観察10:アヤマチの始まり
「俊行? 入るわよ?」
「なんだよ、こんな時間に」
紘輔さんから話を聞いてきた日の夜、こころはやってきた。思えば、今も続く夜のこころとの会話はこれが初めてだったかもしれない。
「なんだよじゃないわよ。雪奈、心配してたわよ」
「ん……やっぱ様子おかしいか。オレ。雪奈はどうしてる?」
「時間が時間だし帰ったわよ。……それで? あんたの叔父さんに何か言われたの?」
「言われたってか教えられたってか……父さんたちを轢いた車が見つかったってさ」
「あぁ……じゃあもしかして犯人が捕まりそうなの?」
「いや……それが盗難車らしくてな。まだ轢いた時の所有者が誰かはっきりしないんだと」
「ふーん……捕まるといいわね」
「ああ」
そこで一旦会話は止まる。オレもそうだったが、こころも相手に何を言えばいいのか分からなかったんだろう。
「ん……見つかった車ってどんなのなの?」
「それなら一応写真もらってきてるよ。……ほら」
「っ!?……そっか。そういうことだったんだ」
「?……こころ?」
「どうしよう俊行……あんたの両親殺したの、あたしの父親だ」
「………………………………は?」
こころの言葉にどれくらいの間オレは思考が停止していただろうか。
「その車、あたしの父親が乗ってた車だよ。……そっか、盗難車だったんだ」
「そう……なのか」
こころの様子を見るに冗談を言ってるわけではないのは分かった。オレはなんて言えばいいのか……何を思えばいいのか分からず黙りこむ。
「俊行……あたしどうすればいい? どうやって償えば……」
「ち、ちょっと待て! こころの親父さんがどうあれ、それはこころ自身には関係無いだろ?」
「うん。俊行の言うとおりだと思う。……でも、だからといって身内のやったことを気にしないなんてこと出来ないよ」
「そうかもしれないけど……でも償いとかそんなのは……」
「それにね。あの日、あたしの父親が俊行の両親を轢いた所を走っていたのは、あたしのせいだよ。……あたしが父親に伝えた情報がそうさせた」
「んだよ……意味分かんねぇよ……そんなのただの偶然だろ」
「そうね。でも、その偶然はこの必然を生む偶然だったんだよ。そしてあたしの行動はいつかその偶然を起こすって考えれば分かったのに……あたしは舞い上がってた」
「ここ……ろ……?」
戸惑うオレにこころは擦り寄る。そしてオレの事を上目遣いで見つめてきた。
「ねぇ? どうすればいいの? あたしは俊行に何をすれば……」
くらくらとする女の匂い。こころの歳の割には成熟していた体はあの頃のオレには刺激の強い麻薬みたいなもので……こころの言った事、様子にショックと戸惑いを受けていたオレは訳がわからなくなった。
「こころ……」
そして、オレは取り返しの付かないアヤマチを犯した。