5
「来てくれたんですね。春日さん」
「イタズラだと思ったけど……あなたが私を呼び出す……うぅん、話しかけようとするのも初めてだったから」
場所は海。深夜0時という待ち合わせにはありえない時間。私は手紙でここに呼び出されていた。
「それで、どうしてこんな時間に私を呼び出したのかな? 雪奈ちゃん」
「あ、はい。私今から死のうと思うんです」
「…………はい?」
いきなり何を言い出してるんだろう? この子は。
「あはは……それは何かの冗談かな?」
「いえ、本気です」
「それが本気かどうかとかどうして死のうと思ったのかとか聞きたいこともあるけど……」
それらよりもまず最初に聞かないといけないことがある。
「……どうして私を呼び出したの?」
ここに私がいる理由。それが分からない。
「私が死んだ後、お兄ちゃんのことをお願いしようと思って」
「とー……海原くんのことを?」
「はい」
「……どうして私なの?」
「だって、あなたはお兄ちゃんのことが好きなんですよね?」
「…………好きじゃないよ」
うん。今の海原くんの事は好きじゃない。
「私はとーくんが好きなの」
いなくなってしまったからこそそう思う。私は幼い頃とーくんに恋していたのだと。今でもその気持ちを持っていると。
「今のお兄ちゃんは好きじゃないってことですか?」
「うん。嫌いって言ってもいい」
「……やっぱり、あなたに頼むのが一番ですね」
「……どういう意味?」
「大丈夫ですよ。私がいなくなればきっと……」
「? 雪奈ちゃん……?」
「私、気づいちゃったんです。お兄ちゃんがどうしてああなったのか。……いいえ、どうしてああなったまま立ち直らなかったのか」
「…………」
「全部……私のせい。私がこんなだからお兄ちゃんは私と一緒にいるために……」
「そっか……そういうことか」
とーくんと雪奈ちゃん。二人の関係を近くで見てきて気づいたことがある。とーくんは上辺だけでまともに人と関わろうとしない。雪奈ちゃんはよく分からないけどとーくん以外の自分と仲良くしようとする人を極端に避けてる。怖がってるって言ってもいいかもしれない。それが意味することは……。
「雪奈ちゃんは……とーくんみたいな人としか付き合うことができないんだね」
「はい。そしてお兄ちゃんはそんな私のために……」
「……でも、とーくんのあれは演技には見えないけど」
「演技だったら私はお兄ちゃんと一緒にいれなかったですよ。だからあれは全部本当。ただ……立ち直れるのに立ち直ろうとする気がないだけで」
「どうしてそう思うの?」
立ち直ろうとする気があるかどうかなんて普通分からない。
「あなたが帰ってきたからですよ」
「私が? 別にとーくんと何かしたりしたわけじゃないけど」
いつもあしらわれてまともに相手してもらったことはない。
「お兄ちゃん、あなたのことをうざいって思ってるんです」
「ぅぐ……まぁ薄々そうじゃないかなぁとは思ってたけど…………って、そうか」
マイナスの感情でもとーくんはちゃんと持てるんだ。
「はい。だからきっとあなたならお兄ちゃんを立ち直らせることができます」
「でもだからって雪奈ちゃんが死ぬことは……」
「え? 別に私はお兄ちゃんのために死ぬ気なんて無いですよ? 今まで話したのはあくまであなたにお兄ちゃんのことを頼む理由です」
「えと……じゃあどうして?」
というか私どうしてって聞いてばかりのきがする。
「失恋したから」
「失恋って……誰に?」
「そんなのお兄ちゃんに決まってます」
「そんなわけ……!」
さっきの話が全て本当ならとーくんは雪奈ちゃんのことを……。
「だって、私とお兄ちゃんが結ばれることはないって分かったから……。私と一緒にいる限りお兄ちゃんはずっとあのままだから」
「ぁ……」
「それに、もしお兄ちゃんが私の想いに答えることがあっても私はそれに堪えられないから……」
それは雪奈ちゃんの大前提。そしてそれに合わせたとーくんにとっての真実。
「……大失恋だよ」
「…………」
私には雪奈ちゃんに声をかけることがもう出来なかった。だってこの子はもう救われることがないと分かったから。
(……生きろなんて私には言えない)
「ねぇ、春日さん。……報われない恋って苦しいね」
「………………」
「くすっ……それじゃあ私は家に帰るね。もしかしたら私が死んだことで春日さんに迷惑かけるかもしれないけど……」
「……うん」
「その時はお兄ちゃん料金だと思って諦めてね」
どうしてこの子は笑ってそんなことが言えるんだろう。何もかもが嘘なんじゃないかと……そう思ってしまう。
「春日さん……お兄ちゃんのことをよろしくね」
そう言って儚く笑い雪奈ちゃんは私の前からいなくなる。
「あは…あはは……」
一人になった海辺で私は笑う。悲しくて。でも泣くことはできなくて。
だってあの儚い笑みで雪奈ちゃんが本気で死ぬつもりって分かったから。
だって私はあの子のことを好きでも嫌いでもないから。
「……こんなのってないよ」
私のつぶやきは誰の耳にも届くことなく海に吸い込まれていった。