観察12:夢じゃなく
「俊行? 入っていい?」
「……お前が良ければな」
昨日と変わらないようにこころは夜、オレの部屋を訪ねてきた。昼に帰ってきた時から、こころは昨日の出来事が夢だったかのようにいつも通りだ。
「あたしが良ければって……あたしが入っていいか聞いてるのにいいも悪いもないでしょ」
「……そうだな」
実際、本当に夢だったのではとオレは思い始めていた。雪奈がいる前なら心配させないように演技しているとも思えた(オレ自身、雪奈の前では気をつけていた)が、雪奈のいない今、昨日あんなことをした奴の所に変わらずやってくるというのは普通じゃないと思う。
(もしかしてそういうことになれて……って、初めてだったのは確かだよな)
それにこころはオレが何をしているのかよく分かっていなかったようだ。いつもの様子とのギャップにもオレは訳の分からない興奮を覚えて……。
「俊行? 何よ、黙りこんじゃって」
「ぇ、あ、ああ。お前が今日の朝どこ行ってたのかなぁと思ってた」
「それなら、警察と図書館、あと薬局」
「警察って……もしかして……」
「うん。あたしの父親のこと伝えてきた。少しは捜査が早まるんじゃないかな」
「……ごめん」
「? なんで俊行が謝るのよ」
「……………………」
謝った理由は単純だ。でもそれはオレが言うべき言葉じゃなかったのかもしれない。少なくともオレはなぜ謝るのかと聞かれて黙るしかなかった。
「……けど、警察は分かったけど図書館と薬局? 図書館はまぁ暇つぶしか調べ物だろうけど薬局って風邪でも引いたのか?」
「ううん。思ったより父親の件が早く終わったから昨日の行為がどういう行為だったのか調べたのよ。それで避妊具が必要そうだったからそれも買ってきた」
「…………は?」
「あ、もしかして子ども出来ないって思ってた? ダメよ。あたし初潮二年前に来てるんだから。子どもできても不思議じゃないみたい」
「こころ……?」
「安全日だっけ? それまだよく分かんないからそれまでは避妊具つけてね。それとも俊行はあたしに子ども産んで欲しい? 俊行がそう望むなら……」
「お前……何を言って……?」
矢継ぎ早にこころの口から発せられる言葉にオレは戸惑う。言ってることの意味もだが、どうしてそういう事を言うのか。
「何って……決まってるでしょ?」
そう言ってこころは自然な動きでオレに迫り――
「昨日みたいにあたしに罰をちょうだい……んっ」
――触れるようなキスをした。
(……あぁ、そっか。そういう事なのか)
昨日のことは夢なんかじゃなかった。いつも通りなんかじゃなかった。気にしてないわけでもなかった。
(オレとこころの関係は決定的に変わってしまったんだ……)
「ねぇ、俊行……早く……」
こころがどうして自分を責めるのか。それ自体は分からないでもないが、どうしてここまで追い詰められているのか分からなかった。ただ、こうしてオレに身を任せるのがこころにとっての贖罪なんだろう。
「……分かった」
そして……そんなことをこころの贖罪としてしまったことがオレの罪。逃げることは許されない。逃げればこころはきっと崩れてしまうから。
(逃げないこと……それがオレの贖罪だ)
そうしてオレたちは贖罪というなの罪を重ね続ける。一年近く……オレが罪に溺れそうになるまで。
こころが親戚に引き取られ、オレたちの前からいなくなるまでずっと。
オレはこころがいなくなってからずっとその罪から目を背けてきた。それこそ忘れてしまうくらいに。そうしなければとてもじゃないが雪奈の傍にいることができそうになかったから。
これがオレとこころの関係のすべて。オレが知っている限りのこころの事情だった。