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妹?観察記録  作者: 河上 誤停
リア充?編
32/165

観察31:雪奈との関係

「……雨か」

まだ梅雨には少し早い時期。だが今日の雨は梅雨のように強く降っていた。

「憂鬱だな……」

雨の中、駅から家へと続く道は多くの水溜まりを作っている。

「昼はあんなに晴れてたのに……」

オレは独り言を言う。隣には誰もいない。雪奈は昨日からずっと見ていない。こころは雪奈を捜しに行っていた。瑞菜は……今日はさすがにいない。

(久しぶりに……もしかしたら初めてか?)

いつだって傍には誰かがいた気がする。

「恵まれてたんだよな……」

今だって恵まれてはいる。夜になればこころがそばに居てくれる。ただ、瑞菜が……雪奈がオレの傍にいないのが寂しかった。

「……家か」

こころはまだ帰ってないんだろう。見えてきた家に光はない。それがどうしようもなく冷たく感じた。

「……?」

家の傍に誰かがいるのが見えた。近づいていけばいくほど、その輪郭が見えてきて……。

「…………雪奈」

それが雪奈の姿に重なった。



「何やってんだよ? 傘もささないで」

見るからにびしょ濡れで、雨が降り始めてからずっとそこに居たのではないかと思う位だ。

「……お兄ちゃんだって傘さしてないじゃん」

そう言われてみればオレもびしょ濡れだった。

「……そんなことよりさっさと家に入るぞ?」

このままじゃ風邪をひく。

「嫌だよ」

「……なんだって?」

「嫌だって言ったんだよ。だいたい入るんだったら最初から入ってるよ」

言われてみればそうだ。雪奈は合鍵を持ってる。

「じゃあ……なんでここに来たんだよ?」

「これを返しに来たんだよ」

そう言って雪奈は鍵を……この家の合鍵をオレに差し出してくる。

「……何のつもりだよ?」

「私にはもう必要ないものだから」

雪奈は無表情にそう言う。オレはその表情には見覚えがあった。今のオレ達の関係が始まる前。今となっては昔、オレは今の雪奈と同じ表情を見ていた。全てを拒絶するような……そんな表情を。

