観察6:紹介
「え〜と……とりあえず名前か」
なんで十数年ぶりに会った幼馴染の紹介をやらないといけないんだろうと思いながらオレは話す内容を考える。
「名前は春日瑞菜。年はオレと同じだな。オレと同じ保育園に預けられてて、よく遊んでた」
しかし、離れていた事もあって話せる事はそう多くない。
「以上」
「……それだけなの? お兄ちゃん」
「それだけなのかな? とーくん」
「あとは小学校に上がる前にどこかに引っ越したことくらいだろ。紹介することといったら」
……まさか、オレの初恋の相手だという訳にもいかないだろうし。
思い出してみると本当に恥ずかしい、幼い恋だ。小学生になる前だっていうんだからませガキというかなんというか……。
別に瑞菜とオレの間に特別なことはなかったし、特別な関係もなかった。家は近くもなかったし、親同士が仲がいいという訳でもない。本当に保育園の中だけでの関係。
それでもオレと瑞菜は仲が良かったように思う。園内ではオレが行くところには、ひよこのようについてきたし、遊ぶのはいつもオレとで、本当にいつもそばにいたように思う。
印象的なのはオレが帰る時だろうか。オレを迎えに来た母親にオレが今日なにしたのか話すのだ。楽しそうに。瑞菜の親が先に迎えに来てもオレが帰るのを待つ徹底ぶりで、瑞菜の母親さんのうれしそうな呆れたような顔を覚えている。そしていつも最後に「またね」と笑顔で言うのだ。
(……あの笑顔にやられたんだろうな)
想いで補正があるんだろうが、今でも思い出すとドキドキする。
「むぅ……でも、それだけにしてはなんだか二人とも親しげなんだよ。お兄ちゃんてば私に隠れて昔の人と連絡とってたんじゃないの?」
「だからいろいろ誤解を生みそうな発言をするな。……親しげというか、なんか昔と同じ雰囲気なんだよな。だから違和感がないのかも」
「で、でもそんなに昔のことって覚えてるのかな? 小学生にすらなってなかったんでしょ?」
「そ、それは………」
まさか初恋だったからとは言えないしな……。
「なんとなく……かな?」
「何を疑問形で言ってるなかなぁ? お兄ちゃんてば」
仕方ないだろ。こればっかりは。
「……まぁいいか。じゃあ昔の人は? よくお兄ちゃんのこと覚えてたね」
「私は……なんと言うか……毎朝思い出してたから」
「「………………………………………………は?」」
何を言い出すんだ? この幼馴染。
「えっと………実はね、私の初恋ってとーくんだったの」
「「ぁ………………………………………………?」」
マジデナニヲイイダシマスカコノヒトハ?
「いやっ! べつにね! 今も好きと言うんじゃなくてね! 昔……うん! 昔の話なんだけどね!」
じゃなきゃ反応に困りすぎるから。いや、十分困ってるけど。
「だからね、また会えるように願掛けををしたの。とーくんに会えるまで髪は切らないって」
「「そ、そうですか……」」
もちろんオレも雪奈も反応に困ってます。
「それにね、うそつきは嫌だったから」
「うそつき?」
「『またね』って言ったから」
なんだかなぁ……マジで反応に困る。
「でも、そうか。だからそんなに髪が長いのか」
とりあえず、当たり障りのない話題を振っとく。
「そうだよ」
「けど、そんなに長いと手入れとか大変じゃないのか?」
瑞菜の髪は腰まである。無造作に伸ばしている訳でもなく腰の辺りで揃えているんだろう。癖もなくて思わず撫でたくなるような感じだ。
「少しね。でも慣れたらそれほどでもないかな。乾かすのは今でも手間だと思っちゃうけど」
少しだけ、髪を洗ったり乾かしている瑞菜を想像してしまう。
「……お兄ちゃん。何を考えてるのかな?」
「っ!……何も考えてない」
流石に鋭すぎないか?
