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一部

 第一豊崎中学校の三年生である雪花沙之せつか さゆきは間違いなく学校のアイドルである。

 今年の生徒会長も勤める、絵に描いたような優等生である彼女は、この俺、岩城雄吾いわしろ ゆうごの幼馴染である。

 他の生徒達にとっては、高嶺の花である彼女に気安く近づくのは俺くらいだ。周囲から、嫉妬や恨みのこもった視線を向けられる事も多いが、それも、もう慣れたものである。

 今日も、他の生徒も多い昼休みの廊下で、彼女の姿を見かけて俺は声をかけた。

「よう。ちょんまげ」

 それを聞くと、沙之はギロッと俺の事をにらみつけた。そして、俺に近づいてきて顔を俺の目と鼻の先に近づけてきた。

 ここで、周りの視線が痛くなってくる。ここまで顔を近づけて何を話しているのか、周りの奴らは気になるところだろう。

 だが、実際にする話はそんなにいいものでもない。小さな声で言ってくる。

「学校で私の事をそう呼ぶな!」

「隠すことないだろう? みんなに言ってみたらどうだ? 意外とウケルかも」

「言ったらコロス……」

 品方向性で、周りからの信頼も厚く、成績も優秀な生徒会長として周りには通っている沙之は、普段の彼女からは到底想像できないようなドスのきいた声で言ってきた。

 だが、何を言ったところで、俺には効かない。夜の俺は、こいつよりも何倍も怖い奴らと戦っているのだ。このくらいでは何も感じはしない。

 何を言っても無駄だと感じたのか? 沙之は、ウエーブのかかった、軽く染めた髪を揺らして振り返ると、俺の前から去っていってしまった。

「沙之さん。何を話したんですか?」

 近くにいた女生徒が沙之にそう聞いてきた。

「なんでもないのよ……」

 言葉を濁して話をうやむやにした沙之は、その女生徒と一緒になって歩いて、自分の教室に戻っていった。


 ここは閑静な住宅街である。そこに、隣り同士で立つ、普通の家が俺の家と沙之の家だ。

 この辺りは建て売りの物件であった、似たような外観に、似たような構造の家が並んでいる住宅街である。

 俺は、お袋に言われてすぐ隣にある沙之の家にまで向かった。

 作りすぎたおでんのおすそ分けというのが、その理由だ。

 俺がこんな雑用を喜んで引き受けたのも、実は沙之の事をからかうためである。

「沙之さーん。今日もちょんまげしていますかー?」

 わざと、何回もしつこく家のチャイムを鳴らすと、明らかに苛立っていると分かる足音が二階の部屋から降りてきた。

「ちょんまげ、ちょんまげ、うるさい! 面白いことを言っているつもりなの?」

「俺はすんげぇ面白いと思っているぞ」

 家のドアを開けたのは沙之であった。挨拶代わりに軽く会話をする俺と沙之。

 学校での彼女は、きちんと整えられた、シワ一つない制服を着て、背筋を伸ばして歩く姿だった。

 だが、今の沙之は、ダルダルの上下ジャージ、前髪が目にかからないように髪を結んで立てている。それに、この方が目が疲れないと言って、ビン底のような分厚いレンズの眼鏡を使っており、それらを総合して見ると、かなり野暮ったいモテなそうな女子にしか見えなかった。

 沙之は、俺がおでんを渡すと、素直に受け取った。

「少し上がっていく? いいお菓子もあるし」

 俺がこちらの家に来ると、いつもこいつは自分の部屋に、俺をあげようとする。

 こいつの家にはいつも上等な菓子がある。それにつられて、俺もホイホイとあがってしまうのだ。


 俺は、沙之の部屋にあがると、タンスの隙間に手を入れた。すると、中にはカビの生えたポテトチップスが入っていたのだ。

 うんざりした俺は、菓子の袋や、何かの包装紙で、てんこ盛りになったごみ箱の上に優しくポテトチップスを置いた。

 だが、もうすでに微妙なバランスでごみ箱に収納をされているごみ達の上に、ポテトチップス一つが置かれるだけの余裕は残されていないらしい。

 ポテトチップスは、はらりと落ちていく。

「この家、燃えるゴミの袋はどこに置いてあるんだ?」

 そう俺が聞くと、沙之はいつも通りに怒って返す。

「毎度、毎度! 何で私の部屋に来ると掃除をしようとし始めるのよ!」

「周りを見てわからんか?」

 これが沙之の秘密である。彼女は片付けられない女なのだ。

 しっかりとハンガーにかけられているのは、学校の制服くらいのもの。アイロン台が隅に置かれているが、それをどこに置いてアイロンがけをしているのか、問いただしたくなるくらいに、沙之の部屋には物があふれている。

 俺は床に落ちている服を拾い上げて言う。

「おい……この服には何かのシミが付いているが?」

「知ってるわよ。この前ケチャップをこぼしたの。もう着ないし、そのままにしておいて」

「何かが違わないか……?」

 捨てるなり、染み抜きをしてしまっておくなり、するもんなんじゃないだろうか?

