観察8:遊園地
「はぁ……もうすぐ春休みも終わりだね。お兄ちゃん」
朝食。いつもより遅い食卓で雪奈がそんなことを愚痴る。
「そりゃ、初めからそんなに長い休みじゃないからな」
「ということでデート行こう?」
「行かない。以上」
「なんかすごいデジャヴを感じる……」
「デジャヴ?……あぁ、既視感のことか」
あったはずのないことを前にもあったように勘違いすることだっけか。
「いや、実際前にもあったことだし」
確か終業式の日に同じようなことがあった。
「だいたい、お前はもう少し脈絡を持てって。話の繋がりが全くないのはどうかと思うぞ?」
「うぅ……だって、お兄ちゃんとデート行きたいんだもん」
「それに前にも言ったが、デートってのは恋人同士で行くもんだ」
男女で遊びにいくことだけでもデートという場合もあるが、雪奈が求めているのはそういうものではないだろうし、建前として俺はそう言う。
「じゃあ恋人同士になろうよ」
「却下」
「そ、即答だよ……」
「だってお前だって分かってるだろ? オレは確かにお前のこと好きだけどそういう好きじゃないって」
「そうだけど………うぅ………」
「あくまでオレは『お兄ちゃん』だからな。あの時からずっと」
それはオレと雪奈が望んだことだから。そう簡単になくしたくないものだから。
「別に……お兄ちゃんで彼氏でもいいじゃん」
「とにかく却下」
(……あくまで雪奈はオレの『家族』だから)
そう自分に言い聞かせる。
「うぅ……とにかくデートはダメなんだね?」
「ああ。却下だ」
「じゃあ普通に遊びに行こうよ?」
「まぁ、春休みだしそれくらいはいいけど、どこ行きたいんだ?」
「遊園地!」
「遊園地ねぇ……」
時間的にはまだ大丈夫な時間か。
「んじゃ、瑞菜も誘って三人で行くか」
「うん!……ってなんで昔の人も一緒に!?」
「いきなりハイテンションだな」
「それくらい脈絡なかったからだよ!」
「はぁ……脈絡のことをお前には言われたくないが……とりあえず落ち着け」
「はぁ……ふう……」
これで少しは落ち着くだろ。
「……それで、どうして昔の人が出てくるのかな?」
「遊びに行くんだろ? だったら人数多い方がいいし。それにこの間チョコレートケーキ食べさせてもらったし」
「うぅ……確かに正論なんだよ」
「という訳で異論はないな?」
「はい……」
なんか無駄に落ち込んでる感じの雪奈は無視してオレはお隣さんに向かうのだった。
「というわけで、遊園地に行くぞ」
「全然どういうわけか分からないけど、おーけーだよ。とーくん」
さすが幼馴染。顔を合わした瞬間に誘ったのにOKするあたり流石だ。
「んじゃ、準備にどれくらいかかるか?」
「んと……30分あれば大丈夫だよ」
「それじゃ、準備が終わったらオレん家に来てくれ」
「了解だよ」
こうして、春休みも残り少ない今日。オレ達は遊園地なんて所に行くことになった。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! ゆうえんちだよ!」
「はいはいそうですね」
「あはは……とーくんてばなんだかテンション低いね?」
仕方ないだろ。電車に一時間もゆられてきたんだから。
「そんなことより、目的地に着いたんだ。この後どうすんだ?」
「ん~と……とりあえず先に入場した方がいいと思うな」
「めずらしく昔の人と意見があったんだよ」
この状況で昔の人って聞くと、なんだか瑞菜が年寄りみたいだな。
「あははー………帰っていいかな?」
瑞菜も同じことを感じたのか苦笑いを通り越して怖いほどの笑顔だ。
「ここまで来てそれはないから。さっさと入るぞ」
「そうだよね。雪奈ちゃんの発言は大人な気持ちで流さないとね」
「さすが。昔の人だよね」
今度は完璧にわざとだな。
「……とりあえずお前ら仲直りしとけ。その間にオレはチケット買ってくるから」
そう言ってオレは入口の販売所に向かう。
「入場料とフリーパスお一人7000円か……」
オレは看板を見て呟く。学生としては高いところだが、遊園地としては高くもなく安くもないってところか。ようは妥当ってこと。
「三人で2万超えるのも仕方ないか」
オレは愚痴りながら券を買う。
「やっぱり大切なのは胸の大きさなんだよ!」
「あははー……雪奈ちゃんのそんなに大きくないし」
「私は成長期なんだもん! 昔の人と違って」
「それは遠まわしに私に希望はないって言ってるのかな?」
……仲直りしてねぇ。むしろ状況悪化。
「お前らさ……なんでそんなに仲が悪いんだ?」
「「キャラがかぶってるからだよ」」
……………………………………………………ふむ。
「そんなことより、ほら。フリーパス買ってきたから、中にはいるぞ?」
「「(流した………………)」」
