観察2:ホワイトデーとお弁当
「お兄ちゃんお兄ちゃん。今日が何の日か覚えてる?」
「だから部屋に入る時はノックくらいしろ」
いつものごとく遠慮なしに入ってきた雪奈にオレはそう返す。
「細かい事は気にしないで。それでちゃんと覚えてる?」
「今日か? 確か3月14だったな……」
何かあったっけ?……もしかしたらあれか?
「そう言えば今日はダイヤ改正だったな」
電車のダイヤが今日変わるんだった。
「お兄ちゃん……それ本気で言ってる?」
「オレ達は電車通学だからな。けっこう大切だよな」
オレ達が通ってる所は電車で行くような距離なんだが、田舎だから本数が少ない。
一本逃せば一時間は待たされるのでダイヤはきちんと把握しとかないといろいろ面倒なのだ。
「……他には何か思い出さない?」
「ん? 他にも何かあるのか?」
全然思いつかないんだが……。
「ホワイトデーだよお兄ちゃん」
「あぁ、そう言えばそんなのがあったな」
由来とか全然分からない行事が。
「……バレンタインの時に分かったって言ってなかった?」
「そう言えば言ってたな」
ヤバいな。何も用意してない。ホワイトの板チョコくらい用意しとけばよかった。
「……何か欲しいものあるか? 雪奈」
「私はお兄ちゃんがくれる物だったら何でも良かったんだけどねぇ……」
なんかいじけて泣きかけてるし。
「悪かったから、そんな悲しそうな顔をするな」
「じゃあ怒っていい?」
雪奈って怒ったら怖いんだけよなぁ。
「お、怒っていいぞ」
それでも泣きそうな顔よりかはましか。
「……と言っても怒れないよぉ」
まぁそりゃそうか。
「でも、マジで悪いな。すっかり忘れてた。今から用意するから何でも欲しいものを言ってくれ」
多少の出費は仕方ない。
「お兄ちゃんが欲しい」
「無理。オレは物じゃない」
「……帰る」
「待て待て! 分かった分かった。今日1日お前の言うことを聞けばいいんだよな?」
「……そうだよ」
「けど……久しぶりだな」
小さい頃はよくしたものだ。遊んでて罰ゲームでそれをした。
「それで? 雪奈はオレに何をして欲しい?」
「添い寝して」
……この歳でそれはかなり苦しいんだけど。
「……分かったよ」
なんだかんだ言ってオレは雪奈に甘い。
「……久しぶりに泊まるか?」
最近はずっと頑張ってたし、これくらいのごほうびをあげてもいいだろう。
「うん。……ありがとう」
オレも雪奈もベッドに入る。
「一緒に寝るのも久しぶりだね」
「そうだな」
三か月ぶりくらいだ。
「……………………」
雪奈は何も喋らない。寝るわけでもなく、ただオレを見ている。
「……他には何かお願いはないのか?」
「頭……なでてくれる?」
「あぁ」
オレは鋤くように頭をなでてやる。
「ん……気持ちいい」
鋤いてるうちに雪奈のまぶたが落ちていき、次第に安らかな寝息をするようになった。
「おやすみ……雪奈」
オレも寝たいところだが、流石に無理だ。
「昼食までどれくらいかな……」
やることもなくオレは雪奈の頭を撫で続けた。
「……で? 結局お前はメシとかフロの時以外は雪奈ちゃんとベッドの中で過ごして、あまつさえ夜も一緒に寝たと……?」
休日明けの月曜の昼休み。弁当を食べながら永野としゃべっていた。
「ああ」
雪奈関連の話を何かしろと言うのでとりあえず一番新しい話題をしてみた。
「海原……お前に言うことは一つだ。………リア充氏ね!」
「……だからさ、いつも聞いてるけど『リア充』って何だよ?」
「お前みたいな奴の事だよ」
「はぁ………」
よく分からないが、とにかくオレみたいな奴は全員死んでしまえってことらしい。
「だいたい何だよ? 俺に言わせてもらえばバレンタインもホワイトデーもチョコレート会社の陰謀で都市伝説だというのに……」
「いや、チョコレート会社の陰謀はともかく都市伝説はどうよ?」
陰謀説はオレも同意だが。それでも今となっては日本の風習の一部ではあるけど。
「それに永野は妹さんからもらえたんだろ?」
「家族からのはカウントしない。これ基本な」
「お前それ妹さんがかわいそうじゃないか。義理とはいえもらったからには感謝しないと」
誰からのであろうとチョコはチョコだ。
「感謝はしてるしすげーうれしいんだがやっぱ妹じゃなー……」
「少し意外だな。永野は近親とか気にしないタイプだと思ってた」
「好きになったら気にしないさ。でも俺にとって妹は保護対象であって恋愛対象にはなってないんだよ。お前とは違ってな」
「いや俺にとっても雪奈は妹みたいなものだし」
「お前がそのつもりでも雪奈ちゃんは違うだろ。俺調査じゃ雪奈ちゃんがチョコをあげたのは海原だけだ」
まぁ、言われるまでもなく分かってはいるんだが……。
「それはアイツが友達いないからだろ」
それを認める事は俺にはできない。
「くそぉ………俺と海原の何が違うって言うんだ。というかむしろ俺のほうが顔はいいと思うぞ」
「いや人の話聞けよ。何でいきなりヒートアップしてんだよ」
「うっせぇ! リア充にモテない男の気持ちが分かるか!?」
「いや、オレもモテない男だと思うが……」
とある理由で美人には耐性があるが、基本的に女の子と話したりするのは苦手だ。
「黙りやがれ!あんな可愛い子に懐かれてる時点でてめぇは勝ち組だろうが!」
「勝ち組って言われても……別にアイツと仲良いからって特典があるわけじゃないんだが……」
「本当か? 本当にないか?」
「そういえば、雪奈は料理うまいな。こうしてうまい弁当も食える。特典と言ったらそれくらいかな」
「やっぱり勝ち組じゃねぇか!」
「そんなものなのかねぇ……」
そこらへんは本気でわからん。
「くそぉ……どうして……」
何をこいつは叫んだりしてんだろうなぁ……ん?
「あれは……雪奈だな」
教室のドアの前で中の様子をうかがってる。なんだか小動物みたいだ。
「あ!やっぱりいた。お兄ちゃん!」
アイツはなにをいきなり叫んでんだ? しかも断りもせずに教室に入ってきたし。
「もう、お兄ちゃん忘れたの? お弁当渡す時に今日は中庭で食べようって約束したのに……」
オレのとこにきていかにも怒ってますと言う顔をしてそんなことを言う。
「いや、そんな約束した覚えはないが」
「確かに言ったもん!」
「言っただけだろ?オレは行くとも何とも言ってない」
「そんなの詐欺だよ!?」
「はいはい。オレが悪かったよ。とにかく面倒だからここで食え」
そう言い返しながらオレは弁当の箸をすすめる。
「うぅ……お兄ちゃんてばもう食べ終わりそうだし……」
「お前が来るのが遅いからだ」
「だから私は中庭で待ってたんだよ!」
「はいはい悪かった悪かった」
「誠意が感じられないよぉ……」
「やれやれ……」
少しは成長してると思ったんだが、やっぱりまだ子どもだな。
「………………………………………」
「ん? さっきから黙ってどうしたんだ? 永野」
なんか体が震えてるし。
「リア充なんか……リア充なんか……」
「お、おい? 永野?」
「氏んでしまえぇぇぇぇぇ!!」
叫びながら永野は教室を飛び出していった。
「……何だったの? 永野さん」
「オレが知るか」
オレと雪奈は首をかしげるのだった……。