観察2:保護者
「ありがとう瑞菜」
「と、とーくん!? いきなりどうしたの?」
家を出て瑞菜さんと合流した所で、俊行はあたしや雪奈にしたように瑞菜さんにもいきなり抱きつく。
「お兄ちゃんてばまた……本当にどうしたのかな?」
「さぁ? あたしにはよく分からないわよ」
寝る前と後で意見が180度変わってるから変な夢でも見たか、そうでなきゃ偽物か悪いものに取り憑かれてるとしか思えない。
(……ま、雪奈から無理に離れようとしないのはあたしにとって僥倖なのかしら)
でもそれは現状維持にしかならない。ハッピーエンドに繋がることはない。
(……それがあたしにとっての一番の幸せってのが笑えないわね)
でも、そうだからこそ、あたしはこの幸せな今を変えないといけない。俊行自身が停滞を望んだのならともかく、それはあたしに許される怠惰ではないから。
(……今日の帰り、俊行と話でもしようかしら)
どういう心境の変化なのか。それを聞いておくべきかもしれない。
いつものように夜に聞くのもいいけど……。
『お前がいないとオレはダメなんだよ……』
なんとなくまだ熱が冷めない。少しだけ、この熱に動かされても……少しだけわがままを言っていいんじゃないか。そう思った。
(……わがままはきっとこれが最後にするから。ごめんね、雪奈)
心のなかでそう雪奈に謝る。
「? お姉ちゃん? 私の話聞いてる?」
「っと、ごめんごめん。なんの話だっけ?」
考えに没頭しすぎてたらしく、雪奈は俊行にからかわれた時と同じようにむくれている。
「ん、だから、お兄ちゃんのことならお姉ちゃんが一番知ってるのに分からないの? って聞いたの」
「あたしが俊行のこと一番知ってるって? そんなことないでしょ」
「えー、そうかな?」
「そそ。あたしたちの中じゃ多分瑞菜さんが一番理解してるんじゃないかなー俊行のことは」
「うぅ……昔の人かー……」
「あんたまだ瑞菜さん苦手なの?」
仕方ないなーと思う部分も多いけど、きっかけさえあれば仲良くなれるだろうに。
「悪い人じゃないってのは分かってるんだけど……やっぱりお兄ちゃん振ったのは許せないんだよ」
「それは……」
あたしのせいとも言える。
「うん。まぁ好きとか嫌いとかは置いといて、昔の人に負けるのはとにかく嫌なんだよ」
「俊行が一番理解してるのは雪奈のことだからそれで我慢しなさい」
むしろ、今一番大切に思われてるのは雪奈なんだから。それで我慢出来ないとか言い出したら温厚な瑞菜さんも怒るだろう。
「ふーん……じゃあ、お姉ちゃんは? お姉ちゃんはお兄ちゃんにとってなんなの?」
「あたしは……」
罪。その言葉を飲み込む。
「……考えたこともないわね。保護者かしら?」
「なるほど。納得なんだよ」
保護者……それはなんて皮肉なんだろうと思う。
あたしにはそんな資格はないし
あたしの中に秘めた想いは保護者であるなら許されないものだというのに。
そう思いながらもあたしは熱に浮かされていた。だから、ああなることは必然だったのかもしれない。