観察24:愛してる
「ただいま………と」
「おかえり。………雪奈はいないよな?」
「んー……そうみたいね」
電気はついていないし、帰ってきたらすぐにでも駆けつけてくるだろう。
「とりあえずシャワーでも浴びて早く寝ましょ」
「ん……そうだな」
オレはそう返事をして部屋へと向かう。
「……流石にもう一緒に入るとか言わないよな?」
「んー……あたしが俊行と一緒にいる限りそういうのは避けられないと思うんだけどなー」
「………………」
悪びれずに言うことかよ。
「言ったでしょ? あくまで俊行との行為は贖罪なんだから」
「……雪奈にはちゃんと言うからな」
「そこは心配しなくても大丈夫だから。それに今日は一緒に入るきもないわよ」
「それもそれでなんか寂しいな」
「…………ダメ人間」
呆れた顔をするこころを置いて、オレは着替えを取りに部屋へと向かった。
ざーっと冷ためのシャワーにうたれる。夏場とはいえ、夜も更けたこの時間だと少し寒い。
「……告白か」
勢いで告白した瑞菜の時とは違う。告白すると決めてからは想像以上に緊張し、頭の中を一杯にする。
―――ばたん
と、脱衣所のドアが閉まる音がした。
「こころ?」
『………………』
返事はない。ただ、服を脱いでる様子もない。言っていた通り、別に一緒に入るというつもりではないのだろう。
カチャッ―――
そう思っていた所で風呂場の扉が開き、入ってきた。
「こ――」
振り向き話し掛けようとした所で抱き着かれる。それで入ってきたのがこころではないのが分かった。ずっと避けつづけてきた大切な子。
「――お兄ちゃん」
そう呼ばれた瞬間、オレは足りなかったものが一気にみたされる感覚を味わった。
(…………なんだ)
と、それで気づく。オレはこんなに寂しかったんだと。それほど雪奈を求めてたんだと。
(……たえられるわけなかったんじゃないか)
雪奈がいないことなんて絶対に。だって雪奈はオレにとって何よりも大切で、
「……雪奈。愛してる」
誰よりも愛する人だから。
「にゃっ、にゃっ、にゃっ」
いきなり『愛してる』なんて言われて、私は混乱しまくった。
「な、何をいきなり!?」
「面白いくらいに慌ててるな。とりあえず落ちつけ」
混乱してる私に比べて、お兄ちゃんは穏やかだ。
「む、無理かも」
「じゃ、落ち着かなくてもいいからしっかり聞いてくれ」
こくこくと私は何度も頷く。心音が寿命が縮んじゃないかというくらいに刻まれ、多分お兄ちゃんにまで聞こえてる。
「オレはな、自分にはお前を幸せにする権利なんてないと思ってたんだ」
「そん――」
「まあ聞け」
そんなことないって言おうとして止められる。私は不満に思いながらお兄ちゃんの言葉に耳を傾ける。
「どんな理由があろうとオレとこころがやってきた事実は変わらないし、そんな自分が大嫌いだった」
自分を嫌う。その気持ちはよく分かる。でもだからってどうして私から逃げないといけないんだろう?
「でも、それはただの言い訳だよな。オレはお前に許された時点で向きあうべきだったんだ」
「そっか…………でもどうしていきなり告白を?」
何か心境の変化でもあったんだろうか? もしかしてこころお姉ちゃんが何か……。
「告白しようとは決めてたんだけどな。でも本当はもっとちゃんとした時と場所で言うつもりだった」
「ならどうして今?」
「オレ、どうしようもなく寂しかったみたいだ」
恥ずかしそうにそっぽを向きながらお兄ちゃんはそう言う。
「……私に会えなくて寂しかった?」
「……………ああ」
「私も寂しくて………怖かったよ。お兄ちゃんが私の前からいなくなるんじゃないかって」
私はその時の感情を思い出して震えを押さえ付けるようにお兄ちゃんの背中に抱き着いた。
「……それでさ、雪奈。答えを聞かせてくれないか?」
ドキドキとお兄ちゃんの鼓動が聞こえる。緊張してくれてるんだと思うと私は嬉しくなる。
「あのね、お兄ちゃん。前に言われてた通り私の想いは幼いんだと思う」
それでも……。
「それでも絶対にお兄ちゃんの事を好きだという気持ちだけは誰にも負けないよ」
瑞菜さんにも、お姉ちゃんにも。本気さだけは誰にも負けない。
「私もお兄ちゃんをあ……あい……」
「無理しなくてもいいぞ」
「む……またこども扱い」
こうなったら意地でも言わないと。
「あい………あいし………あいしとぇる」
「っく………ふふっ………」
お兄ちゃんが笑いを堪えてるのか身体が震えてる。
「ひ、ひどいよ! 人が勇気出して言ったのに!」
「だ、だから……くくっ……笑うのこらえてんだろ?」
むしろ思いっきり笑われた方がすっきりする。
「……愛してる。お兄ちゃんの事。ずっと」
「いきなり言うなよ。心臓に悪い」
「言わないと笑うのやめてくれそうになかったし」
「だからちゃんとこらえてただろ?」
「ふーんだ。屁理屈いうお兄ちゃんなんか嫌いだもん」
そういいながら私はお兄ちゃんに更に強く抱き着いた。
「所でさ、なんでお前は服着て入ってきたんだ?」
「だって……お風呂に入ってるときじゃないと逃げられそうだし……服がないと恥ずかしかったんだもん」
「やっぱり可愛いな雪奈は」
「…………本当?」
「本当」
「じゃあ…………結婚してくれる?」
「ああ。来週の日曜でいいか?」
「そんなに早くいいの? もちろんだよ」
という訳で、私とお兄ちゃんは来週の日曜、結婚することになった。