 俺はそう疑問に思うが、沙之には、『何かが違う』などと言っただけではそこまで伝わらないようである。俺の言葉の意味がまったく分かっていないのが感じられる、キョトンとした顔をした。

 沙之が一階に降り、俺はこの部屋を掃除したくなるのを我慢しながら部屋で待った。

 見渡す限りぐちゃぐちゃの部屋。タンスの上まで雑多に物が置かれており、今にも崩れてきそうな状態だ。

 この中で、一つだけ何も置かれていない戸棚がある。そこには一つの写真が飾ってあった。

 そこに写っているのは、明朗闊達なのが分かる、とても楽しげな笑顔をした子供の写真だ。男の子と女の子が二人でじゃれあいながら写っている。

 何を隠そう、これは十年前の俺と沙之の写真である。沙之はこの部屋の中で、唯一その写真の周りには何も置かずにいる。

 埃一つ無い様子を見ると、そこだけは何度も掃除をしているようである。

「恥ずかしい……」

 過去の、ガキだった頃の自分の姿を見せられると、むしょうに恥ずかしくなってくる。何も知らず、毎日楽しいことばかりで、不安なんて何も無かった。

 沙之と一緒になって遊べれば、他に何もいらなかった頃の自分は、俺から見ても輝かしい。いまではこんなすれた中学生になってしまったのだ。

 一階から階段を上がってくる音が聞こえてきた。沙之がやってきたのだ。一人で勝手にアンニュイになっているなんて知られたら、沙之に笑われてしまうだろう。

 俺は、いつもの調子で沙之を迎えた。

「今日の菓子は何だ?」

 沙之の親戚が和菓子屋をやっているという話で、沙之の家の和菓子は特別に美味い。

 さらに、沙之自身がお茶の淹れ方だって学んでいるようで、ちょうどいい温度の緑茶を淹れてくるのが、また和菓子を美味くする。

「あんたは本当に色気より食い気ね」

「お前に色があると思ってるのか? 食い気に走るのも当然だ」

「そうなの……」

 自分としては憎まれ口に、憎まれ口で返しただけのつもりだった。なんか、地味にリアルな反応が返ってきた。

 沙之は、いきなり声を小さくして下を向いたのだ。

「ちょっと待て。なんだそのリアルな反応は……」

「なんでもないわよ。お茶が冷めないうちにどうぞ」

 険のこもった言い方をされる俺。

 気まずい……

 さっきの言葉の何がいけなかった……

 俺にはどうにもわからなかった。気まずくて、何もいえない俺。とりあえず、出された羊羹を口に放り込むが、どうにも美味いとは感じない。こんな不味い菓子を食ったのは初めてだ。

 羊羹を食う俺に、沙之は言う。

「ねえ、昔は良かったね」

 そして、沙之はあの写真を見つめた。

「昔か……」

 確かに小さな頃は楽しかった。今みたいな憎まれ口の応酬なんかはない。沙之とただの友達でいれたのも大きかった。

 今では、みんなから慕われる生徒会長と、無愛想なひねくれ者という、水と油のような人間同士になってしまった。

 ただ、思う。

「子供の頃は楽しかったさ。だけど、今は今の楽しみ方があるんじゃないか?」

 子供には、何もかもが新しくて、驚きの連続だった。この年にもなって、新しい発見なんてそうそうあるもんじゃない。

 それなりの経験を持ち、それなりに知っている事もある、今の楽しみ方というものもあるのではないか?

「例えば、何があるの?」

 沙之は、俺の目をじっ……と見つめながら言ってきた。

 また、こいつは何のつもりだろうか?

 いつもとは違う沙之の態度に、俺は気まずくなる。

「部活だってあるし、お前だったら顔も広いから友達ともっと遊んだりしたらいいんじゃないか?」

「他には?」

「……何があるかな……?」

 自分では、何があるのかまったく気づかない。何かを言わせようとしているのは分かっているが、何を言わせたいのか分からない。

「もういいわよ……」

 何か不満そうにしてそういう沙之。

 沙之の様子は変だが。俺は、この気まずい空気から開放されてほっとした。


 夜になると、俺の右腕に埋め込まれた宝石が熱くなりだす。

 部屋のテレビでサッカー中継を見ていた俺は、苛立ちながらも腰を上げた。

 勝負は終盤。俺ひいきのチームが0-1で負けており、残り時間が一分で、最後のチャンスのフリーキックを決めようという時の事だ。

「いいところだったのに……」

 不満が俺の口から漏れる。だが、それよりも重大な事態が夜の町で起こっているのだ。


 骸骨が何体も町を歩いている。


 D―105X

 

 そう呼ばれるウイルスが研究所から漏れ出し、人間や動物を凶暴化させ、町で暴れているというのだ。

 それは、ゲームや映画に出てくるウイルスのように、人をゾンビ化させて人を食って数を増やすように仕組まれている。

 それの数が増えないように見つけ次第殲滅をするのが俺に課せられた役目である。

「ウォーリア。A―12。変身」

 声紋認識で起動する、バックルの形をした装置に声をかけると、体がスーツに覆われていく。

 右手から順番に、まるで水が体の表面を浸透していくかのようにしてスーツは体全体に広がり、やがて、全身に装着をされた。

 頭に被ったヘルメットの中では、研究所の偉いさんの声が聞こえてくる。

「今回も任務に従事をしてくれて感謝をする」

「感謝の言葉はいいが、後任をそっちで探すって話はどうなったんだ? いつまでも『孤独なヒーロー』なんて、こっちもやってられないぜ」

「現在捜査中だ。なにぶん、素質を持つ人間というのはそう多くない。簡単に見つけられるものじゃないんだよ。君の事を見つけるのにも、どれだけ苦労をしたことか……」

 偉いさんの言葉に、俺は思わず舌打ちをする。

 本当ならば、こんな事は俺だってやりたくない。金はいくらか送られているようだが、痛いし、キツイし、そのうえ命の危険まである。どう考えても割に合う仕事ではない。

 俺は、手早く仕事を終わらせるべく、骸骨の方へと向かって走った。

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