「まぁ……いいけど」
追及がこれ以上ない事にオレは安堵する。ばれないように小さく息を吐いた。
「ところでお兄ちゃん。紹介もすんだ事だし、昔の人にはお引き取り願おうよ」
「却下。お前の紹介が終わってない」
「むぅ……どこまで私たちの秘密を話すの?」
「その言い方はなんか卑猥な感じがするからやめろ。とりあえず悪いようにはしない」
「でも……」
「お隣さんだからな。ある程度の事は話とかないと」
「そうだけど……」
「とーくん?」
「……何から話そうかな」
オレは雪奈のことについて何を話すか考える。
「名前は白沢雪奈。年はオレ達の一つ下。オレと同じ高校通ってる」
他は言えることないか?………ないな。
「以上」
「「はやっ!?」」
何を仲良くハモってんだ? ていうか何で雪奈まで物足りなそうなんだよ?
「いや、他何か聞きたいことあるか? 質問なら受けるぞ」
答えるかどうかは別にして。
「……じゃあ、お兄ちゃんと私の関係は?」
「雪奈からの質問は却下な」
「むぅ…………」
いや、むくれるなよ。
「けど、とーくん。それは私も聞きたいかも」
関係ね………。
オレと雪奈が会ったのは8年くらい前だったか。雪奈の家族がオレの家の近くに引っ越して来たのがきっかけだった。この辺に住んでるのは年寄りばかりで雪奈と同じ年代だったのがオレだけだったのと一つ年上だったのもあって雪奈の事を頼まれた。雪奈の母親に。「この子の事よろしくね」と。
(………あの頃は何も問題はなかったんだよな)
どちらにしても過去のことだし、今のオレと雪奈の関係を示すことにもならない。ただ……。
「頼まれたからな。雪奈の面倒みること。それが関係かな」
雪奈の母親に頼まれたとき、オレは嬉しかったのを覚えている。一人っ子で兄弟が欲しかったオレにとって、それは本当に嬉しかった。
(………あのころの雪奈はお人形みたいで本当に可愛かったからな)
「えっと……妹さんのご両親?」
「ああ。雪奈がオレの家にいるのは雪奈の両親公認だ」
「…泊まり込んだりはしてないんだよね?」
「…………」
「この間したよね? お兄ちゃん」
こいつは空気読もうよ。
「………不潔だね。とーくん」
「いや、本当何もしてないし。本当にときどきだから」
実際やましいことは何もないし。
「そうだよ昔の人。私はお兄ちゃんと同じベッドで寝ただけだもん」
……………いや、うん。事実だけどさ。
「………とーくん。やっぱり私お邪魔だったかな?」
「笑顔でそんなこと聞くな。無駄に怖い」
オレは苦笑する。
「……なんとなくとーくんと妹さんの関係は見えてきたかな」
「ちなみにどんな風に見えてる?」
「家族以上恋人未満」
「「……あってる」」
確かにオレと雪奈の関係を表すにはそれ自然だ。
「……うん。なんとなく雪奈ちゃんの境遇はわかったかな」
「?……何がわかったんだよ?」
「だって、この状況が公認されてるんだよね? とーくんと雪奈ちゃんは恋人同士でもないのに」
「……ああ」
隠し事なんてできないな。幼馴染に。
「雪奈ちゃん。困った時は私の家にも来てね?」
「?……どうしたの? 昔の人。いきなり優しくなったりして」
「……昔の人はやめて欲しいかな?」
「じゃあなんて呼べば?」
「お姉ちゃんとか」
「却下だよ」
「はぁ……いいなぁとーくん。私も妹が欲しい」
「そんなにいいものじゃないがな」
結局、雪奈は瑞菜のことなんて呼ぶんだ?……流石に昔の人のままじゃ困るぞ。
「そういえば、とーくん。おばさん達はいつ帰ってくるのかな?」
「おばさん達って、母さんと父さんのことか?」
「うん。お仕事なんだよね?」
「いや、死んだが」
「…………………ぇ?」
「今年が七回忌だから、もう七年になるのか」