「つべこべ言うな。ぶっ食べるぞこのやろう」
「あ……お兄ちゃんのそのセリフ久しぶりに聞いたかも」
「ん? 雪奈ちゃんどういうこと?」
「中学の時、よくお兄ちゃん語尾に『ぶっ食べるぞこのやろう』ってつけてたから」
「ふーん……とーくん。なんでそんな語尾なの?」
「あー……うん。中学の時のクラスの担任が言ったんだよ。『殺すってのは使っちゃダメ』って。一時はクラスでそれが流行ったというかなんというか……」
「けどすぐに元に戻って、ずっと使ってたのはお兄ちゃんくらいだよね?」
仕方ないだろ。なんか気に入ったんだから。流石に最近は使ってないけど、今でも気を抜いたら出るんだよな。
「ふーん……面白いクラスだったんだね?」
「そうだな。まぁ退屈はしなかったよ」
中学の時は本当に騒がしい日々だったな。
「まぁそんなことより、さっさと中に入るか」
「そうだね。それでとーくん。代金は?」
「驚け。たったの3000円だ。安くて良かったな?」
「本当に安いね。という訳でお兄ちゃん。おごってね?」
「最初からお前はそのつもりだろうが」
「えへへー。ばれた?」
雪奈はやっぱりまだガキだな。こんな奴に恋愛なんてまだ5か月くらい早い。
「あはは……。じゃあとーくん。3000円」
「ん?いや、雪奈からもらってないのにお前からもらえないって」
「でも……いくら安いっていっても3人分だとけっこう大変でしょ?」
「一応、不定期でバイトもしてるし、普段あんまり金は使わないからな。これくらい余裕だって」
「そっか……ありがとう」
「どういたしまして」
「でもね、とーくん」
「ん? なんだよ?」
オレがそう聞くと瑞菜は顔を近づけてきて……。
「(すぐにばれる嘘はやめた方がいいと思うな?)」
「っ……」
「詰まってるし……。それに看板みたらすぐに気づくよ」
いやまぁ気づかないほうが珍しいんだろうけど……。
「あはは。大丈夫だよ。雪奈ちゃんにはたぶん気付かれてないから」
「……なんだかなぁ」
むしろ、瑞菜には気づかれたくなかったと思うオレだった。
「お兄ちゃんお兄ちゃん。最初は何に乗る?」
「観覧車」
「いきなりクライマックス!?」
「あはは……とーくんらしいと言うか何と言うか……」
普通に観覧車だけ乗って帰るのもありだと思うが。
「じゃあ瑞菜。お前は何に乗りたい?」
「リムジン」
うん。確かにオレも乗ってみたいな。
「というかお兄ちゃん。私には聞かないの?」
「聞かない」
「即答だね……」
「どうせお前はジェットコースターとか言うんだろ?」
ちなみに以前雪奈と来たときはジェットコースターに朝から晩まで乗り明かしたな。
「うぅ……その通りだけど……」
「あはは………ところで私にはツッコミないのかな?」
「「ないよ」」
「即答だよ……」
「とにかくどこから回る?」
「私はジェットコースターに乗れたらなんだっていいんだよ」
「私は一回観覧車に乗れたら後は付き合うよ」
「よし。じゃあ雪奈は一人でジェットコースター、オレと瑞菜は観覧車な」
「ここにきて仲間外れ!?」
「希望をとった結果だ」
「あはは……とりあえず雪奈ちゃんに付き合おうよ。観覧車は後でいいんだから」
「はぁ……まぁ瑞菜がいいならいいけど………後悔するぞ?」
「? 何のこと?」
「お兄ちゃん! 昔の人! 早く行こうよ!」
「………まぁ、死にはしないか」
オレと瑞菜は雪奈に引っ張られるようにしてジェットコースター乗り場に向かった。
「………後悔しました」
ジェットコースターほぼ休憩なしで乗り続けたからな。気持ち悪くもなる。
「大丈夫か?」
「あはは………食べたもの吐きそう……」
気持ちは分かる。
「うーん……満足した」
そりゃ昼飯はさんで日が傾くまで好きな乗り物に乗ったらな。
「お兄ちゃん。次はどこ行く?」
「瑞菜がこんな状態じゃ無理だろ」
「あはは……私はいいから二人で行ってきなよ」
「でも……」
「大丈夫。ワンアトラクション分休めれば大丈夫だから」
「お兄ちゃん。昔の人もそう言ってるんだから行こうよ」
「大丈夫は大丈夫だろうけど……」
「うん。どこか一つ回ってきたら迎えにきて」
「ふぅ……分かったよ」
まぁ雪奈じゃないし、一人で大丈夫か。
「じゃあお兄ちゃん行こう?」
けど雪奈は少しは反省すべきだな。
「それでどこ行くの?」
「お化け屋敷」
「うぇ……」
「お前に付き合ったんだ。オレにも付き合ってくれるよな?」
「えーと……気分が……」
「却下な」
オレは雪奈の襟を掴んでお化け屋敷へ向かった。
「うぅ……くらいよ」
「そりゃ明るいお化け屋敷なんて怖くないからな」
「こ、怖くなんてないんだよ!」
誰もお前がどうとかは言ってないがな。
「こ、怖くなんてないんだからね!」
何でツンデレ風?
