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またいなくなった
これで何度目だろうか。大切な人がいなくなったのは。守りたいと願った人が俺の前からいなくなったのは。
どうしていなくなったんだろう。俺が悪かったんだろうか。俺が弱いせいだろうか。
どちらにせよ、これで最後だろう。俺の感じているこの喪失感は。無力感ににたこの感情は。
…………俺はもう誰も好きにならないだろうから。
だからもう、俺には関係ない。この喪失感とも。誰かが泣いていようとも。俺はもう、誰とも深く付き合うつもりはないのだから。
―――――のはもう嫌だから。
「あ、とー……海原くん、今日一緒に帰れないかな?」
放課後、帰り支度を済ませたオレは掛けられた声にまたかと思う。
「ああ、春日さんか。ごめんだけど雪奈と一緒に帰る約束しているから」
オレはそういったうんざりした気持ちを隠しながらいつものようにそう返す。
春日瑞菜。オレの幼馴染であったこの少女がこの学校に、オレの家の隣にきてから何度も繰り返してきたことだった。
「そ、そうだよね。ごめんね海原くん」
そう思うなら話しかけないで欲しい。
「それじゃあ、雪奈と校門で待ち合わせしてるから。春日さんと一緒に帰るのはまた今度」
社交的にそう言いオレは荷物を持ち教室を去る。後ろから声をかけられることはなかった。
相変わらず海原くんって雪奈ちゃん一筋だね
仕方ないよ。あんなにかわいいんだもん
あーあ、クラスの中じゃ海原くん良い感じなんだけどなー
分かる分かる。なんか影のある感じがいいよね
うん。でも雪奈ちゃんがいるから手を出せないんだよね
お似合いの二人だもんね。なんか二人だけで通じあってるみたいな
瑞菜ちゃんも海原くんの幼馴染ってことで頑張ってるけどあの二人の間に入るのは無理だよね
「はぁ……」
クラスの女子のデリカシーのない世間話が耳に入り私は大きくため息を付いた。内容ももちろんだけどこんな所でする話でもないと思う。
(……私へのあてつけもあるんだろうけど)
クラスの女子の間でのとーくんの人気は高い。卒がなく大人の対応ができている所や、地元では有名な白沢紘輔が後見人であること、そして影のある雰囲気。それが人気の理由だそうだ。
(でも……そんなのとーくんじゃない)
私の知っているとーくんはもっと……。
(なんて、10年以上も前の話だもんね)
それだけの年月が経てば人も変わるだろう。でもやっぱりそれは『とーくん』じゃない。
「ふん……あんな奴のどこがいいんだか」
そう悪態をつきクラスメイトの永野くんが教室を出ていく。
(……人気が出るのは分からないでもないんだけどね)
でも、今のとーくんのどこがいいのか。私は彼と同じ意見だった。
「お兄ちゃーーんっ!」
校門で待っている俺を遠くから呼ぶ声がする。兄弟のいない俺を『お兄ちゃん』なんて呼ぶ奴は一人しかいない。
「……遅いぞ。雪奈」
俺は近づいてくる足音に向けて声をかける。
「ごめんね。ホームルームが長引いちゃって」
「……さっさと帰るぞ」
「むぅ……なんだか冷たい」
俺と雪奈は別に家族じゃない。だが雪奈は学校が終わったら俺の家に帰る。これは6年前からの習慣だ。
「……周りには誰も居ないんだ。別にいいだろ?」
「そうだけど……」
学校で人の前では仲のいいように見せる。これはオレが雪奈にお願いした約束だ。だから人のいない今仲良さそうに演技する必要なんてない。
「……家に帰ったらお前の約束は守るよ。だからさっさと帰るぞ」
面倒なことこの上ないが、こいつのおかげでそれ以上に面倒な人間関係も抑えることができている。例外は春日くらいだろう。
「やったっ! だからお兄ちゃんて好きだよ」
そう言って雪奈は俺に抱きついてくる。
(……わざとらしい)
惜しげもなく俺に好意を向けているように見える雪奈だが、それでいてその実はない。ただ甘えたいだけ。そこに好意があるはずがない。そんな普通を求めるにはオレも雪奈も歪みすぎている。
(どちらが歪んでいるんだろうか)
好意や悪意を問わず自分に感情を向けられる事を恐れる雪奈と、その逆で他人に感情を向けることに疲れたオレは。
「お兄ちゃん? どうしたの早く帰ろう?」
「ん、そうだな雪奈。帰ろう」
下校途中の生徒が近づいてきたのに気づきオレはそう明るく返す。
(……本当にくだらない)
結局……信じることを辞めた俺に残ったのはそんな歪んだ関係だけだった。