観察14:変わらない想い
「瑞菜? 起きてるか?」
オレは自分の部屋にノックをして声をかける。自分の部屋にノックをしなければならないというのも新鮮だ。
「返事はないか」
寝てるのかな?
「とー……くん……」
「ん?起きてるのか?入るぞ?」
呼びかけるがやはり返事はない。
「じゃあ失礼して……」
オレは自分の部屋に入る。
「寝てるのか」
瑞菜はオレのベッド上で寝息を立てていた。
「だったら無理に起こすこともないか」
オレは静かに部屋を出ようとする。
「とー……くん」
「……寝言か?」
振り返って見るがやっぱり瑞菜は寝ている。
「たすけて……」
「瑞菜……?」
今、助けてって言ったか?
「くるしぃ……よ……」
よく見ると瑞菜はうなされているように見える。ひどく汗も出ている。
「……悪い夢でも見てるのか?」
風邪だと言っていたし、思った以上に体調が悪かったのかもしれない。
「助けて……とーくん」
それは本当に寝言なのか。瑞菜の声ははっきりと聞こえた。
(助けて……か)
小さかった頃……オレがまだ瑞菜のことが好きだった頃を思い出す。
あの頃の瑞菜はオレの後ろをまるでヒヨコのようについてきて一緒に遊んでいた。それで何か困ったことがあるといつもオレに『たすけてよーとーくーん』と。大したことない事をオレは何度も助けてやって……。
そしてその日別れるとき、瑞菜はオレの母さんにオレの事をまるでヒーローのように話すのが日課だった。それがオレには恥ずかしくて、同時に誇らしくて……。
『変わらないんだなって……そう思ったの』
一緒に観覧車に乗った時のことを思い出す。瑞菜はオレに変わらないって言った。それはつまり瑞菜にとってオレは自分を助けてくれる存在ということで……。
気づけばオレは瑞菜の体を揺すり起こしていた。悪夢から……いろんなものからこの子を守ってやりたいと。
「ん………とーくん?」
「うなされてたぞ?」
「あはは……うん。起こしてくれてありがとう」
「悪い夢でも見てたのか?」
「そうかな……風邪引いてたからかも」
瑞菜は笑顔だが、どこかその笑顔は痛々しい。
「どんな夢見てたんだ?」
「なんでもないよ。おかしな夢」
「本当か?」
「あはは……なんで疑うの?」
「お前、寝言でオレに助けを求めてた」
本当にただの夢だったらそれでいい。でももし何か悩んでいるなら……悩んだ上でオレに助けを求めていたのなら……。
「あ…はは……そっか……寝言なんて言ってたんだ……恥ずかしいな」
何かを誤魔化すように瑞菜は笑う。その様子で少なくとも聞かれたくなかったというのが分かった。
「茶化すなよ。なんだよ?オレに言えないようなことなのか?」
「うん。そうだよ」
瑞菜ははっきりとそう言った。
「……何で、そんなこと言うんだよ?」
瑞菜に確かに拒絶された。その事はオレにかなりの衝撃を与えた。
「これは私の問題だから。他人が踏み込んで欲しくないんだよ」
それは分かる。他人の問題を勝手に解決するなんて傲慢にも程がある。でも……。
「だったら何でオレに助けを求めたんだよ?」
助けてと。そう言われたからオレは関わろうと、関わってもいいんじゃないかと思ったのに。
「それは夢の中の話だよ」
確かにそう言われたらそれまでだ。
「……オレじゃ助けになれないのか?」
例え夢の中でも助けを求めたのはオレに助けて貰いたかったからじゃないのか?
