観察5:再会と修羅場
「すみませ〜ん! 誰かいますか〜?」
離任式も終わった日の翌日。オレと雪奈は雪奈が適当に借りてきたDVDをだらだらと観賞していた。
「?……お兄ちゃん。誰か来たね?」
そこへチャイムと女性の声が聞こえてきた。声からして隣のおばちゃんが回覧板を回しにきたわけじゃないらしい。若い人の声だ。というか、オレん家の隣、誰も住んでないし。片方は空家で、もう片方は海へと続く道があるだけだ。
「誰だろうな?」
セールスじゃなければいいけど。
「さぁ……?」
「お前の友達なわけもないしな……」
「ひどく悲しいこと当然のように言わないでね?」
もちろんオレにも女の友達なんていないんだけども。
「すみませ〜ん! いないんですか〜?」
玄関の方からまた声が届く。やっぱり若い女の人の声だ。
もしかしたらオレに一目惚れした美少女が訪ね……ないな。うん。雪奈に友達100人いるくらいありえない。
「ひどく失礼なこと考えてない? お兄ちゃん」
「いや、ひどく悲しいこと考えてた」
「すみませ〜ん!」
「って、お兄ちゃん。早く出ないと。近所迷惑だよ?」
「近所に誰も住んでないだろうが……。まぁいいか。出てくる」
ていうか雪奈が出るという選択肢はないのかなぁ……。いや、それはいろいろまずいか。世間体というものがあるからな。
「はいはい……どちらさまですか?」
適当に考えている内に玄関につき、ドアを開ける。そこには……。
「ぁ……よかった。いたんですね」
……無駄に可愛い女の子がいた。
「え〜と……どちらさまですか?」
年はオレと同じくらいだろうか。見た目は幼いんだが、完成された幼さというか可愛さがある。体型も幼い感じがして愛らしい。なにより目を引くのはその髪の長さだろうか。小さいとはいえ、腰まである髪は長いとしかいえない。
「ぁ、すみません。え〜と……今日隣に引っ越してきたんですけど……」
ただ、オレが気になったのはそういった人の目を引くような容姿以上に……。
「えっと……あれ?」
懐かしさを感じたことだろうか。
「もしかして……とーくん?」
懐かしい呼ばれ方。それで目の前の少女が誰か分かった。
「わっ、え……」
分かった瞬間オレは少女を抱きしめてた。
「久しぶり……瑞菜」
「やっぱり……とーくんなんだ」
強張っていた瑞菜の体が緩む。そのままオレにもたれかかってきた。
「悪いな……いきなり抱きしめたりして」
久しぶりにあった異性にする行為じゃない。でも気づいてたらそうしていた。
「いいよ。なんだか安心するし」
抱きしめてすぐに離そうと思ったんだが、瑞菜がもたれかかっているので離すに離せない。
「……いつまでこうしとくんだ?」
「ん~……もうちょっと」
そんな感じで抱きしめ合ったまま時間が過ぎる。
「お兄ちゃん? セールスだったの?……て、え?」
結果、そんな様子を雪奈に目撃される。
「……お兄ちゃん、いえ、俊行さん。何をしているのかな?」
呼び方『俊行さん』になってるし。
「えっと……とーくんて妹さんいたっけ?」
「……とりあえず家に上がってくれ」
とにかく二人には自己紹介でもしてもらおう。
そう思ってたんだが……。
「…………………………………」
「…………………………………」
状況説明。なんか修羅場。
(……なぜ?)
雪奈が怒るのはまぁ分かる。雪奈がオレの知らない男と抱き合ってたら、かなり嫌だし怒るだろう。
(でも、瑞菜もピリピリしてるのが分からない)
顔は笑ってるし穏やかなんだけど、さっきまでの様子と比べると違和感がある。これが初めて会った人への緊張ならいいんだが……。
「えっと……とーくん。そっちの子は誰なのかな? 妹さん?」
いきなり一番答えにくいことを聞きますか……。
「あー……うん。妹みたいなもんだよ」
「『みたいな』……?」
いや、うん。瑞菜の気持ちはよく分かるよ。でもあんまり詮索されてもそうとしか答えられないんだよな。オレと雪奈の関係って。
「なんていうかあれだ。雪奈はオレの実妹でもなければ義妹でもないけど……」
「けど……?」
「家族みたいなもんだから」
「ん〜と……恋人?」
「それは違うと思う」
「『思う』?……断言じゃないんだ」
だってこの間恋人ごっこなんて恥ずかしいことしたし。
「いや、うん。違う違う。……なぁ雪奈?」
「……そうですねぇ。俊行さんにとって私は単なる妹みたいなものですからねぇ」
……あの? ですから笑顔で凄むのはやめてくれません?
「と、とりあえずあれだ。互いに自己紹介をしてくれ」
「やだ」
せ、雪奈さん? 何をそんなに意固地になってるのかな?
「ぁ、あの……とーくん? 私はちゃんと自己紹介するからね? だからそんな困った顔しないで」
残念ながら困ってるんじゃなくて怖がってるんだけどな。
「ふーん……自分だけいい子ですか」
『ピキッ』
あれ? なんか瑞菜の方からおかしな擬音が聞こえたような……。
「ねぇ……とーくん」
「な、なんだよ? 瑞菜」
「とーくんの妹さんさ、とっても素直で可愛い子だね」
この流れでそんなお世辞言われても反応に困るんだけど……。
「そ、そうかな?」
「うん。そうだよ。だからやっぱり妹さんがしてくれるまで、私も自己紹介しないね」
だからって言ってるのに話が繋がってない……。
「………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………」
状況悪化。
「あははー。面白い妹さんだよね? とーくん」
「昔の人も面白いですよ」
状況説明。超修羅場。いや、怖いよ二人とも。顔は笑ってるのに目が笑ってないよ。というか、雪奈。いろいろと問題のある発言するな。なんだよ? 昔の人って。
「え〜と……互いに自己紹介する気は?」
「「ないもん(よ)」」
無駄な所で息そろえるな。
「あー、あれだ。もういい。オレがそれぞれ紹介すればいいか」
このまま二人に場を任せたら、さらに状況悪化するとしか思えない。
(瑞菜の様子がおかしい原因が分かればいいんだがな……)
流石に十年来の幼馴染の心情までは分からない。
「とりあえず瑞菜の紹介からするから、雪奈。きちんと聞けよ?」
「むぅ……わかったよ。お兄ちゃん」
少しは落ち着いたか。
「といっても、何を紹介すればいいんだ?」
「と、とりあえず名前を紹介してほしいかな。とーくんよろしく」
それくらい自分でしろよ。……とか思いながらオレは紹介し始めるのだった。