「……………………」
「お、お兄ちゃん? 何で何も喋らないのかな?」
「……………………」
何でと聞かれたら雪奈を怖がらせるためだが。
「お、お兄ちゃ~ん……」
相変わらずホラー系苦手だよな。
「こ、こうなったら……」
と、いきなり雪奈がオレの腕に抱きついてきた。
「……何やってんだよ? 雪奈」
歩きにくいことこの上ないんだが……。
「す、スキンシップなんだよ」
「ふーん……微妙な胸が当たってんだが大丈夫か?」
「っ――――――!?」
暗くてよく見えないけど、こいつ赤くなってるな。
「恥ずかしいんだったら離れれば? スキンシップなんて間に合ってんだから」
「むぅ……お兄ちゃんの意地悪」
「まぁ、優しくはないな」
「むぅ………」
そこでむくれますか。
「ていうか雪奈。少し気を付けた方がいいぞ」
「ん? 何で?」
そんなこと決まってんだろうに。
『オンドリャァァァァァア!!』
「―――――――――っ!!?………きゅぅ……」
「ここはお化け屋敷だ……って気絶してるし」
子供だましの仕掛けに普通そんなに驚くか?ちなみに仕掛けはフランス人ぽいゾンビの機械が叫ぶだけだった。
「雪奈?」
オレはとりあえず起きないか肩をゆすってみる。
「うぅ………三途の川が………」
「とりあえずは大丈夫そうだな」
全然起きる気配はないが命に別状はないだろう。……いや、命の危険性があるお化け屋敷とかホラー過ぎるから当然だが。
(……問題はこれからどうするかだが)
悠長に雪奈が起きるのを待っていたら瑞菜が心配するだろう。となれば選択肢は絞られる。
1:雪奈を置いてく。
2:雪奈を見捨てる。
3:雪奈を忘れる。
4:雪奈を殺してオレも死ぬ。
(……ふむ)
1から3はともかく、4はないな。昼どらかよ。
(……普通に背負って行くか)
オレはけっこう存外な扱いで雪奈を背負う。
(………思った以上に軽いな)
それになんというか………。
(いろいろ柔らかい………)
……落ち着け俺。相手は雪奈だ。
「むぅ……お兄ちゃん………」
「ん? 雪奈、起きたのか?」
「んー……くぅ……」
「寝てんのかよ」
寝言か。
「……好きだょ……」
「何が好きなんだか……」
オレは雪奈の寝言につっこみながらお化け屋敷を進んで行った。
「あれ? とーくん。雪奈ちゃんどうしたの?」
オレの背中には雪奈がまだいた。お化け屋敷はとっくに出たのだが、起きる様子はない。
「お化け屋敷で気絶してそのまま」
「あはは……起きないんだ?」
「ああ。別にうなされてるわけでもないし、無理に起こす必要もないしな」
「そっか……それじゃそろそろ帰る?」
「いや、でもまだ観覧車乗ってないだろ?」
「けど、雪奈ちゃんがそれじゃ行けないよ」
「係の人に預ければ大丈夫だろ」
事情を話せば預かってもらえるはずだ。
「乗りたいんだろ? 観覧車。なんならオレが雪奈の面倒見ててもいいし」
「あはは……さすがに一人で乗るのは寂しいかな」
「じゃあ決まりだ。預けてくる」
「うん……でも雪奈ちゃん怒らないかな?」
「瑞菜が心配することでもないよ」
「うん……」
オレは少し浮かない顔をしている瑞菜を置いて係の人に雪奈を預けに行った。
「本当によかったのかな?」
観覧車の中。ゆっくりと動く歯車の中で瑞菜はそんなことを言ってきた。
「大丈夫だって。別に雪奈は観覧車なんて乗りたくないだろうし」
ジェットコースターにさえ乗れればいいやつだからな。
「あはは……そういうことじゃなくて、私がとーくんと二人きりになんてなってよかったのかな?」
「は? 別に大丈夫だろ」
瑞菜の言いたいことはなんとなくわかる。でも……。
「オレと雪奈は別に恋人同士でもないし、オレと瑞菜は友達同士。どこに遠慮する要素があるんだ?」
「そうだけど……雪奈ちゃんはとーくんのことが好きなんだよね?」
どこか当然でもあるように瑞菜は言う。
「……そりゃ、兄妹みたいなもんだからな」
