観察33:変わらないのに
『とーく~ん。おはよー』
朝。無駄にビブラートな感じで瑞菜の声が聞こえてくる。
「今日も来たわね。瑞菜さん」
こころが少し難しい顔をしてそう言う。
「そりゃお隣さんだからな」
「ただの幼なじみを毎日迎えに来るものかな?」
今度は雪奈が訝しげに聞いてくる。
「……今さらお前らに隠し事なんてしないよ」
「本当に?」
「ああ」
「大丈夫よ雪奈。隠し事はともかく、瑞菜さんと付き合ってないのは本当みたいだから」
隠し事ね……。こころには言われたくないが。
「とにかくオレは今日は先に行くな? 毎日お前らに合わせて瑞菜を待たせるのも悪いし」
「……やっぱり怪しいんだよ」
「ふーん……俊行、行ってらっしゃい」
オレはその場を離れた。
「……あの態度。やっぱりこころの奴気づいてるよな」
瑞菜と駅に向かって歩いている途中。オレはさっきのこころの態度を思い出して言う。
「? こころさんがどうかしたの?」
「いや、実はな――」
オレは瑞菜の耳元に口を寄せ、オレの考えを教える。
「――てことを考えてるんだが……」
「あはは……既にこころさんにはバレてるんだ」
「どうせこころにはそのうち言うんだから別にいいけどな」
でも隠し事がろくに出来ないのは悲しい。
「それで? 大丈夫そうか?」
「もちろんおーけーだよ」
「よかった。ありがとな」
オレは感謝の気持ちを言う。
「お礼なんていいよ。だって大切な幼なじみのお願いだもん」
幼なじみ。それがオレ達の関係。
「……だったらお前も、もっとオレに頼れよ?」
「あはは……とーくんがそういうならね」
そう言って笑う瑞菜。でも言葉とは裏腹にその苦笑は拒絶しているように見える。
(……そりゃそうだよな)
結局はオレのせいで別れたんだから。付き合ってたころと全く同じという訳にはいかない。
「あはは……とーくんてば難しい顔してる」
「……悪い」
誰よりも優しい奴だから。だから瑞菜はオレの気持ちに敏感だ。
「謝らなくていいよ。私が決めた事なんだから」
「……優しすぎるよ瑞菜は」
「とーくんは不器用すぎるかもね」
「全くだ」
「でも私は……そういうとーくんだから……」
「……だから?」
「……幼なじみでよかったって思うよ」
瑞菜は悲しそうな……苦笑したような表情をしてる。
「ありがとう」
そしてたぶん、オレも同じ表情をしてる。
「「あはは……」」
会話に困り二人一緒に苦笑する。
(……どうして別れたんだろう?)
こんなに可愛いくて優しい子と。付き合ってた頃と何も気持ちは変わってないのに。オレはもちろん、きっと瑞菜も。
「……(好きだよ)」
だからこそ、オレは何も聞こえなかった。ここで答えたら全て意味がなくなるから。瑞菜の優しさを台無しにするから。
(……オレもだよ)
だから、オレはただ心の中で呟いた。