「ぇ………? 死んだって二人とも?」
「ああ。事故だったからな」
我ながらあっさりしてるなと思う。でもまぁ、七年も経てば心の整理もつく。なにより七年前の時点でオレは救われてるから。雪奈ととある少女に。
「心配しなくても大丈夫だぞ。オレの面倒は叔父が面倒見てくれてるから」
生活費とかだけだが、あの人は仕事が忙しいし、家庭も持ってるんだから仕方ない。というより雪奈の事もあってかなり気にかけてもらってる。
「ぃや……そうじゃなくてね……」
「ん? どうかしたか?」
「私ね……おばさんとね……話すの楽しみにね……」
「瑞菜?」
少しずつ瑞菜の顔がうつむいていく。
「してたん……だょ。うん。とーくんの話とかも聞きたかった。おばさんに、私の……私のことも聞いて欲しかった」
うつむいてしまった瑞菜の顔は見えない。でも……。
「ありがとな。瑞菜。母さんの為に」
泣いてるのが分かったから。同情とかではなくて、瑞菜自身が母さんがいなくて悲しんでいるのが分かったから。
(………母さんか)
『瑞菜ちゃんが私の子どもだったら良かったのにな』
小さい頃母さんが言っていた事を思い出す。オレを迎えにきた母親が瑞菜の話を聞いて、そして話が終わった後にいつも瑞菜に言っていた。
(………よかったな母さん)
それだけ思い、オレはゆっくりと瑞菜の頭をなでる。慰めるように。感謝の気持ちを表すように。
「えっとね………とーくん。もう大丈夫だから」
少し落ち着いたのか、困ったような顔をしながらも瑞菜は顔をあげていた。
「ん、そうか」
「だから………あの………頭……」
「ん? 頭がどうした?」
「なでるのもういいよ?」
「もう大丈夫なんだな?」
「大丈夫………とまではいかなくても落ち着いたから」
「そっか」
オレはとりあえず離れる。
「………ラブラブだね? お兄ちゃん」
「オレに聞くな」
ていうか空気読め。
「ところで瑞菜。少し聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「うん。いいよ」
「お兄ちゃんのことどう思ってるのかな?」
「ひとまず雪奈は黙れ」
「うぅ……ひどい」
だから空気読め。
「あはは……それでとーくん。聞きたいことって?」
「いや、何で引っ越して来たんだ?」
「お父さんの仕事の関係だよ」
「ふ〜ん……でも大丈夫なのか? 学校とか。通える距離なのか?」
「それなら大丈夫だよ。通える範囲の高校に転校したから」
…………は? 三年になるこの時期に?
「ここから通える範囲で前の高校と同じくらいの偏差値の高校だから大丈夫だよ」
………なんとなく思う。
「転校先ってどこだ?」
転校先はオレ達が通ってる高校じゃないかと
「――高校だよ」
「やっぱり………」
おもいっきりオレの通ってる高校だった。
「はぁ……同じ学校だよ」
「? とーくん? 何を溜息ついてるの?」
「いや、うん。平凡なオレの日常が消えてなくなろうとしているのを感じているんだ」
「?……私が同じ学校に行くのやなの?」
「瑞菜が学校に来ることによって起こる化学反応が嫌なんだ」
「? よく分からないよ?」
「詳しくはさっきから律儀に黙ってるやつから聞いてくれ」
とりあえずオレは頭を抱えるのだった。
「? 永野からメールがきてるな」
なんだろうと思いながらメールを開く。
『幼馴染が欲しい』
「………オレにどうしろって言うんだ?」
どう考えてもどうしようもない。いろんな意味で。
「スルーでいいか」
ついでだからとオレは新しく登録されたアドレスを使いメールを送る。
『困ったことがあれば何でも言えよ』
再会した幼馴染。初恋の子。そんな瑞菜ともっと仲良くなりたい。オレはそう思った。
純粋な好意と、ほんの少しの打算から……。