知らないから
「なるほど……私が倒れちゃった時に知り合ったんだね」
事情をひと通り分かったのか瑞菜が頷く。
「そういうこと。……てかオレも瑞菜が加奈ちゃんの事知ってることが初耳だったんだが」
「あはは……ここを出入りしてるんだから知っててもおかしくないよ」
まぁ、それはそうか。
「といっても私が知ったのはつい最近だけどね。雪奈ちゃんの誕生日の少し後くらいだったかな」
「ふーん……最近って言ってもそれなりに時間は経ってるのか」
「あはは……黙ってたの怒ってる?」
「事情があったのは分かってるし、永野のことを勝手に言うことはダメだだろう」
「いや、別に俺は春日さんから海原にバレるのはいいと思ってたぞ。だから言うかどうかは任せてた」
「あ、あはは……」
永野の言葉にいつもより三割増しで気まずそうに苦笑する瑞菜。
「……まぁそこらへんは雪奈の奴が怒ったみたいだし今更何かは言わないさ」
少しだけ寂しいとそう思うけど。
「あはは……ごめんね。とーくん」
「悪いと思ったら今度から隠し事はなしな」
「うん。それは雪奈ちゃんにも言われてる」
……そこで素直にうんと言えない所も雪奈に直してもらうか。本当はオレがどうにかしてやりたいけど。オレがどうにかしようとするとまた面倒な事になりそうだ。
(……それに今は本当に雪奈のことで精一杯だから)
どっかのいなくなったツンデレ娘のせいで。
「そういえば、今雪奈ちゃんは加奈ちゃんの所なんだよね?」
「ああ。そうだが」
「雪奈ちゃんがいない所でとーくんに話しておきたいことがあったの」
「? それは?」
「こころさんのことだよ」
「あー……海原、俺は席を外していたほうがいいか?」
「いや……どっちでもいい。オレには関われというのも関わるなというのも言えない」
本心としては関わってほしくない。これはオレとこころ、そして雪奈の問題だから。でもだからといって永野を部外者だからと排除するのは……。
「だから、永野、お前が決めろ」
オレの友人として。オレが決めたらそれは友人としてどちらも間違いになるだろうから。
「……それじゃ、聞かせてもらおうかな。力になれるかどうかは分からないけど」
「そっか……じゃあ瑞菜、頼む」
「あはは……そんな大した話じゃないと思うんだけどね」
「それはたぶん瑞菜の主観が大いに入ってる」
普通の人から見たらたぶんドロドロしてて関わりたくないようなことだと思う。オレとこころの関係って。
「それで? 雪奈には聞かせられないこころの事ってなんだ?」
「別に雪奈ちゃんに聞かせられないってわけじゃなくて、言うかどうかはとーくんが決めるべきだと思っただけだよ」
「……なるほど」
「本当に大した話じゃないの。というよりただ私が気づいたことを話したいだけだから」
そう前置きをし、瑞菜は話しだした。
「こころさんがいなくなっちゃった原因、とーくんは想像ついてる?」
「まぁ……少しは……」
あいつは、けじめをつけると言っていた。もし、それが今回のいなくなるという行動だとすれば納得は行かないが理解は出来る。
「一番の理由はたぶんとーくんの考える通りかな。自分がいたら邪魔になるって思っちゃったから。そしてそこにいる資格が無いって思ってしまったから」
「……馬鹿だよな」
「うん。まるでとーくんみたい」
「………………おい」
全くもって否定はできないのが悔しいが。
「でも実際、もしとーくんがこころさんと同じ立場で『いなくなれる』ならいなくなるでしょ?」
「それはまぁ……って、そうか……」
「? 海原、何がそうかなんだ?」
「なぁ、永野。お前転校したいって思った時どうする?」
「んー……そりゃ親に相談して……」
「じゃあ、その転校したい理由が言えないようなもの、もしくは言っても理解されないようなことだったら?」
「諦めるしかないんじゃないか?」
「そう。諦めるしかない。少なくとも今のオレたちの立場じゃ簡単に『いなくなる』って選択肢を選ぶことなんてできない」
こころの場合はまた特殊だが。
(……といっても、オレの知ってるこころの事情が正しいかはわからないけどな)
あれから7年たった。変わってる可能性も高い。
「……つまり?」
「この急な帰還はこころ自身の意志は別にして家庭の事情もあるってことだよ」
「そういうこと。流石とーくん」
まぁこころもそう言って帰ったわけだし、考えるまでもないんだが……。
「でも、その事情ってなんだ?」
こころはあいつの保護者にしてみればほぼ自立している。学校をやめさせるならともかく家に呼び戻す理由がない。だからこそ、あいつの呼び戻されたという言葉を深く考えなかったんだが……。
「うん。それなんだけどね。ごめん。私にも全然わからないよ」
「……………………………………おい」
「あはは……だってこころさんてば隠し事多いし。私こころさんの事情もよく分からないもん」
「……まぁ。そうだな」
オレだって昔のあいつの事情を少しは知っているつもりだが、今のあいつの事情は全然知らない。
「ただ……もしかしたら関係あるのかなってことはあるよ」
「? それは?」
「どうして、こころさんがここに転校してきたのかってこと」
「それは……」
……ってあれ? オレがその理由を聞いた時あいつは……はっきりとは答えなかった……?
「サンキュ瑞菜。少しは答えを出すきっかけになりそうだ」
「ならよかったよ」
「……うーむ……全く意味がわからなかった」
変な顔して永野が考え込んでいるがスルー。
「あはは……それでどうする? このことを雪奈ちゃんに言う?」
「いや今はまだ言わない。言うとしたら全部が終わってからだ」
雪奈はきっと何も知らないほうが綺麗な答えを出してくれる。
「そっか……そうだね」
知らないからこそ救われる事も、そして知らないからこそ救える事もある。それをオレと瑞菜は知っていた。