「……オレに助けて欲しくなんてないのか?」
「……欲しいよ」
小さく、でもはっきりと瑞菜は言った。
「助けて欲しい。とーくんに。きっととーくんは私を助けてくれるから」
「だったら……何で?」
「助けて貰うつもりだった。その為に帰ってきたつもりだった」
「……じゃあ何で?」
本当は分かってる。瑞菜がオレに遠慮する理由なんて一つしかないから。
「雪奈ちゃんだよ」
それは予想通りの答えで、同時に納得するしかない理由だった。
「そう……か……」
瑞菜は気づいている。雪菜の境遇を。そしてきっとオレの気持ちを。
「本当はね……関係ないって思ってた」
「何をだよ?」
「とーくんが誰を好きだったとしても、雪菜ちゃんの想いが一途だったとしても」
きっと誰よりもオレのことを理解できる幼なじみは続ける。
「大切なのは私の気持ちなんだって……そう思ってた」
「……瑞菜の気持ち?」
「うん。とーくんのことが好きだって気持ち」
「……それはどういう意味でだ?」
「純粋な好意半分……恋愛半分……かな」
「………………」
「ずっと好きだった。どんなに薄れていっても、寂しくなくなっていっても」
「……オレ以外を好きになったって言ってなかったか?」
「それでもとーくんのこと好きだった。きっとそれはずっと変わらないよ」
「そっか……」
「うん……そうだよ」
「じゃあどうしてオレに遠慮するんだよ?大切なのは瑞菜の気持ちだったんだろ?」
オレは気づいていた。瑞菜が過去形にして話していることを。
「……昨日見てたから」
「…………何を?」
「とーくんが雪奈ちゃんにキスしてたとこ」
「………………………………………………」
「……あんなの見せられたら私は引くしかないのかなって」
いつものようにあははと瑞菜は笑う。でもそれはどこまでも痛々しくて、見ていられなくて………。
「引かなくていい」
……瑞菜の事を愛しく感じた。
「引かなくていい」
「とー……くん?」
「オレは瑞菜が好きだから」
オレは何を言っているんだろう?あれほど悩んでいたはずなのに。
「とーくん、何を言ってるの?とーくんが一番好きなのは雪菜ちゃんだよ?私じゃないよ」
「確かにオレは雪菜のことが好きだよ。でもそれは家族に対する好きなんだ」
嘘ではない。でも本当でもない。ただ自分の決めた真実。
「だとしても何で?どうして私なの?」
「オレの初恋は瑞菜だから」
小さな頃の恋。恋愛というのもおこがましいような……そんな恋。だからこそ純粋で一途な感情。例えそれが時を経て薄まろうとも、きっかけさえあれば簡単に強くなる。今のオレのように。
「あはは……何だかとーくんの顔が真剣だ」
「嘘は言ってないからな」
少なくとも瑞菜に対する想いは。
「ぅん……分かるよ。幼なじみだもん」
失ったと思った恋。だからこそオレの中から消えることはなかったもの。それはきっと瑞菜と同じ。
「オレは瑞菜が好きだ。だからもう一度聞く。……オレじゃ助けになれないのか?」
「私もとーくんが好きだよ。だから言うね。助けて欲しい」
オレは瑞菜を抱きしめる。
「オレは何をしたらいい?」
耳元で優しくオレは聞く。
「傍にいてほしい……そしたら大丈夫だよ」
オレは強く抱き締めた。瑞菜の小さな身体を。なにものからも守れるように。
「あはは………」
「なんというか……」
「「恥ずかしい……」」
オレも瑞菜も顔が真っ赤だった。勢いでとんでもないこと言ったような気がする。
「えーと……これで私達恋人同士……だよね?」
「そう……なるかな?」
「「…………………」」
沈黙。
「「恥ずかしい………」」
シンクロ。
「全国のカップルなみなさんはこんなに恥ずかしい思いをしたんだね」
「……たぶんこんな会話してるから恥ずかしいんだと思う」
「あはは………」
「あぁ……うん」
「「この話はやめよう」」
やばい……何か既に馬鹿なカップルっぽい。
「ところでとーくん」
「ん? どうかしたか?」
「……雪菜ちゃんとかこころさんには内緒?」
「そう……だな」
その質問はオレの気持ちがどこに向かっているか気づいてる証拠。あらためてこの幼馴染には敵わないと思う。
「こころには言おうと思う」
オレとあいつは同士だから。雪奈に影響のある事はすべて共有しないといけない。もちろん共有しないほうが雪奈のためになるなら別だが。少なくとも今回のことは前者だろう。
「雪奈に言うかどうかは……ごめん、こころと相談させてくれ」
「うん。分かった。決まったら教えてね」
こんなことも一人で決められないのかと自己嫌悪する。それに文句を言わない幼馴染――恋人には頭が上がらない。
(でもこれは雪奈の兄として判断しないといけない事だから)
瑞菜の恋人になったオレにはその役割しか持てない。
「とーくん、もしかして後悔してる?」
「いや、後悔はしてない」
不思議な事だが。雪奈やこころへの想いはまだオレの中にあるのに後悔はない。
「きっと、瑞菜がオレの気持ちを分かってる上で好きって言ってくれたからかな」
オレの気持ちが3人に向いてる。それを分かった上でオレの告白を受けてくれたから。
はっきり言って勢いで告白した面も大きいが、それなのに後悔がないのはそのおかげだろう。
「そっか。ありがとう。とーくん」
「いや、お礼をいうのはこっちだ。ありがとう瑞菜」
「…………なんだか恥ずかしいね」
「そうだな…………」
学習能力のない二人だった。