「もう、私が来ることないと思うから」

「いきなりどうしたんだよ?」

オレはできるだけ動揺を隠しながら話す。

「だって……私邪魔だよね?」

「なんのことだよ?」

たぶん今日はそういう日なんだろう。オレは半ば諦めと覚悟、そして確信を持ちながらそう聞く。

「なんだ……お兄ちゃんも私が何を言うのか分かってるんだ」

オレの態度に何か気付くものがあったのか雪奈は笑って……無表情に笑って言う。

「そうだよ。昨日お兄ちゃんとお姉ちゃんが何してるのか知ったんだよ」

「そうか」

「そうかって……それだけ? あわてないの?」

「なんで慌てるんだよ?」

「私がこの事を昔の人に言ったら大変だよ?」

「別に瑞菜は関係ないよ……もう」

そう関係ない。こころとどんな関係を持っていようと。

「まだ隠すんだ……。どうして……いや、もう私には関係ないよね」

「……それで? お前は鍵を渡して、その後どうするんだ?」

瑞菜の事を考えると際限なく落ち込みそうな気がして、オレは半ば強引に話を変える。

「家に戻るよ。私のことは私が解決する」

「……本当にそれでいいのか?」

「お兄ちゃんには関係ないよ」

「だったら何でここでお前は待ってたんだよ?」

本当にオレに関係がないって言うなら……雪奈がオレと話したくないのであったなら、わざわざオレに直接鍵を渡しにくるはずもない。

「それは………」

「とにかく家に入れ。そしたら全部はなしてやる」

「話すって……何を?」

「お前が知りたいこと全部だ。……オレが知ってることの範囲でだが」

「っ…………………」

「どうする? 家に入るか?」

「ずるいよ………お兄ちゃん」

答えは最初から決まっていたようなもので、オレ達は家に入った。



「とりあえずあれだな……先に風呂に入れ」

「うん……分かった」

そうして先に雪奈に風呂に入らせ、その後にオレも入った。



「それで? 何から聞きたい?」

あらたまってオレ達はリビングで向き合い、オレは雪奈にそう聞く。

「じゃあとりあえず……お兄ちゃんは昔の人と付き合ってるんだよね?」

「付き合ってないよ。……今日別れた」

「別れたって……どうして?」

「さぁな……オレにもよく分からない」

分かってるのは瑞菜はオレを理由にしなかったということ。オレには理解しきれないくらいに瑞菜が優しい――残酷と言えるほどに――こと。

「そっか………でも今日別れたって事は、今まで浮気してたって事だよね?」

「そうだな」

「そうだなって……それだけ? 罪悪感とかないの?」

「あるさ……でも今さらだよ」

ずっと感じてきたことだ。

「ふーん……お兄ちゃんってそういう人だったんだ」

「ああ。最低なやつだよ」

「……嘘だって言ってよ」

「何をだ?」

「お兄ちゃんは私の知ってるお兄ちゃんだって……そう言ってよ」

「無理だ」

そう、無理だ。少なくともオレは雪奈が思っているようなやつじゃない。

「そんなことより、他には聞きたい事はないのか?」

「そんなことって……」

「何の為に家に上げたと思ってるんだ?」

「それは……私が居なくなったら嫌だから?」

「自惚れるな」

「っ………じゃあどうして?」

「お前さ………こころとはどうするつもりだよ?」

「どうするって………」

「今まで通りあいつと付き合っていけるか?」

「それは……」

やっていることはオレもこころもそう大差ない。

「わかんないよ……」

「じゃあこれだけ言っとく……あいつはお前がまた一人になるって言うなら悲しむぞ?」

誰よりも雪奈の事を大切にしている奴だから。

「だからって……私にはお兄ちゃんとお姉ちゃんのやってる事許せないよ」

「それは瑞菜とオレが付き合ってたらの話だろ。別れたんだから、今更他人に何か言われる筋合いはない」

「っ………それはお姉ちゃんの事がすきってこと?」

「お前には関係ない」

「どうして………どうしてなの?」

「何がだ?」

「好きだって……お姉ちゃんの事が好きだから……だからああいう事してるんだって……そう言ってくれれば私は……」

「……やっぱりこの事も言わないといけないかな」

泣きそうな雪奈を見ていると、やっぱりオレは弱くなる。冷たくなりきる事はできそうにない。

「なんの……こと?」

「詳しくはこころの事だから言えないけど、オレとこころがああいう事をしてるのは対等でいるためだ。………あいつはそう思ってる」

「対等って………どういうこと?」

「オレに聞くな。これ以上のことはオレの口からは言えない」

それに、こころはたぶんオレにも隠し事をしている。かなり重要な事を。

「……じゃあ、好きでもないのにああいう事をしてたっていう事?」

「かもな」

本当は分からない。いや、分かってはいけない。こころの気持ちは当然として、オレの気持ちすらも。

「やっぱり……不潔だよ」

「まったくだ」

オレだって当事者でなければ、軽蔑すると思う。でも……。

「それでも……こころの事は嫌わないでやってくれ」

「……………………」

「確かにオレ達のやってる事は最悪なことだと思う。……でも、あいつにとって一番大切な事はお前の事なんだ。それがオレと対等でいる為だけで失われるのは嫌だ」

「……勝手だよ」

「確かに勝手だよ……それでもオレはこころのために頼むことしかできない」

「そんな言い方……卑怯だよ」

「卑怯でいい。大いに嫌ってくれ。……でもそのかわり、こころには今まで通りに接してくれ」

身勝手な話だ。でもオレは悲しんでいる顔は見たくないから。こころも雪奈も笑ってる姿が一番いい。

「……できないかもしれないよ?」

「それでもいい。もとから半分無理なこと言ってるのは分かってる」

今日を境にいろんな事が変わった。だから今から始まるのは非日常。いずれ日常へと変わっていく日々。

「けど……お前はこころのこと今でも好きなんだろ?」

「……うん」

「なら大丈夫だ。大切な事はそれだけなんだから」

小さく……でもしっかりと頷いた雪奈にオレは笑みをこぼす。

「じゃあ、もうその鍵を返すとか言わないよな? オレがいない時でもいいからあいつに会いに来いよ?」

「うん。この鍵は私が持ってる。ずっと…………」

「ならよかった」

これでこころが悲しまなくてすむ。

「だって、家族だもんね」

「そうだな」

「だから許すよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんの事」

「それはよかっ……って………は?」

こころはともかくオレも許すって?

「よくよく考えたら私お兄ちゃんの妹だもんね。昔の人とは別れたっていうし、文句いうのもおかしいよね」

それはそうなんだけど……。

「それに……やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだった」

「……何がだよ?」

「私ね、家に上がれって言われた時、何か言い訳されるんだろうと思ってた。なのにお兄ちゃんたら自分の事は全然庇わないんだもん。なんだか安心しちゃった」

「安心って……なににだよ?」

「お兄ちゃんはやっぱりお兄ちゃんなんだって」

「……わけわからねぇよ」

いつの間にか笑顔になった雪奈にオレは辟易する。

「でも……だからと言ってああいう事を許したわけじゃないんだからね?」

「分かってるよ」

だいたい許されたら意味はない。

「けど……やっともやもやしたのがとれたよ」

「悪かったな」

「これで心おきなく、お兄ちゃんにアタックできるね」

「……アタックってなんだよ?」

「もちろん恋のアタックだよ」

「……勘弁してくれ」



家族以上恋人未満な関係。それが雪奈との関係だ。……そうある事を許されたらしい。

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