観察18:期限のない約束
「うぅ……なんでお兄ちゃんと私って学年違うんだろう?」
レクリエーションのある日の朝。朝食中、雪奈そんなことを言ってきた。ちなみにこころは瑞菜と先に電車に乗って学校へ向かったので既にいない。
「オレが先に生まれてきたからに決まってんだろ」
「でもお兄ちゃんが留年したら一緒の学年だもん」
「お前はオレに留年しろとでも言うのか?」
「うん」
普通にうなずくなよ。
「外国だったらお前が飛び級すればいいけどな」
雪奈は頭もいいし、1年くらいなら飛び級できそうだし。
「そしたらこころお姉ちゃんとも一緒になれるよね」
「まぁな」
「うぅ……飛び級したいなー」
「てか、いきなりなんで学年の違いを文句言いだしてんだよ?」
「だって今日の遠足お兄ちゃんともお姉ちゃんとも一緒に遊べないもん」
「てか、そんなこと今更だろ?今まで別に文句言うことなかったじゃないか」
遠足やレクレーションなんて1年に2,3回はある。何度も同じ経験をしてきたはずだ。
「でも……今はお姉ちゃんもいるし……それに、今年は昔の人もいる」
「こころはともかく瑞菜?そんなにお前ら仲いいのか?」
そんな様子は見られないんだが……。いつもケンカしてるイメージある。ケンカするほど仲がいいってやつだろうか?
「……………………」
雪奈はオレの質問に答えない。黙り続ける。
「……先に行くな?」
朝食も食べ終えても雪奈は口を開くことはなかった。
オレはそれだけ言ってその場を離れた。
「……つまらない」
「あはは……とーくんてば正直だね」
学年によるレクリエーション。今はクラスで缶けりをしていた。
「こんなので熱くなれるうちのクラスの奴らって」
「あはは……きっと素敵なことだと思うよ?」
「苦笑いしながら言っても説得力ないからな?瑞菜」
永野を筆頭にクラスの奴らは盛り上がってる。オレと瑞菜は逃げる側だったが早々と捕まっていた。ちなみにオレ達を捕まえたのは永野。
「……なんだかんだで、こころも楽しんでるみたいだしな」
「こころさんは何に対しても真剣だからね」
「そういえば、最近瑞菜とこころって仲良いよな?」
今日も一緒に学校行ってたし。
「いろいろと、とーくんのこと聞いてたら自然にね」
「ん?オレの事?何をこころから聞くってんだよ?」
「私がいない間のとーくんの事だよ」
「はぁ……そんなこと聞いてどうすんだよ?」
「とーくんの事なんでもいいから知りたいんだよ」
「ふーん……そんなもんかね」
なんとなく分からなくもないが、オレは今瑞菜がそばにいるだけで満足だ。
「本当は……雪奈ちゃんに聞けたら一番なんだけどね」
「…………」
今朝の雪奈の様子を思い出す。
「なんだか嫌われてるみたいだから」
「……別に瑞菜が嫌われてるわけじゃない。オレがはっきりと言ってないからだよ」
「でも……それは雪奈ちゃんのためじゃ……」
「本当にそう思うか?」
たしかに本当の事をオレから言ったら雪奈は傷つくかもしれない。でもそれは本当だとしても建前にしかならない。
「……やっぱり言うしかないのかな?」
「それが一番のはずだ」
そう……分かってるんだ。どうすればいいかなんて。何が正しいかなんて。
「でも……ごめんな瑞菜。オレはまだ話せる気がしない」
瑞菜を選んだことに後悔はない。雪奈やこころを選ばなかったことにも未練はあっても後悔はない。
「話したら今までのオレ全てを否定するような気がして……」
ただ、雪奈に向き合うことが怖い。
「だから、雪奈が抱えてる問題……それが一段落したら話そうと思う」
それは兄として解決すると決めたことだから。それを達成できたならオレは雪奈に全てを話せる気がする。
「あはは……とーくんて本当に不器用なんだ……」
「ごめん。オレ、お前に本当にひどいこと言ってる」
いつになるかも分からない約束。それまで瑞菜をずっと傷つけるという宣言。
「分かってくれてるならいいよ」
この状況は瑞菜にも辛いはずなのに、それでも瑞菜はオレに笑いかける。
「私はそんなとーくんが……不器用で優しいとーくんが好きだから」
「……ごめん」
「あはは……ここはありがとうって言って欲しかったかな」
「ごめん………」
「私はとーくんが好きだから……ずっとそばにいてあげるから」
ずっと一緒にいようと言った奴からオレは離れようとしている。やっぱりオレは嘘つきだ。
(だから……せめてもの償いだ)
雪奈を助けよう。俺一人じゃ無理かもしれない。でも今は雪奈の事を誰よりも大切にするこころがいる。それに……。
「大好きだよ……とーくん」
オレを支えてくれる瑞菜がいるから。