ少年は小さく息をついた。

 青い瞳に金髪が眩しく光るこの少年の名は、カーティス・エアルドレッド。エアルドレッド伯爵家の三男坊である。

 歳は十三。何となく大人に近づいてはいるが、その顔にはまだ子供特有のあどけなさがしっかり残っている。良く言えば「可愛らしい」、悪く言えば「童顔」だ。

 何故彼がこんな時間にこんな所をうろついているのかというと、

「そもそもティファニーとカイルが悪いんじゃないか。僕は何もしてないし。ティファニーのただの自業自得なのに……」



 昨夜はカーティスの姉・ジュリアナの十六回目の誕生日だった。

 普段から美しい姉だ。誕生日ということで侍女が気合を入れて召かしこんだジュリアナはいつもより増して美しかった。カーティスは昨夜のジュリアナへは「美しい」「綺麗」しか口から出なかった。他にこの姉を飾りたてる形容詞を思いつかなかったのである。

 でも……。

 でも、姉さまはお化粧なんかしなくても、とっても綺麗だよ。

 素直に述べるとジュリアナは、ニコッと白い歯を覗かせながら、「ありがとう。今日一番嬉しい賛辞をもらったわ。大好きよ、カーティス」と白く華奢な腕でたった一人の弟を抱きしめた。

 その美しさと同等に、ジュリアナは心も美しかった。困っている人を放っておけない性格なのだ。病気で道端で転がっている貧しい乞食の少年を屋敷まで運び入れ、看病したこともある。

 そんなジュリアナ嬢を祝おう、とエアルドレッド家に招かれた貴族が沢山屋敷に足を運んだ。勿論、親戚のベックフォード子爵家も。

 ティファニー・ベックフォード。

 茶髪の巻き毛が可愛らしいティファニーは6つ年下の7歳。カーティスとは従兄妹になる。カーティスの母とティファニーの父が姉弟なのだ。即ち、ベックフォード家はカーティスの母の実家だ。

 ティファニーは、ジュリアナに「ジュリアナ、お誕生日おめでとう」と抱擁を交わした。その後ウロウロしていたのだが、食事の準備をしていた侍女にぶつかり、その弾みで侍女は持っていた食事を食器ごと床に落としてしまった。それを見ていたジュリアナは、「用意が出来たら呼んでもらうから、カーティスの部屋で遊んでいなさいね」と柔らかく微笑んで「あとは頼んだわよ」とカーティスの耳に囁いた。

 

 ティファニーに部屋で一緒に遊ぼう、と告げるとティファニーはタタタッと走り出した。ティファニーはよくこの屋敷に遊びに来ているので、何処にどんな部屋があるのかよく知っている。階段を一目散に駆け上がると、まだ登っている途中のカーティスを急かした。

「はやくはやく! はやくしないと部屋を荒らしちゃうわよー」

「無駄だよ。闖入者が勝手に入らないように鍵をしてあるから。そして鍵は僕が持ってる」

 巻き髪少女は、カーティスの答えにぷくっと小さな頬を膨らませる。

 ようやく部屋の扉の前に辿り着いたカーティスは、ポケットから黄金に輝く鍵を取り出した。鍵穴に差し込み回すと、ガチャ、と錠が外れて扉が開く。

 カーティスの部屋に入ると、あの動作の何が不思議なのか、ティファニーは小首を傾げた。

「ねぇ、何で鍵なんかしてるの? カーティスを狙う悪者でもいるの?」

 どうやら動作が不思議だったのではなく、何故鍵をしているのかが気になったらしい。

 カーティスは小さな巻き髪少女の質問に答えてやる。

「僕はこう見えても伯爵子息。現在のところ、爵位継承権第3位だよ? 暗殺者がいたとしてもおかしくない」

 まぁ、どうせ僕に継承権なんかまわってこないだろうけどね。だって予備の予備だから。

「あんさつしゃ? それなあに?」

 やっぱり小さな巻き髪少女。頭の中も小さいらしい。カーティスの言葉は恐らく半分も理解できていない。

「物陰からそおぅっと覗いて、隙をついてこうグサッ、とやる奴らのことさ」

 カーティスは自分の胸を突き刺す真似をした。ティファニーは怖がるだろうと思ったが、この幸せ少女に『恐れる』という感情は多分ない。ぴょんぴょん飛び跳ねて楽しそうに笑った。跳ねるたびに、ドレスの裾がヒラッヒラッと舞う。

「こら、貴族の息女たるもの、はしたない行動をしちゃいけないよ。ブライスさんにも怒られたんだろ?」

 ブライスさん、というのはティファニーの女性教育係(家庭教師)だ。目まぐるしく動くティファニーを見つけては諌める。このお転婆少女を育てるのだから、きっと骨は折れまくるんだろうなぁ。

