観察7:エープリルフールとチョコレート
「お兄ちゃん。今日はえーぷりるふーるだね?」
「何でそんなに舌足らずな発音なのかは無視して……。そういえばそうだな」
四月の最初の日。俗に言うエープリルフールだ。起源が何かなんて知らないが、確か嘘をつく日だとかついても許される日だとか。
「という訳で、お隣に遊びに行こう?」
「全然繋がりないからな」
「むぅ…………」
そこでむくれるなよ。悪だくみしてるって分かりやすすぎるぞ。
「まぁ、最近やっと引っ越しの整理が済んだって言ってたし、様子を見に行ってみるか」
「うんうん。お兄ちゃんてば話が分かるね」
さっきまでむくれてたくせに……こいつを瑞菜ん家に連れてって大丈夫かな?
「トリックオアトリート!!」
「ハロウィンかよ!?」
瑞菜の家の前で雪奈がいきなりハロウィンの決めゼリフを叫ぶ。ちなみに日本語に訳すと、『お菓子をよこせ。さもなくばいたずらするぞこのやろう』だ。
「……お前さ、頭大丈夫か?」
「いや、だって今日Aprilfoolじゃん」
「関係ないからな。しかも今度は無駄に発音いいな」
「だからなんでもしていいんだよ」
「いや、エープリルフールってそんな日じゃないし」
嘘が許されるだけだ。
「ていうか、瑞菜が反応困るだろ?」
「それが目的なんだよ。ん……来たみたいだね」
雪奈が言う通り、玄関のドアが開き瑞菜が顔を見せた。
「セールスはお断りだよ? 雪奈ちゃん」
全然困ってないな。ちなみに瑞菜のセリフを意訳すると、『帰れ、さもなくば一緒に昼どら見るかこのやろう』だ。
「……ごめんなさい」
いや、うん。確かにあんな返し方されたらなんとなく落ち込むけど。反撃食らって落ち込むくらいならするなと。
「そういえば、とーくん。チョコレートいる?」
雪奈は無視ですか。
「くれるってんならもらうけど」
「よかった。チョコレートケーキ作ってて、チョコだけ余って、処理に困ってたんだよね」
「チョコレートケーキなんて作れるのか?」
「お菓子作りが趣味なの」
「ふーん……チョコレートケーキね」
難度とか分からないけど、めんどくさそうだな。
「じゃあ、上がって」
「あぁ」
遠慮なくオレは上がる。
「うぅ……チョコレート……」
「ん? 雪奈ちゃん上がらないの?」
「いや、お断りって言ったのお前だろ?」
「お断りなのはセールスさんだけだよ。いたずらな可愛いお隣さんだったら大歓迎かな?」
「ぇと……ぇ?」
気持ちは分かるぞ雪奈。俺にも瑞菜が何を考えてるのかさっぱり分からない。
「お菓子が欲しいんだよね? だったらみんなでケーキ食べよう?」
まぁ、妙なところでお茶目なのは昔もあった。幼馴染としてはその根が黒くなってない事を祈るばかりだ。
「うぅ……ありがとう昔の人」
「……やっぱり門前払いしていいかな? とーくん」
「……というかごめんこんなやつ連れてきて」
結局雪奈はケーキを食べさせてもらったが少しは空気を読んで欲しい……というか呼び方、定着してきてないか?
「あはは……とーくん達のおかげでだいぶ減ったけどこの余ったチョコレートどうしよう……?」
私はチョコレートケーキ用に用意したチョコの余りを前にして頭を抱える。
「別に生ものじゃないから今すぐ食べる必要はないんだけど」
問題は食べないといけないという点ではなく、あるとすぐに食べてしまうという点だ。もし欲望のままに食べてしまったとしたら……想像するのも恐ろしい。
「このままだと手を出しちゃいそうだし……海にでも行こうかな」
とーくんや私が住んでいる所から海は本当に近い。どれくらい近いかというと歩いて五分もかからないでつくくらい。
(チョコレートケーキ食べた分は運動しないとね)
他人に比べたら脂肪のつきにくい体質だとは思うけど、それでも怠けたりすれば当然太るし、そうなることへの潜在的な恐怖はある。私は少しだけ動きやすい格好をして家を出た。
「うーん……やっぱり海は大きいなー」
海に着いた私は当然のことをなんとなく呟く。独り言を言ってる私は傍から見れば見れば不審者かもしれない。
(なんか最近独り言増えてる気がするなー)
どうしてかと少し考え、そして悩む必要もなく思いつく。その理由に気を落としながら私はひとつ息をついた。
「……って、あれ?誰かいる」
少しだけ歩いた所に女の人の姿が見えた。向こうは私に気づいてないのかそれとも気にしてないのか、少なくとも注視した様子はなくただ海を眺めている。
(すごくきれいな人だな)
年のころは私と同じか少し上なくらいだろうか。ここからではよく見えないけど私とは比べ物にならないくらい豊満な体つきをしているのと伸ばした髪を一つにまとめているのは分かった。
(それに……)
ここからではどんな顔、表情をしているのかはおぼろげにしか分からない。それでも彼女がどんな想いで海をみているのかは分かった。それはきっと自分が今感じているものと似た感情だからだろう。
(……帰ろう)
彼女を見ているとどんどん落ち込んでいくのが分かった。それは自分に持っていないものを持っている彼女への嫉妬であったかもしれないし、ある種の共鳴のようなものだったのかもしれない。
「さよなら」
名前をも知らない彼女に私はそう残し、その場を去った。
「一人で見る海は寂しいわね……俊行」
瑞菜が去った海を今なお眺め続ける彼女はそう呟く。その後彼女は日が暮れるまで海を眺め続けた。