「本当にそれだけなの?」
「ああ。……雪奈自身、恋愛ってのがどういうものか分かってないのは確かだよ」
いつからか、なぜそうなったかは分からない。ただ、雪奈の持っている恋愛観は普通とはずれている。
(いや……どうしてそうなったかなんて分かりきってるよな)
「そうだね……そうかもしれないしそうじゃないかもしれない」
「そうなんだよ。……雪奈はまだ子どもなんだから」
瑞菜に、そして何より自分に言い聞かせるように俺はそう言う。
「……子どもだけど、子どもじゃないと思うけどな……私は」
「……何が?」
「雪奈ちゃんは確かにいろいろな事を知らないと思う。恋愛とかもそう」
「だったら、オレの言うとおりじゃないか」
「でも……雪奈ちゃんは選んだことを後悔しない覚悟を持ってる。だから……」
「知ってるよ。ずっと。雪奈がそういう奴だってのは」
「じゃあどうして応えてあげないの?」
「それは……」
きっと目の前にいる少女やあいつのことがあったから。
「……雪奈の抱えてる事情、その全部を兄として解決するって決めたから。少なくともそれを解決するまでは応えられない」
嘘ではない、でも本当でもない。ただ自分が決めた真実を俺は瑞菜に言う。
「あはは……とーくんてばいじっぱりだね」
「大切なんだよ……雪奈のことが。きっと誰よりも」
だからこのことに関しては誰よりも意地を張る。
「そっか……とーくんは不器用なんだね」
「悪かったな」
「ううん……違うよ。変わらないんだなって……そう思ったの」
「お前だって変わってないだろうが」
「変わったよ……うん。変わった」
「……何が変わったって言うんだよ?」
「少なくとも私はとーくんの事が好きじゃなくなった」
「……それくらい変わったうちに入らないだろ」
「あの頃の私はとーくんが全てだったから。とーくんと一緒にいたくて、別れた後は寂しくていつも泣いてて、また会えるように願掛けまでして……。でもいつの間にか寂しくなくなって、とーくんじゃない男の子に恋もした。……私は変わったんだよ」
「…………」
オレも同じだった。本当に。寂しかったはずなのに、好きだったはずなのに、そういった気持ちはいつの間にか薄れていって……。
「それは……そうだろ。子どもだったんだから」
いつまでも気持ちを持ち続けるなんて大人でも無理だ。
「だからそれは当然の事なんだ。変わる変わらない以前のことだから。……だからやっぱりオレにとって、瑞菜は瑞菜なんだ」
あのころと変わらないオレの幼馴染。例えオレのことが好きでなくてもオレも変わったんだから。
「……やっぱり後悔しないと思う」
「?……なんの事だ?」
「後悔してるのは私なんだから……」
「瑞菜?」
「……………………」
結局、観覧車を降りるまで瑞菜がしゃべる事はなかった。
「う~ん……楽しかったねお兄ちゃん」
夜。家の前で雪奈が言う。結局雪奈は一度引き取る時に起きた後は電車の途中まで寝ていた。寝すぎだ。
「えっと……とーくん、今日は誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」
瑞菜も今は普通にしゃべってくれる。少しぎこちない気もするが気のせいだろう。
「とりあえずあれだ。今日は楽しかった。以上」
なぜか、みんな会話が成立してない。まぁ、オレが二人が話しかけてきた事を流したからなんだけど……。
「というわけで解散だ。今日はもう雪奈も家に帰れ」
「むぅ……そんなことできないよ」
仕方ないだろ。なんか恥ずかしいんだから。
「だったら雪奈ちゃん。私の所に来る?」
「え? でも……」
「いいからいいから。……それじゃ、とーくんまたね?」
「ああ」
「私は納得してないよ!?」
なんか叫んでる雪奈は無視して、瑞菜は雪奈を連れて行った。
「はぁ……なんか助かった」
やっぱりあの幼馴染にはかないそうにないと思うオレだった。