 ブライスの名前が出ると、いつも途端に大人しくなるティファニーだが今日は違った。

「はしたなくなんかないもん! この前ジュリアナだってティファニーとおんなじようなことしてたもの!」

「姉さまがティファニーみたいなことするわけが……」

 ハッとして口を噤む。思い当たることがあったのだ。

 ジュリアナはもう17。もうそろそろ社交界デビューをしてもおかしくない。社交界デビューをして婚約者を見つけるのだ。

 そのためにはダンスを踊れなければならない。これは嗜みなんだとジュリアナが言っていた。

 恐らくティファニーはジュリアナがダンスの練習をしていたのを見ていたのだろう。しかし、ジュリアナの(きっと)素晴らしいダンスと、巻き髪少女が飛び跳ねたのが『おんなじ』なわけがない。そこは訂正する。

「違うよ、ティファニー。姉さまのとは違うんだから、人前で飛び跳ねちゃだめだよ。ブライスさんが首根っこを摑まえて怒るよ、きっと。いや絶対」

 と今回は効果があったようだ。ティファニーは興奮のため真っ赤になっていた顔がスッと鎮静した。そしてそのまま喋らなくなった。

 そのまんますぎるな、と苦笑。カーティスは優しく巻き髪頭を撫でてやった。

「ごめんごめん。ほらこれで機嫌なおしてよ。ティファニーには明るい笑顔が似合うよ」

 カーティスはそう言って立ち上がり、ある物を手に取って戻ってきた。

 それは、


「うわぁ、すごい! 鳥なんて初めて見た!」

 ティファニーは声を荒げて、くるん、とした目を輝かせた。

 カーティスが持ってきたのは鳥籠だった。中には水色や青などの色鮮やかな鳥。カーティスが12歳の誕生日のとき、ジュリアナからもらったのだ。

「可愛いだろ。名前はカイルっていうんだ」

「へーぇ。カイルっていうんだ。かーわぁいい!」

 語尾をやけに伸ばして、ティファニーはニコニコ顔だ。そりゃそうだ、鳥なんて滅多に見ないもんな。最近はとっても寒いし。そうでなくても僕たち貴族はほとんど屋敷から出ないし。

「あれ? どうしたのかな、カイル?」

 何かしたのかティファニー? とカーティスは一緒に鳥籠を覗き込む。

 カイルの粒のような黒い瞳は、ティファニーの胸辺りを見つめて微動だにしない。

「ああ、ティファニーのこのブローチが気になるんだよ。鳥は光るものが好きらしいし」

「へぇ、そうなの。ねぇ、カイルを籠から出していい?」

 ティファニーがあまりにも笑顔を輝かせて言うものだから、カーティスは許可した。

「いいよ。カイルは賢いから合図すればすぐ籠に戻るよ。例え外にいてもね」

 と言うと、ティファニーはカイルを鳥籠から出した。そして胸元のブローチを外してカイルの足元に置く。

 カイルがブローチを興味津々で覗き込んでいる間に、ティファニーは窓際に駆け寄ると窓を開けた。瞬間(当たり前だが)冷たい風が部屋に吹き込んできた。

「ちょっ……。やめてよティファニー。寒いじゃないか」

「少しだけ少しだけ。ほぅらカイル、外に出てごらん」

 カイルは飛び立った。

 ティファニーのブローチを嘴に携えて。


「ああ――――――――っ!!」


 ティファニーの絶叫が屋敷中に響き渡った。カーティスはティファニーの口を塞ぐことしか出来なかった。

 



 ―――こうして冒頭に戻る。

 あのあとすぐカーティスは口笛を吹いてカイルを部屋に戻らせた。

 戻ってきたカイルの嘴には何もなかった。きっと重みに耐えきれずどこか(恐らく森。カイルは外に出せば絶対森に行く)に放置してきたのだろう。

 ティファニーは泣きぱなっしで、カーティスが慰めたが落ち着く気配がなかった。ブライスを呼ぼうとしたが憚られた。あのブローチはティファニーの祖母の遺品なのだから。

 ジュリアナの誕生祝いには何とか涙は引っ込んだが、目は真っ赤に充血したままだった。食事をそこそこで席を立ち、ティファニーはブライスに連れられ客室に籠ってしまった。


「ああもう、何処だよ。あんな小さいブローチなんか見つかるわけない……」


 屋敷を出てからもうそろそろ小一時間になるだろう。手は悴んで、身体には血が巡っていない気がする。

 もう諦めて帰ろうとした時に、小さな、しかしよく響く鈴の鳴るような声がカーティスを引き留めた。




「探し物はこれか……? 朝早くからご苦労なことだな……」



 ―――――雪と同じ白銀の髪が見えた。

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