観察9:言えないこと
「んっ…っつ……はぁ……俊行」
夜。オレは息苦しさと荒い息を感じ、目を覚ます。
「としゆき……んっ……はぁ」
「っ……(こころ?)」
目を開けるとそこにはオレに覆いかぶさるようにして唇を押し付けてくるこころの姿があった。
「んんっ……あぁ……はぁ……ふぅ……俊行? 起きたの?」
何度も強引なキスを繰り返したこころは荒い息をしながらそう聞いてくる。
「あぁ……起きたがどうしたんだ……?」
「聞かなくても分かるでしょ?」
こころの服は大きくはだけ、胸は露出している。誰がどう見てもそういう行為をしようとしている……いや、している最中にしか見えないだろう。
「分かるが……お前一体どうしたんだ?」
こういう行為をもう何度もやってきた。だからこそ今日のは違和感を感じる。
「なんでもいいじゃない……いつもの様に抱いてよ」
「いつもどおりならすぐにでも抱くさ」
それはオレの罪だから。逃げることのできないオレの責任だから。
「なぁこころ。一つだけ聞かせてくれ。これは贖罪か?」
「違ったら……違ったらなんだって言うの? あたしなんか抱けない? 抱く価値なんてない?」
「抱きたいか抱きたくないかで言ったら確実に抱きたいって言えるんだけどな」
贖罪とかそんなの関係なく、こころほどのいい女に求められて嬉しくないわけがない。
「でも……贖罪じゃないなら抱けないよ」
「……なんで? やっぱり瑞菜さん?」
「うん。そうだな。それもある。……というかどうやらそれが一番大きな理由っぽい」
こうして迫られるまで気づかないってのもどうかと思うけれど。前にこころが言ったようにオレは瑞菜が一番好きらしい。
「でも、こころに言う理由はそれじゃないな」
多分瑞菜のことが気になるだけだったらオレはこころの事をそのまま抱いていた。たとえ瑞菜の事が一番好きだとしても、それでもこころのことが好きじゃない訳じゃないから。
「じゃあ何が理由なの?」
「お前がオレに抱かれたい。その理由がわからないのが理由かな」
好きだから。大切だから。だから流されるように抱くことはオレにはできない。
「り……ゆう?」
「そう理由だ。お前がオレに抱かれたい理由。お前がどうしてそんなに焦ってるのか。どうしてそんなに必死なのか」
「別に必死なんかじゃ……」
「あんな激しくて……それでいて下手なキスしといてそれはないだろ」
自慢じゃないがオレはこころのキスを知り尽くしてるって言っていい。いや、ほんとに自慢にならないが。
「だからもう一度聞くな。こころ、どうしてそんなにお前は辛そうなんだよ」
「理由……理由なんて言える訳ないじゃない」
「じゃあ抱けないな」
「なんでよ……理由なんてどうだっていいじゃない……軽蔑したっていい淫乱だって罵ってもいい……だから……」
「……だから?」
言葉が詰まるこころに相槌をうち続きを促す。
「だから……あんたを……俊行を……あなたを感じさせてよ」
「ごめんな。こころ」
なんとなく、こころの気持ちが伝わってくる。それでも……。
「やっぱりオレはお前を抱けないよ」
ここでこころに答えてしまったら。顔向けできないから。瑞菜に。そして自分の気持に嘘をついて抱いてしまえばこころにも。
「だから……」
「……抱けないっていったくせに」
「ごめん……」
だからオレはただ抱きしめる。それがきっとオレに許される最善だから。
「ほんとに……あんたって最低の男……」
「ごめん……」
「ほんとに……馬鹿で不器用なんだから……」
「…………悪い」
こころの言ってることは全部本当だから。オレには謝ることしかできない。
「瑞菜さんは……幸せにしなさいよ」
「うん……約束する」
「雪奈の面倒もちゃんと見なさいよ」
「兄としての役目は果たすよ」
「あたしの……今日のことは忘れなさい」
「わかった」
「そのかわり……もう少しだけこのままでいさせて」