2-6
さわわ、と冬独特の冷たく乾燥した風が森の中を吹き抜けた。雪は止んだが、辺りの雪は溶ける気配がない。白銀の背景は、いつも通り。そのまま。
極寒の森の中で、抱き合う二人の男女がいた。
一人は眩しい金色の髪に透き通る青い瞳。もう一人は癖のない白銀の髪に、濃蒼色の瞳。この世のものとは思えない白い肌の儚い美貌。しかしこの厳寒の地には不向きの薄い袖なしワンピースを着ている。丈も膝までしかなく、彼女の華奢な腕や脚はさらけ出されている。
そんな軽装では凍え死にそうだが、彼女は身震いひとつしない。寒さなどは感じないのだろうか。
風が通り抜けるたびに、彼女の白銀の髪が靡く。空高く聳える塔の先で棚引く旗のように。
「……フェリシア」
「なんだ」
フェリシア、と呼ばれた少女は金髪の少年を見上げた。白銀の長い睫毛が怪しく光る濃蒼色の瞳を縁どっている。
「――改めて言うよ。フェリシア、君は何か僕にしてほしいことはない? ブローチを拾ってくれたお礼として」
厳かに慎重に、言葉を選ぶように少年・カーティスはフェリシアに語りかけた。うやむやになってしまった過去を払拭するために。これは彼女のためにも、自分のためにも。
そしてフェリシアもカーティスと同じく、過去に上書きするように言葉を織った。
「――私の願いはただ一つ。探してほしいことがあるのだ。……カーティス、私と共に探してくれないか」
フェリシアは前回の台詞とは一部分変えた。『お前』を『カーティス』にしたのだ。
嗚呼、あいつ以外の名を口から出すのは初めてだ。お前が、カーティスが私にとっての初めてになるのだ。
過去の出来事、嬉しかったこともつらかったことも一瞬で走馬灯となって駆け廻る。
フェリシアは瞼をそっと下ろして視界を暗くした。自分の分身以外が自分に触れる感触は、より鮮明になって。
あの時は生きることなど知らなかった。ただ、あいつの傍に居られることだけで。本当にそれだけで良かった。
カーティス、お前は私に何かを示そうとしているのか。だとすれば私は正しくその意味を汲み取らねばならない。それはお前のためにも、私のためにも。そして、あいつのためにも。
私は待つだけだった。森という殻に閉じこもって孤独を纏い続けてきた。だが、待つだけでは駄目なのだ。カーティスが何度も私を捜しに来てくれたように。探す、出逢う、ということは待ち続けるのではなく、自らの足で出向き、自らの耳で音を鼻でにおいを、目で確信を得るということ。
ここでしか生きられないというのは、きっと嘘だ。孤独が更に深くなるのを恐れて、自分を保護膜で覆っていただけなのだ。
生きる意味とあいつを探し見つけるために、私は。
「この森を出たい。外の景色を見てみたい。外を自分の足で歩いてみたい。耳で鼻で目で、今までにはなかった新しいものを感じ取りたい」
いつもにはない、舌が軽やかに回る様をカーティスはじっと見つめていた。
今この瞬間を、そしてこれからを大切にしていきたい。フェリシアの濃蒼色の瞳はそう語っていた。
カーティスは密着させていた身体を名残惜しそうに離した。フェリシアも黙って白い腕をカーティスの背中から離した。
「……フェリシア」
濃蒼色の瞳がカーティスの瞳を見つめる。
「僕と一緒に、外へ行こう」
「……――ああ」
冷たい風がまた吹き抜けた。
***
「カーティス」
凛とした小鳥のように高い声がカーティスの足を止めさせた。
図書館へ向かう階段。そこですれ違ったのは宝石よりも明るく煌びやかな琥珀色の柔らかい髪。筋が通った鼻に真紅の薔薇を咲かせたような唇。そして、視線を吸い込んでしまいそうな宝石そのものの瑠璃色の瞳。髪の色は異なるが、ジュリアナと面影がそっくりなこの女性は。
「――母さま」
エリノーラ・エアルドレッド。旧姓ベックフォード。そう、四兄弟の母親だ。
エリノーラは紺をベースにした見事なドレスの裾をさばきながら、カーティスに近づいた。胸元に控えめに飾られた白いレースが歩くたびにふわふわと揺れる。
至近距離で見ると、琥珀色の髪と瑠璃色の瞳は鮮やかさを増す。一言では言い表せない美貌。カーティスは幼いころ、この母は宝石で創られていると勘違いしていたほどだ。
エリノーラは薔薇よりも艶やかな唇を開く。
「カーティス。この寒い中、最近よくどこかへ出かけているようね」
その美貌を直視できないのか、恥ずかしいのか、母なのに何故かまごついているカーティスにエリノーラは誰よりも美しく完璧な微笑を浮かべて、手袋越しに息子の手を握った。ほんのりと温かい体温が二人の身体を滑るように伝っていく。
最近は母は晩餐会や舞踏会、息子はいつも通り勉強漬けの日々だったので直接顔を合わせる機会が少なかった。久しぶりの息子の手の感触は父兄には劣るが、母にはない硬さを纏い始めていた。嗚呼、もう息子はただの可愛らしかった息子ではないのだなぁと思い知らされた。子供の成長を喜ばない親はいない。だから大人へと姿を変え始めた成長は勿論嬉しいのだが、いつまでもちっちゃな愛らしい息子をみていたかったと思う自分もある。人形のように軽々と抱っこをしていた日はもう遠い過去の話だ。
「あの、それは誰から……?」
「ジュリアナからよ。寒いのに出歩いて風邪なんか引かないかしら、って心配していたわ」
そう言ってエリノーラは息子の手をしっかりと握りなおした。ジュリアナと同じように細い手首や指を、カーティスも握り返す。
「姉さまが……」
「そうよ。ジュリアナはあなたが産まれたときからべったりだったもの。一人の弟がよっぽど可愛いんでしょうね。勿論母も」
母の言葉に一気にぼっと赤くなったカーティスを見て、エリノーラはふふっと笑い声を漏らした。二人の兄では見られなかった反応だ。何だ、まだウブなちっちゃい息子だわ、と安堵する。可愛すぎるので、からかってやることにした。
「ねぇ、いつも何処へ忙しく馬車を走らせているの? 抱きしめたい女の子を見つけたのかしら?」
「…ぇ、あ、……それ、は……」
言葉を濁らせている様子を見て、どうやら図星ね、と笑う。
何とか否定しようとしているカーティスに、エリノーラは追求を緩めない。
「逢い引き?」
するとカーティスは林檎がはち切れそうになった後、撃沈した。
あらいけない。恋愛経験がない息子に踏み込みすぎちゃったわ。
エリノーラは真っ赤になって俯いている息子の頬に手をあて顔を上げさせると、ジュリアナよりも柔らかく微笑んだ。この微笑みはきっと天使でさえも敵わないであろう。
「大好きな人ができたのでしょう。だったら恥ずかしがる必要も隠す必要もないわ。堂々としてなさい。大好きな人を見つけられるというのはとっても素晴らしいことなのだから」
カーティスは驚いたような表情をすると、母に尋ねた。
「素晴らしい……?」
「ええ、とっても。その人が運命の人なら尚更ね」
「では、母さまの運命の人とは……?」
つぶらな瞳をして真剣に訊いてくるカーティス。そんなに大切な女の子なのね、と微笑ましい。
「それは勿論父さまよ。巷じゃ貴族の家は政略結婚だなんて言ってるけどね。私とエルバートは確かに運命でつながっていると信じているわ」
父さまと言わず、名で呼んだエリノーラの顔の中に、若く恋する娘の顔が垣間見えた。今は夫婦となった昔の二人を思い浮かべているのだろう。その出逢いから今現在までどれほど幸せだったのかがよく分かる。
「運命の出逢いは時間を選ばないわ。この人だと思ったら、雑音を気にせずその人だけを愛しぬきなさい」
そう言うと、母は息子を思い切り抱きしめた。エリノーラの身体からはジュリアナと同じ香りがした。
更新遅すぎですね……。
カーティスの母ちゃんと姉ちゃんは優しい良い人です。
私はゴスロリ大好きなので、機会があればそういう服着てみたいなぁ。
個人的にフェリシアがゴスロリ着てるのが見たい……。誰かイラスト描いてくれないかなぁ。